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トランプ相互関税、スイスの対応は?

時計師
スイスの高級時計は米国が最大の輸出先。トランプ政権の相互関税が大きな影響を与えると予想される Keystone / Salvatore Di Nolfi

ドナルド・トランプ米政権が導入する「相互関税」は、スイスからの輸入品に最大31%という大幅な追加関税を課す。スイス大統領はトランプ氏と電話会談するなど、交渉の道を模索する。

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米国の追加関税で特に大きな影響を受けるのは、スイスの時計(対米輸出額40億フラン=約6900億円)や機械(31億フラン)、医療機器だ。チョコレートやチーズ(いずれも1億フラン)やコーヒーマシン用カプセル(10億フラン)など食品業界への打撃も大きい。

トランプ氏は2日、ホワイトハウスで演説し、全世界を対象とする「相互関税」の国別税率を発表した。スイスに課される税率は当初31%だったが、その後32%に修正。4日に再び31%に修正した。

スイスへの追加関税は他の欧州諸国を大きく上回る。欧州連合(EU)は20%、英国はわずか10%だ。

米国は税率算定の根拠に「米国製品に対する貿易障壁」を挙げ、スイスだけでなく各国が激しく反発している。

スイスの輸出業者は高い関税率に加え近隣諸国に比べ不利な条件で競争を強いられることになる。スイスの経済団体エコノミースイスによると、国内の輸出企業の半数がマイナスの影響を受ける見込みだ。

だがトランプ氏は9日、追加関税の90日間停止を発表した。全輸出国への基本税率10%は維持され、中国には125%を課す。

迫る脅威

スイスの輸出業者はこれにより、EUより高い関税を課せられる事態は当面避けられた。

31%の関税が発表された当初、機械・電気・金属産業連盟「スイスメム工業会」は、追加関税によりスイス中小企業が「米国市場を完全に失うことになる」と警告した。自動車部品には全世界一律25%の関税が発動し、スイスの部品メーカーにも打撃を与える。

スイスのお家芸である時計も輸出額の約17%(2024年)を米国が占め、最大の市場だ。医療機器輸出の対米依存度も23%と高い。

医療機器メーカーの業界団体スイス・メドテックのエイドリアン・フン会長は「輸出障壁は企業を危険にさらすだけでなく、雇用やイノベーション、供給の安全性も危険にさらす」と語った。

医薬品は今のところ相互関税の対象外だが、トランプ氏は近い将来に別の関税を課す可能性を示唆している。2024年のスイスから米国への医薬品の輸出額は312億フラン(約5兆3200億円)と、対米輸出のほぼ半分を占めた。

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スイスGDPを0.2~0.3%下押し

販路を米国市場に依存しながら米国に生産施設を持たない中小企業にとって、相互関税は大きな脅威となる。

今後数カ月で雇用市場にダメージを与える可能性がある。スイスメムは政府に「操業短縮制度」の適用延長を求める。解雇せずに労働時間を減らす企業について、従業員に支払う賃金を国が肩代わりする制度だ。

機械メーカーの業界団体「スイスメカニック」加盟企業1300社のうち約3分の1は、相互関税が発表される前から従業員の労働時間を減らし始めていた。

スイスの失業率は2.9%と、ドイツなど近隣諸国に比べるとそれほど高くない。連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の景気調査機関(KOF)は先月、2025年の失業率は3%に上昇するとの予想を発表したが、関税の影響はまだ計算に入れていない。

労働組合は様子見を続けている。スイス労働組合連合(SGB/USS)のチーフエコノミスト、ダニエル・ランパート氏はブログで、「米国の関税は確かにスイスの輸出産業にとって厄介なものだ。だが、それを大げさに騒ぎ立てるのは不適切だ」と指摘した。

KOFは昨年10月、トランプ関税がスイスにどのような影響を与えるかについての試算を発表した。中国製品に60%、その他の国に20%の関税を課すと仮定した場合、スイスの国内総生産(GDP)伸び率は0.2~0.3%下押しされると予測した。1人当たりGDPに換算すると年200フランの損失になる。

KOFのエコノミスト、ハンス・ゲルスバッハ氏はドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)で、32%の関税による損失はさらに大きくなると語った。

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報復措置は見送り

スイスは予想外の高関税に対し、他の国々に比べ控えめな対応を取っている。

米国は9日に発動した中国への関税を104%から125%に引き上げた。中国は世界貿易機関(WTO)に提訴したうえ、9日には米国からの輸入品に計84%の報復関税を課すと発表した。カナダも報復関税を予告している。

台湾とスペインは、米関税に打撃を受ける産業への国家助成を打ち出した。

スイスのカリン・ケラー・ズッター大統領は3日の記者会見で、米国がスイスに課した関税は「不公平」であり、「1+1=3」のような計算式だと批判した。だが反射的な報復措置を取れば、経済に与えるダメージはさらに大きくなるとした。

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連邦政府は、報復措置の決定を下す前に関税の影響を「詳細に」分析するとした。

ケラー・ズッター氏は9日、トランプ氏と30分ほど電話で会談し、今後も協議を続けることで合意した。

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スイスは「開かれた市場、安定した枠組み条件、法的確実性に取り組んでいる」とも表明した。

スイス政府の交渉材料

スイス政府は、相互関税の算出に米国からスイスへのサービス輸出が勘案されていない点を指摘する。ソフトウェアのライセンス料などサービス輸出(210億フラン相当)を含めると、スイスの対米貿易黒字は180億フラン。トランプ政権が提示した385億フランより大幅に少ない。

スイス企業の対米投資額は世界トップクラスだ。直接投資残高は3000億フランを超え、世界第7位外部リンクを誇る。米国内で50万人を雇用し、スイス水準の高い給与を支払っている。

スイスはイランで米国の利益代表を務めており、これも関税交渉の切り札とみなしている。

一方、工業製品の輸入関税は既にほぼ0%で、米国に対してこれ以上の譲歩は難しい。ただし米国産農産物には関税がある。国内メディアでは、政府は対米投資の増加を交渉材料に使おうとしている。

エドワード・マクマレン元駐ベルン米国大使もスイス支持を表明している。

フラン高が希望の光に

世界が全面的な貿易戦争に陥らない限り、スイスは米国の相互関税の影響を吸収できる――。EFG銀行のチーフエコノミスト、シュテファン・ゲルラッハ氏はswissinfo.chにこう語る。

足元のフラン高・ユーロ安により、スイスの輸出品はユーロ圏の競合に比べ優位な立場にある。またスイス製の高級品に対する世界の需要は根強く、価格が上昇しても維持されるとの見方だ。

「スイスの輸出品全般、特に高級品は価格変動にそれほど敏感ではない。製造業者は欧州など他の国に輸出先をシフトすることで、米関税の影響を抑えることができる」

ゲルラッハ氏はまた、輸入品の価格上昇は米国の消費者に転嫁されるとみる。だが「貿易の混乱がデフレ効果をもたらす公算が大きい。それにより、世界の経済成長が縮小する可能性がある」と話す。

「最悪のシナリオでは、国際的な報復関税の激化が世界的不況を引き起こし、スイスのような輸出依存国に深刻な結果をもたらす可能性がある。しかし、現時点ではそのような状況には程遠い」

世界貿易機関(WTO)は3日、米国の相互関税は2025年の世界貿易額を約1%押し下げるとの推計を発表した。

※本記事は2025年4月4日に配信した記事に最新情報を追記して再配信しました。

編集:Marc Leutenegger/ts英語からの翻訳:ムートゥ朋子校正・更新:宇田薫

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