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スイス下院 子ども年金廃止を可決

スイス下院は春期議会で、子ども年金を廃止し、同時に救済措置も設ける動議を可決した
スイス下院は春期議会で、子ども年金を廃止し、同時に救済措置も設ける動議を可決した KEYSTONE/© KEYSTONE / PETER KLAUNZER

スイス国民議会(下院)は、未成年の子どもを持つ退職者に支給される「子ども年金」の廃止案を可決した。年間2億3千万フラン(約380億円)に上る支出カットが狙いだ。

「子ども年金」は未成年(18歳未満)・あるいは教育課程にある子ども(25歳未満)を持つ年金受給者に、スイスの老齢・遺族年金(AHV/AVS、日本の国民年金に相当)から追加で支給される。居住地は国内外を問わない。>>子ども年金の詳しい記事はこちら

国民議会の議論では、子ども年金はこれ以上国外在住者に支給されるべきではないという意見が多勢を占めた。2020年時点では、子ども年金の約3分の1は国外にわたっていた。緑の党のマヌエラ・ヴァイヘルト下院議員は、担当委員会でこの動議外部リンクに反対した少数派の1人だ。

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タイに移住したスイスの年金受給者が子ども年金目当てに子どもをもうけているという報道や主張について、ヴァイヘルト氏は「ばかげている」と訴えた。

動議は、子ども年金を廃止し、同時に支援の必要な親への補足給付引き上げを導入することを目指す。背景にあるのは、支出削減と公平性という2つの議論だ。

18歳(教育課程にある場合は25歳)までの子供がいる被保険者を対象に、老齢年金に追加して支給される。父母ともに年金を受給している場合、それぞれ子ども年金を受給する。ただ合計金額が年金支給最高額の60%を超えてはならない。

出典:老齢・遺族年金(AHV/IV)用語集

支出削減を目指す理由は簡単だ。老齢・遺族年金の1カ月分増額が3月の国民投票で可決され、中間層の側で不均衡がさらに拡大する懸念が強まる。ただ子ども年金廃止で見込める削減額は約2億3000万フラン(約380億円)で、総支出額約480億フランに占める割合は小さい。

しかし、年金受給者の数は増加の一途をたどる。2010~2020年では1万人以上増加し、現在では約3万2千人に上る。このうち約3分の1が海外で暮らす。ほとんどがスイス国籍者だが、本国に戻った移民労働者も含まれる。主な国外年金の支出先はフランス、ドイツ、イタリアだが、スイス移住者が急増するタイも含まれる。タイは特に退職者に人気の国だ。

子ども年金の恩恵を受けるのはほぼ男性だけ

公平性の議論の背景にあるのは、受給者の男女格差だ。子ども年金の主な受給者は男性で、その割合は90%以上とされる。これは生物学上、男性の生殖可能年齢が女性よりもずっと長いためだ。

加えて、子ども年金は現役時代の所得が高いほど、支給額が増える。つまり恩恵を受けるのはそうした手当がそもそも必要ない富裕層だと廃止賛成派は主張する。さらに現在の規定では現役世代の親が受け取る児童手当の額が子ども年金の支給額よりも少なく、若い世代が不利益を受ける仕組みになっているという。

ベンジャミン・ロデュイ議員(中央党)とアンドリ・シルバーシュミット議員(急進民主党)は下院の担当委員会を代表し、これは世代間の連帯を損なうものであり、差別的だと訴えた。

子どもの貧困リスク?

ここ数年、連邦内閣(政府)は子ども年金の廃止を何度も検討したが、いずれも否決された。連邦内閣と左派陣営は、子ども年金は定年退職した親を持つ子どもが経済的に弱い環境で育つことのないようにするためのものであり、制度を廃止すれば子どもの教育の機会も減らしてしまうと訴えていた。

子ども年金の恩恵を受ける約3万1千人の子どものうち、2万2千人がスイスに住む。生活資金を年金に依存する退職者に対しては、補足給付を増額する。障害者年金(IV)の受給者は、廃止対象から除外される。国外在住のスイス人は原則的に補足給付を受ける権利はない。

下院は賛成117票、反対62票で動議を可決した。中道右派が賛成し、左派の緑の党が反対した。

廃止が実現した場合でも、現時点で子ども年金を受け取っている人はそのまま支給が続く。新規に子ども年金は支給されない。施行には上院の賛成が必要となる。

編集:Benjamin von Wyl、独語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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