コロナワクチン 抵抗強いスイスでどう推進するか?
新型コロナウイルスのワクチン開発が複数の企業で最終段階に入っている。次のステップは国民の大半を説得し、ワクチン接種に同意してもらうことだ。しかし予防接種への抵抗が世界で最も強い国の1つであるスイスでは、非常にハードルの高い問題になりそうだ。
コロナ感染症の第2波が猛威を振るい、新規感染の過去最多数が連日のように更新された今秋、スイスでは「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンを接種したいか」を問う全国的な調査が行われた。
それによると、4分の1以上(28%)が「しない」と回答。約半数(47%)は迷っており、副作用がなければ接種する、あるいは「様子を見る」と回答した。
149カ国を対象としたワクチン信頼度に関する大規模な調査によると、スイス人のワクチンに対する抵抗感がここ数年で強まっているという。た同調査ワクチンが重要だと考える人の割合は2015年~19年の間に減少(65%→53%)。また、効果があると考える人も減少した(50%→45%)。ワクチンの安全性に対する信頼感だけがこの期間に上昇した(30%→33%)。同調査は今年9月に医学雑誌ランセット外部リンクに掲載された。
また同調査は、医学研究等の支援を目的とする団体ウェルカム・トラスト外部リンクが2018年に行った研究を一部引用している。それによると、スイスはワクチンに対する不信感が高い世界ランキングの上位5国に入っている。またスイス人の約22%は「ワクチンが安全である」と思っておらず、これはフランスに次ぎ欧州で最も高い割合。「ワクチン接種は子供にとって重要」と思わない人の割合は9%だった。
今夏、世界経済フォーラム(WEF)外部リンクが27カ国で実施した世論調査によると、成人の4分の3が「COVID-19のワクチンがあれば、接種したい」と「強く思う」又は「どちらかといえばそう思う」ことが分かった。フランスは59%、ドイツは67%で、同調査にスイスは含まれない。スイス公共放送が10~11月に行った世論調査で「ワクチンが入手可能になったらすぐに接種する」と答えた人はわずか16%だった。
swissinfo.chの親会社であるスイス公共放送協会(SRG SSR)が4万人を対象に行った同調査では、改めて「スイス国民はワクチン接種に対する抵抗感が強い」というこれまで通りの傾向が確認された。スイスは国際的に見ても、ワクチンへの信頼度が最も低い外部リンク国の1つだ。未知の要素が多く、誤った情報が拡散した今回の世界的なパンデミックでは、この抵抗感を払しょくできなかった。
だが効果のあるCOVID-19のワクチン接種が実際に始まるのはまだ数カ月先の話だ。当局が予防接種の啓発キャンペーンを実施する時間はある。その一方で、既にソーシャルメディア上では情報に精通した反ワクチン支持者らが一足早く活動を展開している。これらの主張はワクチン接種を迷っている人に悪影響を与えかねないと専門家らは指摘する。
反ワクチン主義に拍車
こういったネット上に存在する予防接種反対運動の規模を把握するため、英拠点の反デジタルヘイトセンター(CCDH)が監査を行った。その結果、ソーシャルメディア上に5800万人のフォロワーを持つ反ワクチン主義のアカウントが(英語のみで)400以上特定された。ワクチンの重要性や安全性に関する誤った、あるいは誤解を招くような主張を展開しているという。
同センターは「新型コロナが反ワクチン主義者の追い風になった」と分析外部リンクし、中でも最大のアカウントは2019年と比べフォロワー数が19%増加したと明らかにした。
フリブール大学の社会心理学研究者パスカル・ワグナー・エッガー氏にとって、これは特に驚くことではないという。「不穏な時代には、検証されていない噂や疑惑が増えることが分かっている」。数年とまではいかないまでも数カ月間続くパンデミックは、ネット上で誤情報が拡散しはびこる可能性をさらに助長しているという。
反ワクチン主義者がパンデミックを政治的に利用している一例として、スイスで署名集めの始まった予防接種の義務化を拒否するイニシアチブ(国民発議)がある。これには国民の不安を煽るとの批判が出ている。現在、スイスでは(2州でのみジフテリアの予防接種が義務化されたが)予防接種は個人の自由意志に委ねられている。歴史家のローラン・アンリ・ヴィゴー氏はフランス語圏のスイス公共放送(RTS)のインタビューで、「スイスは1882年、天然痘の予防接種を義務化する感染症予防法が圧倒的多数で否決されたという独自の過去を持つ」と指摘する。
確かに現行の感染症法は、介護職員といった特定のリスクグループに対してワクチンの義務化を認めている。しかしそれは感染症を抑制する選択肢が他にない場合にのみ許され、たとえワクチン接種を拒否しても処罰してはいけない。
新型コロナワクチンの接種をどのように広範囲で進めるか各国が議論する中で、スイスでは予防接種証明書を持つ人しか渡航できなくなるといった様々な噂が広まっており、反ワクチン主義者らの神経を逆なでしている。
「麻疹やHPV(ヒトパピローマウイルス)の予防接種の啓発キャンペーンでは、ここまで強烈な反ワクチン感情に直面することはなかった。だが根本的な問題は変わらない」と連邦内務省保健庁の予防接種推奨部門の責任者マーク・ヴィッチ氏は言う。「この固い信念は、まるで宗教のようだ」
陰謀論の研究を行うワグナー・エッガー氏は、反ワクチン主義者は陰謀論者と同じく、政府や科学に不信感を持つ傾向があると言う。同氏は研究の一環として、ソーシャルメディア上の反ワクチン団体の動向を把握している。
「ワクチン接種は本来、複雑な問題だ。それを単純化して危険だと決めつけたり、ビル・ゲイツは自分たちを毒殺するつもりだと主張したりする」と氏は付け加えた。
予防接種を迷う人をいかに取り込むか
ヴィッチ氏は、ワクチンを断固拒否する人はスイスに3~5%いると推定し、これはCOVID-19のワクチンにも当てはまる。ヴィッチ氏とワグナー・エッガー氏の両氏は、このグループは絶対にワクチン反対の決心が変わらない人々だと言う。
連邦保健庁はそのため、むしろワクチンの重要性、安全性、有効性に不安を持っている人たちに焦点を当て、予防接種の信頼性を向上する啓発キャンペーンを行う予定だ。これは反ワクチン主義者が狙っているグループと全く同じだ。
swissinfo.chの読者も含み、人々はネット上で今後のCOVID-19ワクチンについて様々な懸念を表明している。副作用はどの程度深刻なのか?製薬会社や政府はワクチンの安全性を保証できるのか?一刻も早くウイルスを制御しなくてはならないという危機感から、通常であれば何年もかかるワクチン開発のプロセスは異例のスピードで進められている。
「これは人々の懐疑心を煽る。そして(反ワクチン主義者は)そういった人々を味方につけるチャンスだと考えている」とヴィッチ氏は言う。そしてスイスの医薬品認可機関スイスメディック(Swissmedic)は、今後のCOVID-19ワクチンの安全性を保証するために国際的な機関と協力していると付け加えた。
また、「前進するための唯一の方法は、情報不足のせいで迷っている人々に正しい情報を与えることだ。そうすればワクチン接種に踏み切れる」と付け加えた。
だが前出のSRFの世論調査で「ワクチンが入手可能になったらすぐに接種する」と答えた人がわずか16%だったことからも、連邦保健庁の課題は山積みだ。保健庁はウイルスの封じ込めに向け、スイス国民の6割に接種できるだけのワクチン確保を目指しているが、これで足りるかどうかは、接種が順調に進みウイルス拡散への影響を評価できるようになって初めて判明する。
ヴィッチ氏によれば、スイスメディックからワクチンの認可が下り次第、当局はワクチン啓発キャンペーンを開始できるという。スイスメディックの副局長は、2021年の第1四半期には接種が可能になると予測する。緊急の課題は、人々がワクチンを拒否する理由を把握し、そこにアプローチすることだとヴィッチ氏は述べた。
「システムへの信頼性を築くことが重要だ。ワクチンがどのようなプロセスを経て製造、試験、認可、監視されているか説明する必要がある。そして我々が常に状況を把握し、こういったプロセスに細心の注意を払っていると知ってもらうべきだ」(ヴィッチ氏)
求められるオープンな情報開示
スイス南部のスイスイタリア語大学でマーケティング教授を務めるL・スザンネ・スッグス氏も、国民とオープンな対話を持つことが鍵になると考える。もしワクチンに問題があるなら、当局は包み隠さず公表すべきだと国民は感じているという。
COVID-19ワクチン接種は何カ月もかけて大規模に行われる。ウイルスは一朝一夕に消えるわけではない。また年齢層に応じ、有効成分の量(と副作用)が異なるワクチンも用意される予定だ。
「いかなる副作用でも、ソーシャルメディア上で取り上げられるたびにワクチンへの不信感は強まっていく。他国が先行してワクチン接種を開始すれば、スイスは正にこの問題に直面することになるだろう」(ヴィッチ氏)
予防接種の普及に焦点を当てた研究を行うスッグス氏は、政府のメッセージを効果的に国民に伝えるためには、適切な政策を実施することが重要だと言う。
「政府や健康保険がワクチン費用を負担し、接種の手続きが容易であれば、ワクチン接種が本当に重要だという国民へのメッセージは明らかだ」。そして従来、それが接種率の向上につながってきたと同氏は言う。
スイスのように恵まれた国の人々は、予防接種のおかげでほぼ根絶された伝染病の惨状を目にする機会がないため、予防接種の重要性を信じにくくなっているとワグナー・エッガー氏は指摘する。そして予防接種の重要性を伝えるため、例えばポリオ(小児麻痺)の惨状を記録した古い映像を国民に見せることは効果的かもしれないと言う。
実際、「(伝染病の)リスクに対する認知度が高いほど、ワクチンを接種する人が増える」とヴィッチ氏は言う。そして適切な情報を与えれば、国民は最終的に納得すると確信している。
「至ってシンプルな話だ。予防接種を受ける人が多ければ多いほど、感染数や病院への負担、そして検査の必要性が減る。ワクチンがあれば、こういった負担を全て軽減できる」
(英語からの翻訳・シュミット一恵)
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