スイスで新学年スタート カルチャーショックを受ける外国人の親たち
今月、スイス全国にいる約50万人の小学生が新学年を迎える。小学生の3人に1人はスイス国籍を持たない。スイス人と外国人のカップルの子はさらに多い。そのため、多くの親が子供の入学を機にスイスの学校を知ることになる。
外国人の親たちの声
「なぜ子供たちが学校の廊下を走ってはいけないのか分からない」(レバノン出身)
「スイスでは、一人の先生が全ての科目を教える。中国では、各教科に専門の先生がいる」(中国出身)
「スイスの学校では、生徒が習熟度でクラス分けされることはない」(インド出身)
「科目数も宿題もとても少ない。それだけに、とてもプレッシャーを感じる。うちの子供は家でみっちり勉強する」(日本出身)
「モロッコの先生はもっと独裁的だが、スイスの教師はより民主的だ」(モロッコ出身)
「スイスでは、子供たちは王様で、大人たちはその取り巻きだ。先生の権威は著しく落ちた」(ルワンダ出身)
「スイスの小学校では、午後の授業が毎日あるわけではない。とても良いことだ」(英国出身)
「低学年の間は午後の授業が週に2回しかない。少なすぎるのではないか?」(中国出身)
入学前のチェックリスト?
「インドでは、あまり発言しない子供や内気な子は教師に放っておかれることが多い。しかし、スイスの先生はできるだけ各生徒の必要に応じた対応をとってくれる」と話すのは、ヴォー州に住むインド人の母親ルビーさん(仮名)だ。ルビーさんは子供たちがスイスの学校に通えることを喜んでいる。中国人の母親リンさん(仮名)も配慮の行き届いたスイスの学校に驚いた。「スイスでは、左利き用のはさみやノートまで用意されている!」
しかし、フリブール州に住むレバノン人の母親ムニラさん(仮名)の印象は違う。ムニラさんの娘が小学校に入学する5カ月前、一家は学校から手紙を受け取った。その手紙には、はさみが使えること、靴ひもを自分で結べること、トイレの後に自分で水を流すことができること等、子供が習得しておくべき事柄が列挙されていた。「およそ20項目にもわたるチェックリストだった。学校は一定レベル以上の子供たちを求めているように感じた…」とムニラさんは微笑んだが、不満気だ。
フリブール州公教育局(DICS)で移民児童の就学に取り組むアドリエンヌ・ベルジェさんはムニラさんの反応に驚いた。「この手紙は、まもなく就学する子供の親と対話を始めるためのものだ。(列挙された事項は)入学までに達成すべき要件ではなく、むしろ、学校生活にスムーズに慣れることができるよう、親が子供に準備させるための道しるべだ」とベルジェさんは説明する。
外国人の親を迎え入れ、情報を提供し、彼らの子供が受ける教育を理解してもらうため、フリブール州はフリブール教育大学と共同で同州の義務教育を11の言語で紹介する4本の短編ドキュメンタリー外部リンクを制作した。何らの指示も与えることなく、スイスの子供たちが送る学校生活を淡々と見せる短編は教師からも生徒の家族からも高く評価されている。
学校で使われる言語の習得が最優先
「私の息子が小学校に入学した時、校長が45分間のスピーチをした。そのうち15分間は歓迎の言葉で、30分間は習熟度の低い生徒を支援するために学校が取る対応を紹介するものだった」。学習に困難を伴う子供に対する学校の手厚いケアにこの中国人の母親はとても驚いた。ベルン州に住むモロッコ人の父親ファデルさん(仮名)も同じ印象を持つ。「スイスの義務教育でとても評価できることは、学習速度が遅い子供への配慮だ」
「外国人生徒の文化的背景が何であれ、私たちの最優先課題は学校で使われる言語の習得を支援することだ」とベルジェさんは指摘する。
4~5歳の子供が通う幼稚園でも、学校で使われる言語に習熟していない子供に対し定期的に補習外部リンクが行われる。この取り組みは、外国人の親たちにとても喜ばれている。
11年間の義務教育は3つの教育課程に分けられる。幼児教育2年間と低学年の初等教育の2年間を合わせた4年間、高学年の初等教育の4年間、中等教育3年間の3つだ。子供たちがこれら全ての教育課程を自身の適性や成長に合わせて滞りなく終えることができるように学校は最善を尽くさなければならない。
小学校に入学すると、子供たちは読み書きを集中的に習い始める。1年生の学年末には、教師が生徒に留年(今日では「延長」と言う)を勧めることがある。「ただ、教育課程の年度途中での延長は望ましくない。結局のところ、最終的な決定権は親にある」とベルジェさんは話す。
ムニラさんは、「そのことを親は絶対に知っておくべきだ!」と主張する。「校長であれ、教育カウンセラーであれ、誰も親の意思に反する決定をすることはできない」。外国人の親の多くはスイスの教育制度をよく知らないために、ほとんど盲目的に学校を信頼してしまうことをムニラさんは残念に思っている。
スイスの義務教育制度
州によって異なる義務教育制度の相違緩和を目指す州間協定(HarmoS)外部リンクが2009年に発効した。徐々に加盟する州が増え、ほとんどの加盟州で、満4歳から初等義務教育が始まる。義務教育の開始が早まったことで、義務教育期間は9年から11年に延長された。
学力が非常に高い子供のケアは?
子供の学習の遅れを心配する親がいる一方で、正反対の状況に悩む親もいる。ザンクトガレン州に住む中国人の母親ジアさん(仮名)がそうだ。ジアさんの8歳の息子は小学校に入学して以来、頭痛に苦しんでいる。「実は、息子の学習速度が速すぎて、息子は学校で退屈している」とジアさんはため息をつく。「スイスの学校は学力の非常に高い生徒に対してはほとんど何もしてくれないように思う」
子供を飛び級させるか否か決めなくてはならなかった親はジアさんだけではない。ジアさんは息子を飛び級させたが、状況は良くならなかった。
「飛び級させることは必ずしも最善の策とは言えない。考慮すべきことは学力だけではない。子供の社会性や精神年齢も考え合わせる必要がある」とベルジェさんは指摘する。非常に知的な子供が、精神的には年齢相応にしか成長していないということはある。クラスによくなじんでいる子供には、飛び級をさせるよりも子供の能力に見合ったプログラムを提供する方が好ましいこともある」
目下、フリブール州では、知的潜在能力の高い生徒のための授業を複数の学校が共同で行っている。「しかし、公立学校で能力の高い子供に合わせた指導計画を立てることはできない」ことはベルジェさんも認める。
公立学校はまず大部分の生徒に合った教育を保障すべきだということは、ジアさんも分かっている。「スイスの小学校は平均的な子供にとっては非常に良いと思う」。結局、ジアさん夫妻は息子を私立学校に転入させることにした。
宗教教育
所変われば家庭も問題も変わる。英国人の母親ハンナさん(仮名)は無宗教だ。娘が通うベルン州の学校で行われる宗教教育にどう対応すべきか、ハンナさんはまだ答えを見出せずにいる。もちろん、宗教教育を免除してもらうことはできる。しかし、その時間は廊下で、多くの場合はひとりで、練習問題を自習しているしかない。そのため、ハンナさんの娘は非常に信心深い教師による宗教の授業に出ることにした。
「ある時、娘が泣きながら帰宅したことがあった。『神様を信じない人は地獄に落ちるって先生が言ったの』と娘は私を案じてとても怖がっていた。また、別の時には、娘は先生の話すキリストの受難をとても聞いていられなかった。6、7歳の子供には残酷すぎるストーリーだ。娘は教室でこっそり涙を拭っていた…」
それにもかかわらず、ハンナさんは校長に苦情を訴えなかった。「すでに訴えた母親がいるが、何にも変わらなかった。私が訴えたところで何になるというのか?」
「問題がある場合、親は自分の意見を述べることができるはずだ」とベルジェさんは指摘する。もし、教師との話し合いが上手くいかなければ、校長や教育委員会に申し出ることもできる。また、学校には通常、保護者会もある。
「たとえ意見が合わなかったとしても、教師も親も子供の利益という同じ目的に向かっている。だから、双方が歩み寄って、顔を合わせ、意見を交換し、共に前進することが重要だ」とベルジェさんは締めくくる。
「結局のところ、私たちの子供はスイスで暮らしていくのだということを忘れてはならない。スイスで受ける教育こそが、子供たちの将来への備えになる」。あることをきっかけにロシア人の母親はこう考えるようになった。そして、この考えを外国人の親たちと分かち合いたいと思っている。
(仏語からの翻訳・江藤真理)
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