イタリアのマフィア ヨーロッパ中に勢力拡大
イタリアのマフィア組織「ンドランゲタ('Ndrangheta)」は、コカインの密輸や犯罪を国外にも広く展開することで、今やイタリア最大の犯罪組織に発展した。こうした犯罪組織の裏側を、イタリア議会反マフィア委員会の委員長を務めたフランチェスコ・フォルジオーネ氏が明かす。
ここ数年、イタリアのカラブリア(Calabria)地方を拠点に活動するマフィア組織ンドランゲタが注目を浴びている。
イタリア議会の反マフィア委員会(2006年から2008年)の調査によれば、ンドランゲの犯罪はイタリアに限らず、ヨーロッパ全体で問題になっている。
スイスも例外ではない。イタリアとの国境に位置するティチーノ州やヴァリス/ヴァレー州などは、地理的にンドランゲタが入国しやすいからだ。また、警察当局の調べによれば、チューリヒや北スイスのトゥルガウ州フラウエンフェルト(Frauenfeld)には、ンドランゲタの下部組織が置かれ、重要なネットワークの拠点となっていたことが分かっている。
ンドランゲタはスイスでマネーロンダリングを行い、密輸経由や潜伏先としてもスイスを利用している。こうした状況を受け、スイス政府は「ンドランゲタは最大の危険組織」と明言し、連邦検察官の1人を反マフィア捜査チームに配属。ンドランゲタ対策に本腰を入れ始めた。
こうしたンドランゲタを長年追ってきた、イタリアのフォルジオーネ氏は、2009年に著書『マフィア輸出―ンドランゲタ、コーサ・ノストラ、カモラはどうやって世界を植民地化したか(Mafia-Export. Wie ‘Ndrangheta, Cosa Nostra und Camorra die Welt kolonisierten)』を出版。その中で、憂慮すべきマフィアの実態を明かしている。
フォルジオーネ氏によると、ンドランゲタなどのマフィア組織は、活動を世界中に広げ、密輸を手掛けるなどして得た巨額の資産を動かし、経済に多大な損害を与えているという。
フォルジオーネ氏はイタリア左派、共産主義再建党(PRC)の元議会議員。スイスやヨーロッパ諸国は反マフィア体制の統一化に真剣に取り組み、犯罪組織の資産を押収できるような効果的措置を導入すべきだと主張している。
swissinfo.ch : なぜンドランゲタはここまで勢力を伸ばし、コーサ・ノストラ(Cosa Nostra)やカモラ(Camorra)を、マフィアのトップの座から引きずり下ろすことができたのでしょうか?
フランチェスコ・フォルジオーネ : ンドランゲタには特徴的な点が二つある。一つは、地元カラブリアから世界中に組員を送り出し、事実上、イタリア以外の地域を手中に収めた。
ンドランゲタの組員はほかのマフィア組織の組員と違い、新しい土地で金を稼ぐ以外にも、ンドリーネ(’Ndrine)と呼ばれる組織を同時に作り上げている。これはカラブリアから戦略的にコントロールされる下部組織だ。
二つ目の特徴は、人目に付かずにひっそりと活動する能力だ。ンドランゲタはイタリア政府に対し争いをしかけたことは一度もない。また、シチリアのマフィアは1992年、反マフィア治安判事のジョバンニ・ファルコーニ氏とパオロ・ボルセリーノ氏を護衛もろとも暗殺したことがあったが、ンドランゲタはそのような無差別殺人をしたこともない。また、大物政治家を殺害したこともない。(ンドランゲタが勢力を拡大できたのは)今の社会構造やメディアにも責任がある。(彼らの活動に)目をつぶってきたからだ。
こうした背景の中、ンドランゲタは資産を増やし、グローバル化の波に乗って新しいチャンスをつかむことができた。コーサ・ノストラとは正反対だ。コース・ノストラは、分派のコルレオネーシ(Corleonesi)とマフィア・ファミリーが内部抗争を引き起こし、後にマフィア戦争に巻き込まれている。
swissinfo.ch : 新しいチャンスとは、例えば何ですか?
フォルジオーネ : 少なくとも二つある。一つは、資金をいつでも自由に動かせること。もう一つは、ヘロイン市場がコカイン市場へと移行したことだ。これを利用して、ンドランゲタは南米とヨーロッパで最大の密売組織にのし上がった。
ンドランゲタは犯罪のレベルだけでなく、金融分野でも勢いを増しているため、今ではンドランゲタがほかの二つの犯罪組織よりも危険だとの見方が強い。
swissinfo.ch : ひっそりと活動できる能力がありながら、ンドランゲタはここ数年、多くの注目を浴びています。それはなぜですか?
フォルジオーネ : 最大の失敗をしてしまったからだ。ンドランゲタはドイツの都市デュイスブルク(Duisburg)で2007年8月、カラブリア地方出身の6人を殺害した。この虐殺事件をきっかけに、ヨーロッパ中、いや世界中の目が、ひっそりと活動していたこのマフィア組織に目を向けることになった。
さらに、私が委員長を務めたイタリア議会反マフィア委員会の働きがある。1964年に設立された同委員会は2008年、ンドランゲタだけに関する報告書を初公開した。その直後、アメリカ財務省は最重要国際犯罪組織のブラックリストにンドランゲタの名前を載せた。
こうしたことがあってから、ンドランゲタに注目するのは捜査当局だけでなくなった。さまざまな機関はもちろん、世間も目を向けている。
swissinfo.ch : ンドランゲタは時代の波に乗り、グローバル化した世界を難なく渡り歩いています。ところが一方で、組織内にはかなり古い伝統が継承されている。これには驚きました。
フォルジオーネ : まさに、これがンドランゲタの強みなのだろう。儀式を通して組織のアイデンティティを強め、宗教と固く結びつき、組員に帰属意識を持たせることで、ンドランゲタは組織の周りに沈黙の壁を築いた。
同時に、ンドランゲタには企業家としての能力がある。中流階級の市民をうまく利用して、グローバル化によるビジネスチャンスを最大限に活用している。
swissinfo.ch : スイスやヨーロッパ諸国は、ンドランゲタにどう利用されていますか?マネーロンダリングだけでしょうか、それとも密輸の経由地としても使われているのでしょうか。
フォルジオーネ : 両方だ。スイスはほかのヨーロッパ諸国と違い、銀行制度以外にも問題が一つある。イタリアのロンバルディアと国境を接していることだ。ンドランゲタはこの地域をカラブリア同様、支配下に置いている。
ここでは、(ンドランゲタの)圧力がかかっている企業は、組織を起訴するどころか、何が起きたかすらも話そうとしない。
スイスやヨーロッパ諸国では長年、マフィアの金が自分の国に入ってきても、国の経済全体にまでは影響がないと考えていたが、実際は違う。マフィアはその国での影響力を強め、経済、企業、金融の関係をあいまいなものへと変える。
swissinfo.ch : スイスでは今後、マフィアによる暴力事件が起こると思いますか?
フォルジオーネ : ンドランゲタはそこまで浅はかではないだろう。ンドランゲタが今、組織の巨額資金を使って最大に攻撃しているのは、「経済の透明性」だ。
また、デュイスブルクのような虐殺事件も二度と起こらないと思う。この事件のダメージはあまりにも大きかったと、ンドランゲタも十分承知しているからだ。
swissinfo.ch : マフィアを撲滅するためには、スイスやヨーロッパ諸国は法的に何をしなければいけませんか?
フォルジオーネ : 各国が一体となって反マフィア法を統一し、どの国でも犯罪組織による事件を捜査できるようにしなければならない。
さらに、イタリアの例のように、資産を押収するための対策を講じる必要がある。大事なのは、こうした対策を各国がお互いに認識するということだ。マフィア問題は世界全体とまでは言わないが、せめてヨーロッパ全体で取り組まねばならない。
イタリア議会反マフィア委員会は2008年度の報告書の中で、マフィア組織ンドランゲタ(’Ndrangheta)を「戦略的な方向性はないが、勢いを増している組織」と見なす一方、「国際テロ組織アルカイダと似ていて、組織としての能力が際立っている」とも説明した。
同委員会によれば、ンドランゲタの捜査は極めて難しいケースだ。固い絆(きずな)で結ばれた、マフィアの家族が組織の中心となっているからだ。家族の絆はさまざまな儀式を通して強められており、覆面捜査がしにくくなっている。また、証人を見つけるのもかなり困難だ。
反マフィア捜査当局の報告によると、マフィアが2010年に犯した殺人のうち、ンドランゲタによるものが29件、カモラ(Camorra)は20件、サクラ・コローナ・ウニータ(Sacra Corona Unita)は15件、コーサ・ノストラ(Cosa Nostra)は8件だった。2009年に起きたカモラの内部抗争では、51人が犠牲になった。
イタリアの調査機関エウリスペス(Eurispes)が発表した2008年の研究報告によると、ンドランゲタの推定収入は毎年約440億ユーロ(約4兆6000億円)。これはイタリアの国内総生産(GDP)の約3%に当たり、自動車メーカーのルノー(Renault)や製薬会社大手ノヴァルティス(Novartis)、電気通信機器メーカーのノキア(Nokia)など多国籍企業の収入水準に匹敵する。
ンドランゲタの収入の3分の2は麻薬の密輸(270億ユーロ、約2兆8000億円)が占め、残りは公共機関からの委託業務、売春、ゆすり・恐喝、武器取引などによる。
イタリアの4大犯罪組織(コーサ・ノストラ、ンドランゲタ、コモラ、サクラ・コローナ・ウニータ)の収入は、全体で1300億ユーロ(約13兆7000億円)と推定される。
1960年、イタリアのカラブリア(Calabria)地方のカタンザーロ(Catanzaro)に生まれる。
イタリアの日刊新聞リベラチオーネ(Liberazione)の編集長兼ディレクターを務め、左派の共産主義再建党(PRC)から2006年、イタリア下院議員に当選。2006年から2008年まで、議会の反マフィア委員会委員長を務める。
最近、所属政党をほかの左派政党(Sinistra Ecologia Libertà)に移す。
これまでに、イタリア犯罪組織に関するさまざまな書籍を出版している。
(独語からの翻訳・編集、鹿島田芙美)
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