国民投票はカネで買える? 脱原発修正案、署名は1筆1千円
1筆当たり約1千円――スイスの脱原発方針の撤回を求めるイニシアチブ(国民発議)「ストップ・ブラックアウト」で、国民投票の実現に必要な署名集めのために多額の資金が動いていることが明らかになった。
原子力発電にはお金がかかる。政治的にもそうらしい。ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)の解説番組「ルンドシャウ外部リンク」は、原子力推進団体「エネルギークラブ・スイス」が2022年12月に1万筆の署名に対し7万5390フラン(約1千万円)を支払う内容の請求書を入手した。署名は西部ローザンヌに拠点を置く団体「インコップ・スイス」が収集・販売した。
インコップは民主主義の推進団体だ。そのためにイニシアチブやレファレンダム(国民表決)に必要な署名を集める。政治的立ち位置は不問だ。ただしインコップの協力は無料では得られない。
価格高騰
署名の公証機関を運営するマーク・ヴィルメス氏は、国民の権利が商業化されていく現状を懸念する。「捏造やいんちきなど、無効な署名の数は爆発的に増えている」
署名価格も高騰した。ルンドシャウが入手した資料によると、インコップが販売する署名は2022年秋時点で1筆3フランだった。「ストップ・ブラックアウト」はその2倍を請求されたことになる。SRFの「ルンドシャウ」とスイスのメディアグループ「タメディア」による共同調査で明らかになった。
原子力ロビー団体がイニシアチブをカネで買ったということなのか?「ストップ・ブラックアウト」を動かしているのは「エネルギークラブ・スイス」だ。いったん受け入れた取材を、担当者はキャンセルした。団体は書面で、「我々は署名集めにおいてさまざまな団体と協働している。財務・契約上の詳細に関する照会には応じない」と説明した。
なぜ署名集めはこんなにお金がかかるのか?インコップのフランク・テセモ社長は、署名の価格は一定ではないと説明する。「価格はテーマの難しさに応じて変わる。だが天候や集める期間によっても異なる」。「ストップ・ブラックアウト」のケースに関しては詳細を明かさなかった。
インコップ批判
インコップはこれまでも度々批判を受けてきた。収集者が全くの虚偽情報で署名を取得した、との指摘だ。ジュネーブとヌーシャテルは現在、有料の署名集め業を禁止している。
テセモ氏は、虚偽情報で署名を集めていたのが本当にインコップのスタッフだったのか、それ以外のボランティアだったのかは分からない、と話す。いずれにしても対策は講じており、スタッフは研修を受けている。
インコップで研修を受けていたあるスタッフは取材中、「ストップ・ブラックアウト」は原発の新設を可能にしたいわけではなく、代替エネルギーをめぐる議論を促すのが主な目的だと説明した。またイニシアチブを推進するのは、省エネに関する政府のプラットフォーム「エネルギースイス」だという。街頭で署名を集めていたスタッフも同じように話した。
実際にイニシアチブを推進するのは連邦政府ではなく「エネルギークラブ・スイス」だ。同団体のウェブサイトは、「原発による気候中立な電力を生産することで、電力の安定供給と気候保護を図る」ことを目標に掲げている。だがイニシアチブの本文に「原発」の語はなく、「気候に優しいあらゆる種類の発電方法を認める」と謳う。
エネルギークラブ・スイスはその理由を、憲法に特定の発電技術を明記するのは意味がないためだと説明する。「だからイニシアチブの本文は原子力エネルギーという言葉を含んでいない」。そして本文は「明快で簡潔、理解しやすく書かれ、理解されている」と主張する。だが原子力発電は本当に環境に優しいのか?まさにその問題こそ、数十年来、社会の分断要因になっている。
独語からの翻訳:ムートゥ朋子
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