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雪山を満喫する宵 – レーティッシュ鉄道「満月列車」

見渡す限りの雪原を行くベルニナ急行 swissinfo.ch

見渡す限りの雪原を月明かりが照らし出す幻想的な光景を、暖かい列車から眺める小旅行がある。アルプスを南北に横断するルートとしては最も高い標高を走る赤い列車に乗って、冬の自然美を堪能する夜。今日は、この、「満月列車(Vollmondfahrt)」について紹介したい。


アルプ・グリュムの駅レストランを経営するSemadeniさん。ホテルは清潔で暖かく、レストランの料理もとてもおいしい swissinfo.ch

 ユネスコ世界遺産に登録されたレーティッシュ鉄道(Die Rhätische Bahn)外部リンクは、グラウビュンデン州の四季折々の風景の中を走る。中でもベルニナ線は、万年氷河を眺めた一時間後には、シュロの生えたイタリア語圏の街へと運んでくれる変化に満ちた素晴らしいルート。しかし、長い間、この鉄道会社に勤める人しか見ることのできなかった光景があった。

 ある冬の満月の深夜、もちろん最終電車はとっくに去った後に、線路の安全確認のためにベルニナ線を走らせていた運転手が、満月の雪原の光景にすっかり心打たれて、事務所に帰るなり言ったそうだ。「あんな美しい光景は見た事がないよ。特別企画をしないなんてもったいない」 

 そのひと言がきっかけになって「満月列車外部リンク」が企画されるようになったと話してくれたのは、アルプ・グリュム(Alp Grüm)外部リンクでホテルレストランを経営するセマデニさん。この特別列車は、12月から3月までの、満月にもっとも近い週末にベルニナ線を通り、標高2091mのアルプ・グリュム駅へと走る。

 私は、連れ合いとともに2月の満月の翌日に、この「満月列車」に乗り、興味深い時間を過ごすことができた。 

 完全予約制の列車は、通常の時刻表に載っている最終列車が去った後にサン・モリッツ(St. Moritz)駅から発車する。座席には、予約者の名前の入った案内書と、スパークリングワインのグラスが用意されていて、それだけでワクワクしてくる。

それぞれの乗客の指定席にスパークリングワインのグラスが用意されている swissinfo.ch

 スイスらしく定刻に発車してまもなく、係員の女性がスパークリングワインを注ぎに来てくれた。既に、会話を交わしていた隣席の乗客たちと乾杯をして和やかな雰囲気となった。ドイツ語、イタリア語、フランス語、英語などが飛び交う。隣席の乗客のうち2人はカナダからの観光客で、このレーティッシュ鉄道とチーズ・フォンデュの両方を楽しめるこの機会を楽しみにしていたと語ってくれた。

日本語もできる素敵な女性がサービスしてくれた swissinfo.ch

 チェレリーナ(Celerina)、ポントレジーナ(Pontresina)外部リンクの各駅でも停車して予約客を迎え入れ、そこからはノンストップで、パリュー氷河(Vadret da Palü)を抱く標高3900 mのピッツ・パリュー(Piz Palü)のお膝元、標高2091mのアルプ・グリュム駅へと向かう。

悠々たる氷河を抱くピッツ・パリュー swissinfo.ch


アルプ・グリュムに着くとまずはアペロで乾杯 swissinfo.ch

 このベルニナ線は、今から100年ほど前に敷設された。トンネルやループを多用して、グラウビュンデン州ではもっとも標高の高い場所を通っていく風光明媚な路線で、昼間に乗れば四季折々の美しい光景を楽しむことができる。2月はもちろん一面の雪景色で、車窓から鹿などの野生動物を見かけることもある。

 残念ながら、この夜は雪が降っていて、月光に照らされた幻想的な光景は見ることができなかったが、車窓からは窓のすぐ近くに樹氷が見えて美しい光景だった。雪は、山頂に近づくほどに小降りになっていき、アルプ・グリュムに到着する頃には止んで、雲の切れ目からうっすらと月が顔を出し始めていた。乗客たちが一様に歓声をあげた。

 「到着しました」と告げられ車両から出ると、温かいグリューワイン(またはノンアルコールのパンチ)が用意されていた。アルプ・グリュムのレストランは、駅舎の中にあるのだ。そのまま外でアペリティフのミートボールや、パイなどをつまみながら乾杯した。席の近くなかった人たちとも話をしながら、青白く浮かび上がるパリュー氷河を堪能した。マイナス20℃ぐらいの厳寒を予想していたのだが意外と暖かく、0℃前後だったのではないかと思う。

 それから、レストランの中に入って、ディナーの時間だ。サラダ、チーズ・フォンデュ、それにグレープフルーツのシャーベットというシンプルなメニューなのだが、たぶん私が食べたことのあるどのチーズ・フォンデュよりもクセがなくて、「こんなに食べられない」と思ったはずなのに完食してしまった。

クセの少ないチーズフォンデュは絶品だった swissinfo.ch

  この「満月列車」はサン・モリッツとアルプ・グリュムの往復とディナーがパッケージになっている。ほとんどの乗客たちは駅の前に停まっていた往きと同じ列車で帰ったのだが、私たちはそのままアルプ・グリュムに泊る予約をしていたので、仲良くなった乗客や乗務員に別れを告げてその場に残った。月がはっきりと顔を出し始めていたので、たぶん帰りの電車からは満月を堪能できたのではないだろうか。

サン・モリッツへと帰っていく列車 swissinfo.ch

  我が家から近く、昼のベルニナ線は四季を通じて何度も乗ったことがあるが、真冬の夜に通ったのははじめてだった。広大な自然のつくり出す、モノトーンの世界は清冽(せいれつ)で美しかった。暖房が効いて快適なスイスの鉄道を楽しむ、もう一つの方法を知った私たちは、きっと来年もこの「満月列車」に乗ることだろう。

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【参考】「満月列車」の動画(独語)も公開されている。

ソリーヴァ江口葵

東京都出身。2001年よりグラウビュンデン州ドムレシュク谷のシルス村に在住。夫と二人暮らしで、職業はプログラマー。趣味は旅行と音楽鑑賞。自然が好きで、静かな田舎の村暮らしを楽しんでいます。

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