世界文化賞受賞 ピーター・ズントーの世界
長方形のブロックが庭をコの字型に囲むようなアトリエを訪ねた。大きな窓ガラスから外の木々が風に揺れるのが一枚の絵のように見えるのに、中は吸い込まれるような静けさだ。スイス人建築家ピーター・ズントー氏が作り出す空間はいつも、こうした独特の静寂と透明感が支配する。
アトリエの棚、ドアの取手、カーテンレール、庭の草木の配置に至るまで自分でデザインした。「建築の骨、肉、皮膚、全てを作り出す職人的な建築家だ」と自らを称する。今でも模型を作り、何度も練り直して作品を完成させる。それらはどれも素材感あふれる、気品に満ちた彫刻のような作品群だ。10月15日、世界文化賞を受けるズントー氏にインタビューした。
swissinfo : 第20回高松宮殿下記念世界文化賞の建築部門で受賞されますが、受賞の吉報に驚かれましたか。
ズントー: 思ってもいなかったので、本当にびっくりしました。ただ、日本には安藤忠雄氏など、私の建築を好んでくれる建築家がたくさんいるので、選ばれたこと自体は納得がいきました。
日本の建築家が私の建築を好きなのは、恐らく私の作品が日本の伝統的な建築を思い起こさせるからではないかと思います。
swissinfo : ところで日本のクライアントが注文したら、それを受けますか。
ズントー : もちろんです。洗練された、教養あるクライアントであれば、喜んで受けます。教養あるクライアントという意味は、私は商業ベースの建築家ではないので、建てようとする作品の文化的、社会的な側面に興味を持つクライアントでないと難しいと思います。
私の建てる物は、成功すると思います。それは商業ベース的に建てられるからではなく、私の「魂」、「心」によって建てられるからです。
swissinfo : あなたの作品は、外観が1つの彫刻のように完結していて美しく、中に入るといつも極端に静かで、中の空気が外の空気とは違うものに感じられ、いわば非常に感覚的な空間を演出しています。どうしてでしょうか。
ズントー : それが私の好きな建築環境だからです。建築に使われるさまざまな素材、形は、音楽に例えるなら、異なる音程であり、異なる楽器です。これらを組み合わせて曲を作り出すように、建築の音楽、建築の環境を作り出すのです。
若い頃は、建築家はみんなこうして作品を作るのだと思っていましたが、そうではないことが分かりました。私はこうした作り方をする「専門家」で特殊なケースのようです。
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swissinfo : ブレゲンツ美術館はコンクリートとガラス、ハノーバー万博のスイス・パビリオンは木材、ヴァルスの温泉は周辺の石という風に、さまざまな素材を使われますが、それはどうしてですか。
ズントー : 前にも言ったように素材は、音楽の音のようなもの。私はすべての音、つまり素材という建築の音を自分のものとし、それらから2、3、ときに4つ選び組み合わせます。組み合わせは豊かさを生み出します。
素材選びの基準は、建築の目的、例えばそれがチャペルなのか、美術館なのかによっても違うし、建てられる周囲の環境、例えばここの庭も私がデザインしましたが、 ハルデンシュタインの山の近くにあり、そして隣家の庭と繋がってもいるといった環境にもよります。最後に時代も考慮します。つまり、建築の目的、環境、時代という、この3つの要素によって素材を選びます。
swissinfo : あなたの空間デザインは特別で、例えば、ヴァルスの温泉の壁は仕切りとしての壁ではないように思えますが、あなたの空間に対する考えを聞かせて下さい。
ズントー : 素材と同様、空間も建築の目的によって変わってきます。チャペルは仕切りのないワンスペースなので、外と内の分離がとても大切になります。ヴァルスは温泉で、さまざまな温度の湯を味わうため、それらを繋ぐ、継続し流れるような空間が大切です。ブレゲンツの美術館は観客一人一人が、館内を歩きながら楽しめるよう、まるで森の中を歩いていくような空間デザインを演出しようと思いました。
swissinfo : 子どものとき訪ねた、おばさんの家の台所の情景が今でも大きなインパクトを与えるものとして残っていると書いておられますが、こうしたイメージはあなたの製作に大きな役割を果たしますか。
ズントー : イメージはどこからかやってきます。体と脳が絶えずイメージを作り上げています。この脳のイメージを作り出す働きを止めることはできません。ときにまったく経験のしたことのない、見たこともないイメージが現れることがあります。不思議ですが、これは驚くべき脳の働きの1つです。
swissinfo : 注文を受けたとき、いつも何か特別なイメージから作品作りを始めるのですか。
ズントー : そうです。まず幾何学的に構造がしっかりとしていて強いが同時にソフトな空間イメージからスタートします。単純な形で同時にソフトなもの、たとえば頭に中に、正方形、長方形、円形の空間などを描いてゆき、それがソフトに暖かくなるまで色々試みます。ここでいうソフトとは、「ソフトな幾何学性」といいますか、有機的なソフトさ、暖かさを意味します。幾何学的な強さが和らげられたような感じです。
swissinfo : ところで、アメリカ人のアーティスト、ドナルド・ジャッドのミニマルアートや、ドイツ人アーティストのジョセフ・ボイスなどをどう思われますか。
ズントー : 大好きな、同世代のアーティストたちです。こうしたアートと一緒に成長しました。ジャッドのミニマルアートは建築家にとってとても大切です。一方、ボイスも大切です。ジャッドのようにアメリカ人は非常に幾何学的、抽象的で、それはそれで魅力がありますが、素材については無関心。ボイスはそれに対し、素材性、匂い、感触などを呼び覚まさせてくれました。
swissinfo : 現代の建築の傾向はどういったものでしょうか。
ズントー : 2つのはっきりと違う流れがあります。1つは、ファッションのようにブランド志向を目指すクライアントのために、商業ベースに乗って早く建てる建築家たちの流派があります。建物の外面のみが格好の良い、いわば人間の皮膚だけを造る建築家たちです。
それに対し、もう1つの流れは、建物の全てを造り出す建築家たち、つまり骨も肉も、皮膚も全て自分でデザインする人たちの流派です。そのため、仕事はとても遅く時間がかかる。
私はこの後者に属し、仕事は非常にゆっくりしていて、商業ベースからは程遠い。作品が熟すまでに時間がかかります。何回も練り直し、これだと思うイメージが次第に形を作っていくまで待ちます
swissinfo : 昨年はヘルツォーク&ド・ムーロン両氏、今年はあなたと、2年続けてスイスの建築家が世界文化賞に選ばれたように、今日スイスの建築家は世界で非常に高く評価されています。何か「スイス人建築家の特徴」といったものがありますか。
ズントー : スイスでは自分の手で物を造り出すという、職人気質がさまざまな分野でまだ生きています。建築も同様で、「自分で建物を造る」のがスイスの建築家の特徴だと思います。
これと対極を成すのが、アメリカの建築家たちです。アメリカでの建築の授業はアカデミック過ぎて、理論的な本を書く建築家を輩出しても、自分で建物を作る建築家は育てません。コンピューターで設計だけして、建物に近寄りもしない建築家が増えています。
( スイスドイツ語で彼の名は、ペーター・ツムトーと発音される )
1943年、バーゼルに生まれる。
1958年、家具職人の勉強を始める。
1966年、ニューヨークの「プラット・インスティチュート ( Pratt Institute ) で建築を学ぶ。
1968年、スイスのグラウビュンデン州の「歴史的建築物保護課」で働く。
1978年、チューリヒ大学で建築を教える。
1979年、グラウビュンデン州のハルデンシュタイン ( Haldenstein ) に自分の事務所を構える。
1996年以来、ティチーノ州メンドゥリジオ大学で建築を教えている。
主な作品に、聖ベネディクトチャペル ( 1989 ) 、テルム・ヴァルス/ ヴァルスの温泉( 1996 ) 、ブレゲンツ美術館 ( 1997 ) 、ハノーバー万博のスイス・パビリオン ( 2000 ) 、ハウス・ズントー ( 2005 ) 、ブラザー・クラウス野外礼拝堂 ( 2007 )、 ケルンのコルンバ美術館 ( 2007 ) などがある。
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