空飛ぶヨットの挑戦
水中翼をヨットに付けるという発想で、フランスの三胴船「イドロプテール号」が誕生した。水中翼のお陰で船体が持ち上がり、波の上を飛ぶように走る。
昨年すでに最高速度47.2ノットを記録し、セーリングでは限界速度といわれる50ノット ( 時速92.6キロメートル ) を目指す。この挑戦を2年前から援助しているのが、ローザンヌ連邦工科大学のプロジェクトチームだ。
記録更新に手段を選ばず
最初の水中翼船は20世紀初頭、イタリアの発明家エンリコ・フォルランニーニ氏によって製作され、スイスとの国境にあるマッジョーレ湖で試運転された。1950年代には商業化の第1号として、スイスの会社「スプラマール ( Supramar ) 」が「PT10号」を作った。
この水中翼をヨットに付けるという新しい発想で誕生した、フランスの「イドロプテール号 ( Hydroprotère ) 」が初航海したのはおよそ15年前。スイスの「ローザンヌ連邦工科大学 ( ETHL/EPFL ) 」のプロジェクトチームがスピード記録更新計画に参加したのは2年前だった。ジュネーブの銀行家ティエリー・ロンバール氏がイドロプテール号の挑戦を支援したからだ。
「このプロジェクトはゼロから始めるというのではなく、ただ記録更新のためにヨットを改善することにある。そのためには手段を選ばずということで、制限は何もない」
と、プロジェクトチームのスポークスマン、パスカル・ブイヨムネ氏は説明する。ヨットレースのアメリカ杯で優勝したアリンギ・チームを援助した時は、さまざまな規格規制があったからだ。
考案を重ねる
今解決すべき問題の1つが、キャビテーションを減少させることだ。水中のプロペラが回転することで、周囲に発生する気泡が形成する空洞化現象をキャビテーションと呼ぶが、これが発生するとヨットの船体が水面上に上昇できず、ヨットの前進が阻止される。
これが、イドロプテール号のスピードをもう一歩更新できない理由の1つになっている。プロジェクトチームは、プロペラの形を変えることでキャビテーションを抑えることができると考える。そのため、コンピューターシミュレーションや、モデル実験を重ねている。
一方、水中翼が改善されたとしても、ヨットは風から最大限の力を得るためのベストな帆の位置を探らなければならない。それにはビデオでの映像化が有効になる。
「例えば、水中翼が船体をどれ程持ち上げられるかをクルーが航海中に観察できるシステムを作れないかと考えている」
と、コンピューター・ヴィジョン研究室のジュリアン・ピレ氏は説明する。以前クルー自身もほかのシステムを考案したが、いずれも風力を最大限に活用するまでには至らなかったからだ。
帆の動きを三次元で捉える
ピレ氏とスタッフがもう1つ考案したのは、帆の動きを三次元で捉えるカメラだ。
「基本のアイデアは、帆を最大に活用できる状況を帆のデザイナーやクルーに知らせることにある」
とピレ氏は言う。さまざまなテストを重ねた上でそのデータを彼らに渡すことになる。しかし、最終的にそのデータを活用するか否かは彼らの判断だ。
連邦工科大学にとって、今回のプロジェクトは船舶関係技術を向上させる実験的な側面も持つ。学生は実際に汗を流しながら、現実のプロジェクトに関わっているという実感が味わえる。
数週間後、プロジェクトチームのメンバーは、2年かけた仕事の成果を知ることになる。このジャイアントヨット、イドロプテール号が記録挑戦の航海に旅立つからだ。セーリングの世界では、目標値の50ノットは飛行でのサウンドバリアに近いものだという。さて、この50ノットを破れるか?
swissinfo、スコット・カッパー 里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 訳
1975年、航空技術、航海技術チームが一体となって「フランスヨット界の父」と呼ばれるエリック・タバリー氏にイドロプテール号の製作を持ちかける。
1987-92年、アラン・テボ氏がモデルを製作。
1994年10月1日、イドロプテール号の初航海。
2005年2月9日、平均速度33ノットを出し、1909年にルイ・ブレリオ氏がドーバー海峡を渡った記録を破る。
2007年1月25日、最高速度47.2ノットを記録した。
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