ランビエール、「風が体にあたるとき」
10月初めロサンゼルスで行われたショーに出発する直前、ステファン・ランビエールに、お気に入りのジュネーブのリンクで単独インタビューをした。
今年は、冬季オリンピックで4位になり涙を飲んだランビエール。しかしその後、荒川静香とペアを組み、高橋大輔には振り付けをするなど、日本のファンに多くの話題を振りまいた。こうした日本のスター・スケーターとのコラボを中心に話を聞いた。
荒川静香とのペアスケートはもう一度やる可能性が大いにあり、高橋大輔への振り付けは、「大輔が望むならばいつでも応じたい」という。ランビエール自身は、新しい局面へのチャレンジを続けながら、「フィギュアは風が体にあたるときの自由の高揚感を最大限に楽しむことで、喜び、悲しみなどを表現したい」と話す。
swissinfo.ch : 「シンアイス(Thin Ice)」では、荒川静香さんとハーモニーある演技を披露されました。
ランビエール : 一緒に練習をする時間が僅か5日間しかなかったので、まずお互いの技術や質、個性を表現し、それをうまく調和させる方法を取り、結局それがうまくいきました。
静香はリズム感に優れ、しかも頭が良いので、自分を曲のリズムに合わせながら、同時に僕の演技にも合わせることができた。僕も同じようにして動き、お互いの動きが一つに溶け込むような、素晴らしい調和を作り上げることができ、まさに「氷の上で出会った」という感じでした。
もちろんペアのスケーターたちが普通やるような、相手を抱えるといった技術は時間がなくて学べず、しかし「二つの異なるフィギュアのスタイルが調和を醸し出した」演技ができたと思います。
swissinfo.ch : 今後荒川さんともう一度共演する予定はありますか。
ランビエール : シンアイスの後、6月と9月に日本で同じ演技を披露できたのはうれしいことでした。素敵な共演の関係と友情が芽生えている感じです。
最初彼女が共演の提案をしてきて、僕は正直驚き、でも実現できて本当に良かった。自分たちの仕事を誇りに思っているし、静香にはこの提案をしてくれたことに感謝しています。
現在彼女と共演するスケジュールはなく、次々とショーに追われる日々ですが、僕が日本に行くとき、彼女も同じショーに出るのであれば、こうしたコラボをもう一度実現することは十分考えられます。ペアで演技する可能性をもっと発展させたいと思っているので。
swissinfo.ch : ペアスケートの振り付けなども将来やってみたいですか。
ランビエール : ペアスケートの技術的なことを知らないので、すぐにはできないと思いますが、芸術的な面からはぜひやってみたいですね。クラシックバレエでも、カップルの動き「パ・ド・ドゥ」など、素晴らしい表現が沢山あるので、それらを利用した振り付けをやってみたいと思いますね。
swissinfo.ch : さて次に、今年6月いわばライバルと言える高橋大輔選手に振り付けをしました。それはなぜでしょう。
ランビエール : 幸いにも僕は、ほかのスケーターをライバルだと考えたことがありません。だから大輔も打ち負かす相手だとは一度も考えなかった。大輔の性格やフィギュアのスタイルに興味があり、友情も感じていて、助けることができたらといつも思っていました。
また、大輔の中に何か自分に近いものを感じていて、その感性がいいなと思っていました。あるショーで出会ったとき、「もし僕で手伝えることがあったらいつでも言ってくれ」と、自然に言葉が出ました。それは、例えば回転の技術などで助けてあげられたらという程度の軽い気持ちだったのです。
swissinfo.ch : その流れで自然に今回の振り付けに行ったのですか。
ランビエール : その通りです。また実際の振り付けの現場でも、彼はとても気持ちよく教えられるスケーターだった。注意深く、いつも僕の言うことに精神を集中して聞いてくれた。それにやる気十分だった。
今の時代に、あれほどスケートに情熱を傾け、やる気に満ちている人物を見つけるのは難しいことで、それは素晴らしく、「スケートは大輔のためにある」と言っても過言ではないと思います。だから彼を応援したい。
swissinfo.ch : それはあなたにも、つまり「スケートはランビエールのためにある」とも言えるのではないでしょうか。
ランビエール : (照れたように笑いながら)そう。だから、続けています。
swissinfo.ch : 振り付けの曲「アメリ」は、とても静かで、同時に表現力に富んだものですが、何を大輔選手に伝えたかったのでしょうか。
ランビエール : (しばらく考えて)まず「アメリ」はワルツの曲で、ワルツはフィギュアスケートにとって非常に気持ちのいいリズムです。
ところで、スケート中に風が体にあたり皮膚の上をやさしく滑っていくときの、あの高揚感を感じる瞬間というものは、人生の中でそうあるものではありません。フィギュアは、激しい動きがないとき、何もしなくても自然に滑って行く、やさしくやわらかなもの。そうして体が風の流れを感じ、自由な気分になれる。ワルツはそうした解放感を感じる動きへと自然に導いてくれるものなのです。
結局、フィギュアが与えてくれるこうした風と一緒になった自由の高揚感を大輔に表現してもらいたかったのです。
swissinfo.ch : しかし、高揚感などを表現するのは、かなり難しいことなのでは?
ランビエール : こうした自由や、喜び、また悲しみにしてもそれを表現できるようになるには、凄く時間がかかります。フィギュアはまず基本ができていないと表現までには行きつけないもの。そして、その基本の一つの「ただ滑る」というだけでももの凄く時間のかかるスポーツ。だから、楽しみ、自由を感じながらさまざまな感情表現を行うようになるにはさらに時間がかかります。
その上、たとえそこに到達しても、その日のコンディションに左右される。僕自身、バンクーバー冬季オリンピックでは、「椿姫」の曲でうまく感情を表現したかったのに、怖さと緊張のため、表現に自由さがまったく欠けてしまった。それは本当に悲しいことですが、コントロールできない。自分の人生の一番大切な時の一つだというのに、表現ができなかった。残念だが、自分ではどうしようもなく、それは選ぶことのできない運命のようなものだと今は思います。
恐らく、感情の表現のようなものは非常に複雑で、体に「今日はこうしろ」と命令できるものではないのかもしれない・・・
swissinfo.ch : 今回初めての振り付けだと聞いていますが、今後もやっていきたいですか。
ランビエール : 今まで子どもたちにちょっとした振り付けを、このリンクでやっていましたが、確かに今回初めて複雑な振り付けをカザフスタンのデニス・テンと大輔にやりました。まずテンに1週間教え、次の週に大輔に教えたのです。
ところで2人は、性格、フィギュアのスタイル、表現方法、学ぶ姿勢などが正反対と言ってもよいくらい違っていました。テンは16歳で、持っているもの全部を見せたい、僕に強い印象を与えたいと必死の感じがあって、それはそれで可愛く、ところが大輔は経験のあるスケーターだし、穏やかで、僕の言うことに深く注意を払い、熱心だった。
2人の違いは本当に良い勉強になりましたね。結局振り付けも相手によって変えて行かなくてはならず、そこが面白い。これからもぜひやっていきたいと思います。それに振り付けは、自分が演技することと両立できるので、今の僕には理想的なものです。
swissinfo.ch : 日本のスター・スケーターとのコラボは偶然ですか、それとも何か日本への思い入れがありますか。
ランビエール : まず、僕は日本の文化が大好きです。初めて日本に行ったのは12歳のころでまだ何も分かっていなかった。人と会ったら抱きついて挨拶し、たくさん食べ、大声でしゃべるといったラテン系の家庭に育った僕は、日本の、整頓され色々な規則がある社会にショックを受けました。特に挨拶で身体的なコンタクトがないことにはびっくりしました。
しかし今は日本に対する考えが変わり、食事にしろ、伝統や文化にしろ、非常に興味があり、東京も大好きで、東京に住む準備ができていると言ってもいい位です。
ある日、日本で陶器の教室に入ったとき、教える先生がじっくりと時間をかけるのが気に入りました。スイスだと基本をさっと教えたら、後は自分でと言われますが、日本では失敗しないようじっくり先生が付いていてくれる。お陰で素敵な器が完成しました。実は、日本の陶器コレクションが僕の趣味の一つになっています。
swissinfo.ch : 今年色々なチャレンジをしていますが、何か新しい方向を探していますか。
ランビエール : まず、僕は運がいいと思います。新しいことをやるのは危険も伴い、でもその危険を冒してやると、また新しい機会が訪れるという具合に人生を前に進めることができていて、とてもうれしく思っています。
しかし、5年、10年後に何をするかという問いは、自分に対して今はしていない。現在やることが一杯あって、それをやっていくことが気に入っていて、それで十分満足している状態です。
swissinfo.ch : 最後に、あなたのスケートは、クラシックバレエのように繊細な表現力に富み、フィギュアでありながら、まるで違うアートの領域を作りだしているように見えますが。
ランビエール : 以前なぜクラシックバレエの方向に進まなかったのかと少し後悔したことがありました。しかし、今は自分がフィギュアを選んだ理由が分かってきました。それは、先ほど言った「風が体にあたるときの自由の高揚感が好きだ」ということです。スピードと広い空間を使った動きは何と言ってもフィギュアだけが表現できるもの。
それとバレエでは観客は正面にしかいませんが、フィギュアは360度の方向に観客がいて、全員に見てもらわないといけないし、何かバレエより大きなことをやっている気がします。
新しい領域を作っているというのはほめ過ぎですが、僕は毎回のプログラムで、前回とは違う何か新しいものを付け加えようといつも意識しています。お客さんに新しいものを見てもらいたいし、アイデアが次々に沸いてくるのです。
また、2年前には考えられなかった曲を選んだり、動きを導入したり、危険も伴うが、新しいことをやりたいといつも思っています。振付師のサロメと一緒に模索しながら動きを作っていくとき、スタートには音楽しかなかったのに、最後には一つの「物語」が出来上がっている。その創造が僕の喜びです。
1985年4月2日、スイスのヴァレー/ヴァリス州、マルティニ (Martigy)に生まれる。
1992年、7歳でフィギュアスケートを始める。
2005年3月、モスクワでの世界フィギュアスケート選手権大会で1位、19歳。
2006年2月、トリノ冬季オリンピックで銀メダル。
2006年3月、カルガリーでの世界フィギュアスケート選手権大会で1位。
2007年3月、東京での世界フィギュアスケート選手権大会で3位。
2008年1月、ザグレブでのヨーロッパ選手権で2位。
2008年10月、左内転筋の負傷のため、競技生活に終止符を打つと宣言
2009年1月、プロ宣言後初めてスイスのスケートショー「アート・オン・アイス(Art on Ice)」に出場。
2010年1月、バンクーバーオリンピックを目指し再び競技生活に戻った後、エストニアでのヨーロッパ選手権で2位。
2010年2月、バンクーバーオリンピックでは、ベストの力が発揮できず4位に。3位の高橋大輔とは0.51 点の差だった。
2010年3月、再び引退を表明。その後「シンアイス(Thin Ice)」で、荒川静香とペアを組み、また6月には高橋大輔に振り付けを行うなど、新しいチャレンジを行っている。
技術面もさることながら、アーティスティックな表現は評価が高く、「リンク上のプリンス」と呼ばれている。
( 出典ステファン・ランビエール公式サイトなどから )
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