スイス、対中FTAを改定へ 人権問題は棚上げ
習近平国家主席に次ぐ中国の高官である李強首相が今週、スイスを公式訪問した。人権問題を理由にためらっていた二国間自由貿易協定(FTA)の改定に着手することで合意。新FTAに人権条項が盛り込まれるかどうかが、新たな火種となりそうだ。
なぜ中国は欧州への関心を高めているのか?
スイスとアイルランドを訪問した李氏の主な使命は、低迷する中国経済の立て直しだ。「景気回復が遅れていると懸念される中、中国政府は自国の開放性を強調しようとしている」。香港英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)は同氏の欧州訪問に先立つ11日、そう報じた外部リンク。
新型コロナウイルス感染症の流行が収束した後も、中国経済の回復はまだら模様だ。公式の貿易統計外部リンクによると、2023年の輸出入総額はグローバルな取引環境の悪化により減少。欧州連合(EU)と米国への輸出はそれぞれ10.2%、13.1%減少した。米国、欧州、アジア諸国の銀行が昨年にインフレ抑制のため利上げを開始して以来、中国の輸出需要は低迷している。
2023年3月に中国首相に任命された李強氏(63)は15日、2024年の連邦大統領を担うヴィオラ・アムヘルト国防相をはじめとする政府閣僚と会談。16日にはビジネス界や政治のリーダーが集まる世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)で演説した。
中国外務省報道官は李氏の今回の訪問について「中国と欧州間のハイレベル交流の始まり」として位置付けられると述べた。貿易、金融、イノベーション、文化における協力関係において、双方が「大きな可能性」を模索し続けることが期待されているという。
独語圏スイス公共放送(SRF)は11日の放送外部リンクで、李氏の訪問の目的は「特に経済面における欧州との関係改善および強化」であることは明らかだとし、「この点においてもスイスは中国にとって欧州や欧州都市へとつながる足掛かりとなっている」と報じた。中国企業は、スイス証券取引所(SIX)と上海および深圳の証券取引所が新たに合意した「中国・スイス間ストックコネクト」を利用し、スイス証取に上場したり、欧州で資金を調達したりできる。
なぜスイスは中国との協定に関する先駆者なのか?
スイスは中国と政治的、経済的に強い結びつきを持っている。スイスは西欧諸国の中でも比較的早い1950年に、中華人民共和国を公式に承認。2010年以来、中国はスイスにとってEU、米国に次ぐ3番目の、そしてアジア圏では最も重要な貿易相手国となっている。
中国は2013年、スイスと自由貿易協定(FTA)を締結。中国にとって協定を結んだ初めての欧州国となった。スイス企業は以来、中国での商品やサービスに対する優先的な市場アクセスを得ている。
中国とスイスは15日、ベルンで共同宣言に署名し、連携を深めることで合意した。この宣言により、FTAの改定に向け共同検討を始めることが最終決定された。スイス政府は「交渉開始に向けた重要な一歩」と述べた。
スイス当局は、FTAは二国間貿易と投資を強化する効果的な手段だと主張している。両国は2016年からFTA改定に向けた見直しを行ってきたが、中国の人権問題を巡る懸念を理由に中国側が話し合いを拒否したため、取り組みは停滞していた。
仏語圏日刊紙ル・タン外部リンクによると、スイス側は人権や環境保護に関する内容を盛り込みたいと考えている。一方独語圏日刊紙ターゲス・アンツァイガーは、スイスの一部のビジネスセクター、特に化学産業や機械産業は協定の拡大に高い関心を寄せていると報じた。
スイスのギー・パルムラン経済相は8日、SRFに対し、中国とスイスの双方がFTA更新に向けた話し合いを再開するにあたり「ある程度は楽観的」だと述べた外部リンク。しかし、スイス政界の一部からは抵抗する声も上がっている。人権条項のないFTAの拡大は、左派政党や組織による国民投票へとつながる可能性がある。
スイスの対中外交戦略は?
2021年3月、スイス政府は、中国との関係に「より一貫性」を生み出すことを目的とした初の「中国外交戦略(2021~2024年)」を採択した。この戦略は、中国をスイスの外交政策の重要なパートナーとして認識し、両国の絆を尊重するための枠組みを提供している。両国の価値観の明確な違いについても触れている。平和と人権、繁栄、持続可能性、デジタル化の分野における目標と措置を定めている。
現在の戦略は2024年末に期限を迎え、スイス連邦外務省が現在策定中の新戦略に置き換えられる。しかし、新政策に大きな変更や新たな原則が含まれるかどうかは不明だ。
スイスは人権とビジネスをどのように切り分けている?
スイスは1991年以来、中国政府と定期的に人権に関する対話も行っている。
イグナツィオ・カシス外相は2021年、独語圏日刊紙NZZに対し、スイスと中国の関係は「綱渡り」だと認めた。「中国は、人権について難しい対話をする国である一方、経済やその他の問題において重要なパートナーでもある」
2018年にスイスが中国の新疆ウイグル自治区における「再教育キャンプ」の閉鎖を求める国連要求を支持したことを受けて、人権に関する対話は停滞していたが、交渉は2023年7月に再開された。
カシス氏は2021年に初の中国戦略を発表した際、スイスは中国の人権侵害に対する批判を強めており、対中政策が転換しつつあると述べた。在スイス中国大使は、中国の人権状況に対するスイスの批判に強い反発を示した。
スイスは2022年、ウイグル族に対する人権侵害の疑いで一部の中国の個人や企業に制裁を課すEUに追随することを拒否した。スイスはまた、中国という名で承認された一つの主権国家とのみ、外交関係を維持することを義務付ける「一つの中国」政策を支持している。
ル・タン紙は11日付の記事で、李氏のスイス訪問は、新型コロナ危機や「香港、新疆ウイグル自治区、または対台湾における中国の政策に関するある種の不安」によって不安定だった4年間を経て、両国間の「ハイレベル外交への復帰」を示すものだと報じている。
スイスと中国の公式訪問
中国の首相がスイスを公式訪問するのは、李克強氏(2023年10月死去)が最初の欧州訪問先として2日間滞在した2013年5月以来となる。
習近平国家主席は2017年1月にベルンとジュネーブ、ダボス(WEF会議出席)を訪問している。
2019年4月、スイスのウエリ・マウラー大統領は習近平氏の招請を受けて1週間にわたり訪中した。
仏語圏日刊紙ル・タン外部リンクによると、次回の中国・スイス間協議は今夏、イグナツィオ・カシス氏とギー・パルムラン氏の訪中時に開催される予定。
編集:Mark Livingston、英語からの翻訳:大野瑠衣子、校正:ムートゥ朋子
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