ポピュリズム(大衆迎合)的な運動を悪く言うのは、あまり意味がない。民主主義は本質的に多数派の意見で決まるものだからだ。そのため、人権を守る「防火壁」の力だけを信じるのは危うい。
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ポピュリズムは今に始まった現象ではない。この概念はローマ帝国に遡り、当時でもモラル的にネガティブな意味合いがあった。当時の支配階級の代表者たちは、民に直接訴えかける政治家を「民衆派(populares)」と呼ぶ一方で、自分たちのことは厚かましくも「最良の人士(optimates)」と呼んだ。古代ローマの政治家キケロは、「民の代表者たち」は個性のないイエスマンであり、「民を支援すると言っておきながら本当は民の利益や安全さえも脅かす偽善者だ」と民衆派をののしった。
ポピュリズム運動の重要な側面
今日でも、聴衆にへつらったり、聴衆の感情に訴えかけたりすることは、ポピュリズムに走る政治家の特徴だ。例えば、ドナルド・トランプ氏は「オバマ米大統領がイスラム国(IS)を設立した」と主張しているが、その根拠を単に「聴衆に受けたからであり、今や誰もがそれについて話している」からだとしている。また、ポピュリストはこぞって市民に寄り添い、エリートに対抗する「護民官」であろうとする(ちなみにポピュリストの多くはエリート出身)。ここでも現代と古代ローマのポピュリズムの類似点が見られる。古代ローマでは、貴族が護民官に選出されるためには平民へと身分的に「鞍替え」しなければならなかったのだ。
ポピュリズムの定義に完全なものや明白なものはないが、政治学ではポピュリズム的な運動に関して他にも重要な点を明らかにしている。その一つはまず、そのような運動を繰り広げる人々は、一枚岩的かつ同質的な「民族体(Volkskörper)」の物言わぬ多数派の利益を代表するのは自分たちだけだと主張する点。もう一つは、彼らは特定の問題が政治色を失い、多数派から決定権が奪われることに反対している点だ。後者は特に、民族的、宗教的、文化的 、またはその他の少数派の地位が関わってくると明らかになる。しかし実際には、少数派の基本的権利は国の憲法や国際人権法に定められており、政治の手から大いに守られている。これらの権利は多数派の機嫌に左右されてはならず、その内容は裁判所が決めるものであって、国民投票で決められてはならないからだ。
そのため、ポピュリストは裁判官や他の専門家委員会に反感を示している。また同じ理由から、ポピュリストの出す要求が法的に妥当かどうか検討されるようになった。なぜなら、特定の権利を人権として認めることは法治国家にとって重要だからだ。そのため、感情の炎が高まりを見せても人権が守られるよう「防火壁」が設置されており、人権に関する問題は多数派が決定できないようになっている。だが今まさにそれが原因となり、重要な社会的問題が政治色を失うこと(脱政治化)と、スイスが持つ民主主義的な決定メカニズムとの間にきしみが生じており、その対処がますます困難になってきている。
度々示唆されていることだが、このきしみはどちらか一方をどうこうして解消できるものではない。我々はこのきしみに耐えなければならないのだ。ポピュリズム的な政治を単に悪く言うのはあまり意味がない。民主主義は本質的に多数派の意見で決まるものであるため、「防火壁」の力だけを信じるのは危うい。それよりも、政治的議論の中で、国民に不可侵の権利を認めることの必要性を十分説明することの方が重要だ。そうすれば、危険な炎が立ち上がるのを未然に防ぐことができるからだ。有権者の判断能力を超えているからといって、国民に判断をゆだねないようにするのではなく、十分説明をし、必要な情報を公開していくべきだ。そうすれば、法治国家のメリットがはっきり現れてくる。ポピュリズム的な運動の多くが現代の法治国家の中枢を危険にさらしていることは明白だからだ。
対立を甘く見てはならない
「最良の人士」の1人だったキケロ自身は、たとえ素人が集まった市民集会でも、ポピュリストと「真面目で威厳があり、気骨のある市民」の違いは分かると確信していた。また、たとえ集会で偽りや隠蔽(いんぺい)が多かったとしても、真実が包み隠さず提示され、その良さが強調されれば、市民は真実をかぎ分けることができると信じていた。だがそれが成功する保証はない。古代ローマで繰り広げられた民衆派と「最良の人士」の対立は、ローマ帝国の滅亡とともに終結を迎えた。その後は皇帝が支配することになったが、護民官として無期限の任期についた皇帝は同時に民の「親友」だった。このような状況から我々は幸いにも遠ざかっているとはいえ、既存の構造とポピュリズム的な運動の対立を甘く見てはならないことは歴史が物語っている。
本記事は2016年9月8日に日刊紙NZZ外部リンクに初掲載されました。
(独語からの翻訳・鹿島田芙美 編集・スイスインフォ)
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スイス国民は、すがすがしいほどの「熱意」を込めて投票に臨む。そう笑いながら話すのは、スイスの風刺漫画家パトリック・シャパットさん。しかし、この15年ほどの間に直接民主制が世論操作をもくろむ人々やポピュリストに利用されるようになったと警鐘を鳴らす。
シャパットさんは20年以上の間、ニューヨーク・タイムズ紙国際版、スイス・フランス語圏の日刊紙ル・タン、ドイツ語圏の日刊紙NZZに定期的に風刺漫画を寄稿し、大西洋の両側で読者を笑わせてきた。
最近、家族とともにジュネーブから米ロサンゼルスに移住。風刺画家としての活動を続ける傍ら、南カリフォルニア大学アネンバーグ校スクール・オブ・ジャーナリズムに研究員として在籍している。
swissinfo.ch: ロサンゼルスに暮らしていて、スイスが恋しくなりますか?
シャパット : それは大げさかな(笑)。ただ、まともなスイスのグリュイエールチーズを買えるところをずっと探しているんだ。米国でその名で呼ばれているチーズはチューインガムみたいでね。それを除けば、スイスが恋しいということはない。私たち家族はスイスを非常に身近に感じている。自分がスイス人だと感じるのに、24時間スイスにいる必要はない。
swissinfo.ch : スイス関連の政治風刺漫画を外国で描くのは難しくありませんか?
シャパット : 頭の体操が必要だ。今住んでいる西海岸はスイスの真逆のようにも感じられる場所だから。
スイスのローカルな問題に疎くなるから、長期的にはたぶん良くないだろう。例えば、一括税のイニシアチブ(国民発議)についての議論に四六時中どっぷり浸ったりすることがない。
だが、長い目で見れば、距離は面白いものだ。数年間ニューヨークに住んだ時にも同じような経験をした。ニューヨーク暮らしの結果、私はスイスの制度と和解し、ずっと身近に感じるようになった。
swissinfo.ch : どういうことですか?
シャパット : 合意の形成、妥協案の模索について理解を深めることができた。当時の私は27歳で、スイスのマイペースな政治制度にいらいらしていた。しかし、距離を置いてみるとより良く理解できるようになった。
スイスを一つにまとめているのがスイスの政治制度だ。だから派手さはないし、何かと時間がかかり、合意も多く取りつけなければならない。スイスは努力によって維持されている国だ。いろいろな仕組みがあってこそ(スイスという国が)きちんと機能し、時には少し前進することもある。少なくとも後退することはない。
swissinfo.ch : シモネッタ・ソマルガ連邦大統領兼司法警察相が最近、直接民主制を称えて次のように発言しました。「バスに乗っていて話しかけられると、いつもその話題になる。人々はこの制度に非常に愛着をもっている」と。あなたもそうですか?
シャパット : ソマルガさんとバスで一緒になったことはないが、もし見かけたら自然と近づいていって、直接民主制の話をしてしまうだろうね(笑)。スイス国外ではよくその話をする。丸ごと説明する必要があるからだ。
外国人に1時間かけて直接民主制について話して、相手が納得したなら、それは説明が悪かったということだ。これは非常に特殊な、独特の制度だ。スイスというこの目立たない奇妙な多言語国家に合わせて作られた制度なのだ。
swissinfo.ch: アステリックスとオベリクス(訳注 フランスの人気漫画「アステリックス」の主人公たち)の秘密兵器は魔法の薬でした。スイス国民の秘密兵器は直接民主制なのでしょうか?
シャパット: 直接民主制は素晴らしい。外国ではそう言われている。特に近年、どこの国でも政府への信頼が揺らいでいるので、人々は直接民主制に魅了されている。
swissinfo.ch: しかし、最近の投票から見て、直接民主制は国を安定させる機能を失い、非合理的でポピュリズムに走っていると批判する声もあります。それについてはどう思いますか?
シャパット: 直接民主制とは、スイス国民が主導権を握る制度だ。政府が国民の指図を受け、時には国民を恐れる国は世界でもほぼスイスだけだ。この国の全権を握るのは、気まぐれで時に少し偏った「スイス国民」だ。スイス人はかなり地味な国民だが、信じられないほど馬鹿なことを言うこともある。直接民主制の問題は、この15年ほどの間に世論操作をもくろむ人々やポピュリストに利用されるようになったことだ。例えば、外国人排斥についての投票など何度もあり過ぎて飽き飽きするほどだ。
swissinfo.ch: しかし、直接民主制やポピュリストといったテーマは、あなたのような政治風刺画家にとってはおいしい題材では?
シャパット: 牛、アルプスの風景、牛飼い、投票箱など、スイスにありがちなイメージは描いても飽きない。
私はポピュリストと同じように、こうしたイメージをあえて使っている。国民党と同党の有力政治家クリストフ・ブロッハー氏は、長年同じ神話を繰り返し語っている。「世界に対する責任から逃れ、常に反対の立場に身を置く一方、利益は全て享受するアルプスの主権国家スイス」という物語だ。
swissinfo.ch : 政権を笑い者にする怖さは全くありませんか?
シャパット : 自分が特に過激だとは思っていない。私よりずっと挑発的な風刺画家もいる。私が心がけているのは、的を射て効果的であること、そして切れ味だ。正直なところ、自分はお行儀が良すぎると思うこともあるくらいだ(笑)。
swissinfo.ch : 多くの人にとって、直接民主制は神聖なものですが、個人的に改善すべきだと思う点はありますか?
シャパット : (2009年の)ミナレット(モスクの尖塔)建設についての国民投票の後、「スイスの有権者はいつも正しい」という考えを批判する漫画を描いた。ある男が、「直接民主制、国民発議権、レファレンダム(国民投票権)、ポグロム(大虐殺)はスイス国民にとって神聖だ」と言っている漫画だ。これはとても挑発的だった。
国民がいつも正しいと思うなら、歴史をひもといてみるといい。それが時に悪い結果を生んだことがすぐにわかる。
投票にかけられるべきでなかった案件もあると思う。後になってそういう意見が出ることもある。このイニシアチブはあれやこれに適合しない、など。大きな問題だ。
直接民主制が、国民が鬱憤を晴らすための道具になってはいけないと思う。投票にかけられる案件については、私たちはもう少し厳密に考えるべきだ。
国民の過半数が賛成するからといって、差別や基本的人権の侵害ができるようであってはならない。そうしたことは起こりうるのだ。ミナレットの件では明らかに、国民はその論点や問題点についてではなく、感情を(表現するために)象徴的に投票した。
もう一つの衝撃的な例は、外国人の帰化を地元住民が決定することもある点だ。(ある自治体では、住民が、帰化を希望する外国人の)写真1枚、その人物についての10行ほどの説明文を見て、その人物が好きかどうかを判断する。バルカン諸国系の名前の人は皆却下された。これは非常に暴力的で、馬鹿げている。直接民主制は時にインターネット上の掲示板のようになる。人々の怒りや気分が、ダイレクトに匿名で表現されるのだ。
swissinfo.ch : 今挙げられた数例は大きな議論を呼んだ問題ですが、他にも何千という投票が全国や自治体レベルで定期的に行われており、それほど議論が分かれるようなことは起きていません。
シャパット : フランスのような短いスローガンの連発ではなく、スイス・ドイツ語圏のような長い政治討論を伴う政治が行われているのは素晴らしいことだ。
スイス人が複雑で専門的な問題を熱心に議論するのも素晴らしい。お隣フランスのメディアは、大統領と愛人がどうした、政治集会で誰が何を言ったと騒いでいる一方、スイスでは政治的議論を一晩中戦わせることもある。
スイス人が長丁場の議論ができることは、間違いなく直接民主制の良い面だ。議論は情熱的とまではいかなくても、時に熱意がこもっている。スイス人は勉強熱心だ。
swissinfo.ch : パリのシャルリー・エブド襲撃事件は、政治風刺漫画家の仕事にどのような影響を与えると思いますか?
シャパット : 私たちは以前と変わらず描き続け、漫画を通じてこの世界の狂気に終止符を打とうと努力する。常に、議論と笑顔をもたらすことを目指す。しかし、今後はこの仕事をしながらも頭の片隅に暗い影が差し、心は重いだろう。以前よりずっと大きな不安を抱えた画家もいるだろう。無邪気でいられた時代は終わったのだ。
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