V アイガー東山稜登攀 -10-
アルパインクラブ
アルパインクラブは、晩秋に年次晩餐会を開催する。会員はホワイトタイの正装で出席する。私はウェストン師の客人として招かれた。この会で有名なことは、国王にトーストした後、会員はパイプを出して喫煙するのである。パイプの喫煙は、ロンドンのクラブによっては室を異にしなけれぱならないという程、正式の場合は禁じられている柄の野性的なものとされているが、この晩餐会の慣例は有名である。会がアルプス山中で、登山仲間から生れた伝統を重んずるためと聞く。ウェストン師は、使い古しの封筒から煙草をパイプに詰めていた。
この会には丁度その年、第一回エヴェレスト登山に行って来たマロリーその他一行も列席していた。マロリーは何故山に登るかと聞かれて、山がそこにあるからだ、と言った人であるが、三回もエヴェレスト登頂隊に加わり、勝れた登山者として期待されたのであったが、一九二四年(大正一三年)の登山に際し、第六キャンプを発って頂上に向ったまま消息を断った。このマロリーがその席で、高所へ重い酸素補給器を担ぎ揚げるのは、体力にとってマイナスだと論じた。すると医者のケラスだったと思うが、八〇〇〇メートルの高所では酸素の補給は絶対に必要であると反論した。後日、王立地理学協会で、そのときに使った酸素補給器を見たが、工業用のボンベであって、マロリーの嫌がるのも無理がないと思った。
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