日本は大阪・関西万博で後れを取り戻せるか

日本は「未来」を目指しながら「過去」にとらわれている――フランス語圏のスイス公共放送(RTS)のジャーナリストが13日に開幕した大阪・関西万博に合わせて大阪を訪れ、DX(デジタル化)を中心に日本の技術力が衰退した原因と挽回へのカギを探った。

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2025年大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。各国が今後の社会を形作る最先端技術を披露しあうなか、かつて世界有数の技術立国とされた日本は万博を機に後れを取り戻すことができるのか。そんな疑問の答えを探し、RTSのジュリー・ロジス記者とセドリック・ギゴン記者が万博会場など現地で取材。ポッドキャスト全5回で配信した内容を、本記事で要約して紹介する。
RTSのポッドキャスト(フランス語)はこちら外部リンクからお聞きになれます。
ポッドキャストの書き起こしにあたっては、ドイツ語圏スイス公共放送(SRF)の「Speech to Text」を使用しました。
ソニーの「ウォークマン」、パナソニックのビデオテープレコーダー(VTR)、カシオのデジタル腕時計。ロジス記者は「日本がかつてハイテクで世界を席巻していたことは誰でも覚えている」と話す。2人が乗る新幹線も「日本の黄金時代の象徴とも言える」。
開幕目前の万博会場に着いた2人がまず注目したのは、レストランの厨房で活躍するロボットだ。このロボットシステムを開発したHCI(大阪府泉大津市)の奥山浩司社長は2人に、日本では人手不足を背景に、工場だけでなくサービス部門でもロボットが活躍していると説明した。
奥山氏はAI搭載ロボットの弱点について、「人間は必要に応じて創造性を発揮して、うまく機能させたり、改善したりできる。AIは過去の経験に基づいて最善の解決策を見つけることはできるが、自身で創造性を発揮することはできない」と話す。ロボットと人間が共存する社会を目指していると語った。
過去から抜け出せずにいる日本
人間洗濯機や空飛ぶクルマといった先端技術が展示される万博だが、会場を一歩離れると「日本は過去から抜け出せないでいる」(ロジス記者)。その例として、現金払いしかできない飲食店が多いことを挙げた。
2人が食事をした飲食店のオーナーは、現金払いしか受け付けない理由を次のように語った。「当店は原材料をすべて現金で購入しているため、お客さんからも現金で受け取る方が都合がいい」。またクレジットカード払いは決済手数料がかかるため、お客さんのためにメニュー料金を抑える目的もあると話した。
もう1つの「過去の痕跡」の例として、最近まで定着していたはんこ文化にも注目した。2人が訪れたはんこ職人は、コロナ禍でリモートワークを推進するために政府がはんこの廃止を推進したと説明。今は芸術性の高いはんこ作りにシフトしているが、廃業した職人も多く、ノウハウが失われることを危惧しているとこぼした。
地下鉄・大阪メトロは万博に合わせ、130駅で顔認証ゲートの運用を始めた。RTSの2人もその便利さに驚くが、広範に利用されてはいない実態に首をかしげる。街頭で「使い方がわからない」「プライバシーの問題がある」「メトロカードがあれば十分」といった日本人らの声を聞いたロジス記者は、「社会は前進を望むが、人々は急激な変化にためらうこともある」とまとめた。
急激な変化についていけない人々を、技術で救おうと取り組む開発者たちの姿も追った。ギゴン記者が向かったのは北九州市のコンピューターサイエンス研究所。視覚障がい者歩行支援アプリ「Eye Navi」を製作している。AIとスマホのカメラ、オンラインマップを駆使し目的地まで誘導するアプリで、2023年4月の公開以来2万回ダウンロードされた。
「日本には数十万人の視覚障がい者がおり、高齢化とともにその数は増え続けている。日本の道路標識や音声案内、点字翻訳は模範としてとりあげられることも多いが、技術革新とアクセシビリティは必ずしも両立しない」とギゴン記者。アプリのユーザーの1人、マユミさんは小売店のセルフレジで大きな困難を抱えると話した。「ある人にとっては実用的でも、私たちにとってはそうではない」
同研究所のプロダクトマネージャー、髙田将平氏は「このアプリケーションは日本全国で使えるが、今年から全世界に提供できるようにするのが私たちの野望だ」と語った。
「成功物語」が必要
日本が後れを取り戻す余地はあるのか?フリージャーナリストとしてRTSでも活躍する西村カリン氏は、「先進的な技術で機械的な要素が大きいものはすべて日本の強みで、何十年も先を行っていた。しかしソフトウェアがモノを言うデジタル時代に移行すると、日本人は後れを取った」と話す。日本が世界に先駆けて携帯電話のネット接続サービス「iモード」を開発したが機械的な機能にこだわるあまりアプリの開発に遅れた例を挙げ、不況による技術への投資減少や人口の高齢化も遅れを取った要因だと説明した。
「日本人はどん底で強さを発揮するので後れを取り戻すチャンスはある。だが、きっかけが必要だ」。西村氏は日本人の新たな「成功物語」がきっかけになりうると予想し、医療分野をその候補に挙げた。
国のリーダーシップの不在
スイス出身のピエール・イヴ・ドンゼ大阪大学教授(経営・経済史)は、電気自動車(EV)市場で日本が中国勢に後れを取った経緯をこう説明する。「トヨタが有名なハイブリッド車を発売した時代の日本産業は革新的だった。だがそのモデルにとどまり、EVのイノベーションを追求しなかった」
ドンゼ氏はより根本的な問題として、「国と企業の関係」が変わってきたことを指摘した。かつて日本企業は日本で、政府や大学などと協力して革新的な製品を開発していた。しかし今日は「日本がイノベーションを起こしているわけではなく、日本に本社がある(が、グローバルに展開する)一部の企業がイノベーションを起こしているにすぎない」。企業と国の結びつきが弱まった結果、「日本という国は大きく遅れを取り、深刻な経済的課題を抱えることになった」と分析する。
日本が国としてこれまで真に指導力を発揮したことはないと続ける。「世界でリーダーシップをとり、日本に強いイメージを与えているのは大企業だ」。国としては人口統計やあらゆる社会指標が悪化しており、全てのランキングで地位を落としていると語った。
ポップカルチャーの力
ドンゼ氏は、長期的に見れば日本には生き残る能力があるとみる。「何が起ころうとも、日本と日本経済は、なんとか生き残り、適応することができる」。だが、グローバル化した世界に適応できていない今の日本は、「明らかに危機の時代にある」と警告した。
西村氏もドンゼ氏も、マンガなど日本のポップカルチャーがもつソフトパワーが見逃されていると指摘する。「日本人は当初マンガの輸出に消極的だったが、フランスやベルギーなどの出版社に見いだされた。90年代半ば、欧米で日本のイメージは非常に悪かったが、マンガがそれを180度変えた」(西村氏)
「ポップカルチャーの影響力はもっと活用・収益化できるのでは」と問いかけるギゴン記者に対し、ドンゼ氏は「海外にあまり行かない日本人自身は、このソフトパワーの強みを実感しておらず、真価を発揮させるチャンスをつかんでいない」と同調した。
スイス館の「彗星の香り」
大阪・関西万博のスイス館は「From Heidi to High-Tech(ハイジと共に、テクノロジーの頂へ)」をコンセプトに、「人間拡張」「生命」「地球」の3章からなる展示を披露する。RTSは目玉展示として「彗星の香り」を取材した。
「少し花のような香り?」「湿り気のある、土のようなにおいも」。こう話し合うロジス記者、ギゴン記者に、「訪問者はよく、蜂蜜が腐ったようなにおいがすると言う」と応じるのはベルン大学宇宙・居住性センターの広報担当ソフィー・クルメナシェール氏だ。
ベルン大は、宇宙空間にあるガスの原子や分子を高精度で測定する質量分析計の開発を得意とする。万博では宇宙航空研究開発機構(JAXA)と欧州宇宙機関(ESA)の共同ミッションに搭載された質量分析計の模型2点が展示される。
またESAの宇宙探査機ロゼッタに搭載された質量分析計「ロジーナ」が2014~16年に測定した結果から「彗星の香り」を再現し、来場者が体感できるようにしている。
「スイスが宇宙研究の最前線にいることは、そう有名ではないのでは」と尋ねるギゴン記者に、クルメナシェール氏は「こうした博覧会ではスイスの宇宙研究を広く伝えることができる。だから万博が長年のパートナーである日本で開催されると知り、出展しない手はなかった」と語った。
校正:江藤真理

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