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世界を目指す新星ロックバンド「SILVER DUST」

初ライヴ直前のSILVER DUST。左からセドリック(ドラムス)、キキ(ヴォーカル&ギター)、トマ(ベース)、ジャン-イヴ(ギター&ヴォーカル) swissinfo.ch

二足のわらじを履く、という言葉がある。ジュラ州出身のキキ・クレタン(Kiki Crétin)は、ロックミュージシャンとしてキャリアを積みながらも、アジョワ(Ajoie)、ビール/ビエンヌ(Biel/Bienne)、ラッパースヴィル(Rapperswil)といったアイスホッケーチームで活躍したプロのゴールテンダー(サッカーでいうゴールキーパー)であった。彼は人生の岐路に立った時、ロックに生涯を捧げる決心をし、アイスホッケー界から引退した。以来、自分が信じるただ一本の道をひたすら駆け続けている。

 週の半分はポラントリュイでギター教師として多忙な毎日を送っているキキだが、ハードロックギタリストとしても、これまで多彩な活動をしてきた。パガニーニ(Paganini)など数々のバンドにギタリストとして参加する他、自分の名「キキ・クレタン」をバンド名として起用し、国内外でライヴ演奏。ソロ活動としては地元の吹奏楽オーケストラとの共演、東京在住の日本人エアリアル・ダンサーASKAとの映像コラボレーションなど多分野にわたり、今後は交響楽団やオペラでのギター演奏も計画している。

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 彼の音楽キャリアに於ける劇的な転機は、一年半ほど前に訪れた。きっかけは、ベルン州フランス語圏のアコースティック音楽祭だった。キッスやモトリー・クルーといった世界的なロックバンドに在籍していたミュージシャンとの共演が決まっていたが、自分のバンドのヴォーカリスト、ジャン-イヴ・ルイヨン(Jean-Yves Rouillon)が都合で来れなくなったことで、ヴォーカルを取らなくてはならなくなった。キキは事前に練習を重ねてステージをやり遂げたが、その時の歌声を元キッスのドラマー、エリック・シンガーに高く評価された。自信を得たキキは、自分がヴォーカルを取り、尚且つ今までのスタイルとは違った音楽をやるバンドを結成しようという考えに至った。

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「常々僕は、古いタイプのハードロックではなく、現代にマッチし、オリジナルかつメロディ重視のロックをやりたいと考えていた」

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 そして、従来の仲間達と結成された「SILVER DUST」。音楽スタイルの変革時になぜバンド名まで変えようと思ったのかキキに聞いてみたら、意外な答えが返ってきた。彼の姓である「クレタン」は、ジュラではよく見かける名前だが、フランス語で「大バカ」という意味がある。フランスの音楽祭で、あるバンドと共演する時に、「この名前は宣伝ポスターに入れられない」とまで言われたそうだ。

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「僕の名前は地元では知られているが、隣国フランス、そして同じスイスのジュネーヴでさえも、受け入れられにくい。もちろん、僕自身はこの姓を恥ずかしく思うどころか誇りにさえ思っているけどね!」

 また、自分の名が入っていないバンドを結成することで「リーダー・キキとそのバンド」という人々の固定概念を抹消したかったという。しかし、何と言っても最大の理由は、英語名での世界市場獲得だ。ニューアルバムでは全曲英語で歌っている。

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 キキは、アメリカで長い音楽キャリアを積んだ後にスイスでマニトゥ(Manitu)というバンドを結成した女性ヴォーカリスト・マナリア(Mannalia)のもとで、徹底的にヴォイス・トレーニングを積み、発声法の基礎、そして英語での歌い方も学んだ。

「フランス語圏の歌手は英語の歌詞を間違って発音しがちだから、彼女は先生として適任者だった」

 キキは常に世界の動向や歴史に目を向け、それが音楽にも色濃く反映している。バンド名は、かつて魔法じみた物質として錬金術に使用されたSilver Dust=銀の粉末を意味するし、デビューアルバム「Lost in Time」の一曲目「D-Day」には、ノルマンディ上陸作戦にまつわるちょっとした仕掛けがしてある。アルバムタイトルは、あまりにも早い時間の経過や、時代と共に評価が変わる歴史の中でもまれていく人間の生き様を表しており、忘れてはならない過去から現在進行中の出来事を詞の中で語っている。12曲のうち2曲のインストルメンタル曲ではキキ得意の「泣きの」ギターがたっぷり聴ける。

 キキとのインタビューを経て、5月23日夜、ポラントリュイで開催されたアルバム発売記念ライヴに行ってきた。オープニングアクトは、キキが生徒の中から見い出し、数年来プロデュースしているヘヴィメタルバンド「チルドレン・オブ・メタル」(Children of Metal)。平均年齢14,5 歳という若さながら、大人バンド顔負けの迫力ライヴであった。この日、M6(フランスのTV局)のタレント発掘番組が撮影に来ており、私達観衆も一緒にこのバンドの応募映像録画に参加することができた。

 22時を回ってからSilver Dustが登場。地元でのライヴだけに友人知人も大勢駆けつけ、家族連れも多く、大音量でヘヴィなロックを演奏しても終始和やかなムードが漂った。まだアルバムを聴いていなかったファンには、ハードロック→オルタナティヴロックというスタイルの急激な変化は衝撃だったのではないか? ライヴ後のインタビューでぶつけてみると、かなり評判が良かったということ。そして、ライヴの数日前に出演したTV番組を見たというファンが、片道2時間はかかるローザンヌなど、はるばる他の町から何十人も大挙してやってきてくれたと嬉しそうに語った。

 ロックミュージシャンを目指す日本人に一言、とお願いすると、非常に現実的、率直かつ嘘偽りない言葉が返ってきた。

「世間に気に入られるための画策やヒット曲の産出は重要じゃない。音楽家は自分の限界ぎりぎりまで魂に話をさせる仕事をしているんだからね。だけど、多くの人に自分達を知ってもらう、つまり、営業を根気よく続けることも大切だ。すべてを人任せにして音楽だけやっていれば良かった70年代とはもう時代が違う。ビジネス感覚や人との対話、自分自身のイメージ作りにも長けていなければならない。それからCDを発表し過ぎるのは良くないね。一枚のアルバムをせめて2年はかけて、できるだけ多くの人に聴いてもらうように努力しないと」

 堂々たる体躯の端々に、音楽にかける揺るぎない情熱や信念を貫く強さが漂う一方で、人を包み込むような温かさをも同居させているキキ・クレタン。人間的な魅力と比例した高い音楽性がフランス語圏で数多くのファンを既に獲得しているが、彼の瞳はもっと広い世界を見つめている。

 モントルー・ジャズ・フェスティバル(Montreux Jazz Festival)への出演も決定した。今年から新設されたロック専門会場「The Rock Cave」でのSilver Dustの出演日は、7月16日22時半より。中国での音楽祭参加やドイツ公演の話もあり、今後の活動には目が離せない。

「ずっと憧れている日本にも行ってみたい。日本のロックファンはとても熱いと聞いているからね!」

 キキの夢が近い将来叶うことを願ってやまない。

マルキ明子

大阪生まれ。イギリス語学留学を経て1993年よりスイス・ジュラ州ポラントリュイ市に在住。スイス人の夫と二人の娘の、四人家族。ポラントリュイガイド協会所属。2003年以降、「ラ・ヴィ・アン・ローズ」など、ジュラを舞台にした小説三作を発表し、執筆活動を始める。趣味は読書、音楽鑑賞。

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