2万7千人の人口を抱えるラッパースヴィール・ヨーナ外部リンクは、議会を持たない基礎自治体としてはスイス最大の都市だ。市民が今もタウンミーティングで政策を決めているが、今年6月のタウンミーティングに集まった参加者はたった350人。これは地方レベルの直接民主制が下火になっていることの表れだろうか、はたまた政治制度の破綻を示しているのだろうか?
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自治権
スイスの連邦制度は国・州・地方自治体(基礎自治体)の3層制度。州は26あり、かなりの程度、連邦政府から独立した権限を持つ。3層制度における行政の最小単位は、2350の基礎自治体。
基礎自治体の自治権は限定されているが、税、区画指定、建築、教育、福祉と保安、緊急時対策などで決定権を持つ。
「なぜ新しいバス停には灰皿がないのかを伺いたい」。混み合った多目的ホールで前に進み出た男性がマイクに向かって尋ねた。言葉に重みを持たせようと、しばらく立ち止まり、そして大またで座席に戻っていった。
市参事会員(自治体の執行機関のメンバー)がステージ上で見守る中、マルティン・シュテックリング市長外部リンクは演台に向かった。ラッパースヴィール・ヨーナのタウンミーティングには、最後に質疑応答の時間がある。市長が本領を発揮するときだ。
議題のスポーツ用グラウンドの改修の件と、2016年度の財務諸表についての議論を終えると、市民は市長側に議題以外のことも自由に質問できた。
6月のある晩に行われたこの特別な集会では、350人が耳を傾け、時折ひそひそと話し、表決への不満をこぼしていた。多目的ホールには重いベルベットのカーテンがかけられ、木製の床はつやつやに磨き上げられていた。そこに集まった参加者は、バス停でのタバコの捨て方など日常の細かいことに関して話し合う、小さな村の住民の一部に見えたかもしれない。
しかし実際はその逆だ。約1400社の企業が集まるラッパースヴィール・ヨーナは、学校や道路の維持費、高齢者の介護費用、下水道処理費に2億フラン(約226億円)を支出。18歳以上の約1万8千人はスイス国籍および投票資格を持っている。しかし多目的ホールに現れた有権者はたった350人だった。
全国的に下火
住民の参加率がこれほど低い自治体はラッパースヴィール・ヨーナに限らない。タウンミーティングは全国的に参加率が低く、最小の自治体では全有権者の約2割、最も大きな自治体ではそのたった数パーセントしか参加しない。
ローザンヌ大学公共行政学大学院(IDHEAP)外部リンクのアンドレアス・ラードナー教授外部リンク(政治学)が定期的に行った自治体調査によると、参加率は過去30年間にわたり下降し続けている。
その理由は様々だ。村の住民はかつてほどその土地に深く根ざしておらず、地方自治への関心は低下。レジャー活動の幅も広がり、人々の所得も増加した。さらに、地方自治に関わることや、政策を変えようとすること自体に意味を見出さない人も多くなった。
タウンミーティングという形で地方自治を続けている点では、ラッパースヴィール・ヨーナは一種の時代遅れとも言える。他の大規模または中規模の自治体は、こうした住民集会を間接民主主義の制度、つまり地方議会に置き換えている。
タウンミーティングに賛成大多数
市議会の導入についてはラッパースヴィール・ヨーナでも議論されたが、2年前に住民の大多数が反対した。住民発議で市議会の導入を提案した超党派の委員会は、「タウンミーティングをするには市の人口は増えすぎ、市参事会や有権者にとって議題があまりにも複雑化している」と主張。また、タウンミーティングに参加者がほとんどいない点も指摘していた。
激しい議論の末、住民の過半数は「市議会は費用が高く、形式張っており、住民の声が反映されにくい」と判断した。
タウンミーティングに毎回参加する有権者は現在、平均約400人。住民投票が行われた2015年以前に比べ若干増加したが、前述の6月の晩のタウンミーティングに参加したのは、15年以降最も少ない350人だった。
枠組みに関する事柄
有権者のたった1.9%が自治体の運命を決めるというのはどういうことだろうか?そうした決定に正当性があると実際に言えるのだろうか?
前出のラードナー教授は「最終的には有権者が決めることだ。有権者がタウンミーティングを選んだのだ」と説明し、「生活に関わる事項に関しては参加率は問題にならないだろう」と付け加える。
だが、二つの自治体の合併や、自治体憲法や条例の改正など、枠組みに関する事柄については事情が異なる。
「自治体のあり方といった重大なテーマには、民主主義の観点から多数の有権者が関わるべきであり、その可否は投票で決められるべきだ」とラードナー教授は言う。
教授はさらに、権限の強い、効率的な監視委員会の重要性を強調する。監視委員会は通常、選任者で構成され、市参事会や行政機関の活動を監視。ラッパースヴィール・ヨーナでは他の自治体と同様に、7人の委員から成る監視委員会が設置されており、市参事会が住民に公表した全ての事項をきちんと実現させているかどうかをチェックしている。
非公式な話し合いの場
市の人口の規模と、タウンミーティングで政策が決定されていることを踏まえ、ラッパースヴィール・ヨーナはこれまで「3番目の選択肢」を模索していたと、シュテックリング市長は語る。
その結果、様々な協会や政党からなる非公式なタウンフォーラムが誕生。タウンフォーラムには民主的な正当性はなく、そこでの提案や意見は市参事会への拘束力を持たない。
「市民が意見を形成するための話し合いの場が必要だ」と市長は語る。市民の政治参加は依然重要だ。「私たちはまちづくりに生かすための新しい公共モデルを探している」
タウンミーティングでは通常、終了後に自治体から参加者に軽食と飲み物が振舞われる。市民のつながりが感じられる時間だ。ハム入りクロワッサン、塩気のあるチーズケーキ、ワイン、ビール、フルーツジュース、水が提供され、参加者は自由に飲食できる。彼らはとても楽しそうだ。ロビーには参加者全員が入れるスペースがあるほか、テラスで夏の暑さを満喫することもできる。この陽気な人たちの小さな集まりが市の将来を決定する。
(英語からの翻訳・鹿島田芙美)
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スイス中部にあるアーラウ市。この市では、政治家が過剰な財政支出をしようとすると、住民が財政レファレンダムという特別な住民投票制度を通して異議を唱えることができる。これまでに市の予算案が財政レファレンダムで実際に否決されることはあまりなかったが、この制度は違った形で影響力を発揮している。
皆のお金に関することは皆で決めるという「市民参加型予算」はここ数年で広がりをみせている。マドリードやパリでもすでに過去数回、5億ユーロ(約623億円)に上る予算案の是非が住民投票で問われてきた。
一方スイスでは、市民が予算案の是非を決めることは政治文化に長く定着している。大抵の州や基礎自治体には財政レファレンダムと呼ばれる住民投票制度がある。この制度には任意的なものと義務的なものがあり、大半の自治体にはそのどちらか一つがあるが、中には両方を持つ自治体もある。
市の財政に対する決定権
その後者のうちの一つがアーラウ市だ。ベルンとチューリヒの中間に位置するこの自治体は、絵に描いた様に美しく歴史のある旧市街で知られる。同市の予算は市議会だけが決めるのではなく、有権者にもその是非が問われる。アーラウ市では、市が600万フラン(約6億9千万円)以上の予算を組む場合に義務的に住民投票が行われる。
しかし、その金額以外でも、市の予算案すべてが任意的な住民投票の対象となる。任意的な住民投票を行うための唯一のハードルは、有権者の1割が一定の期間内に住民投票の実施を求める要望書に署名しなくてはならないことだ。
有権者が二つの制度で予算案にノーを突きつけることのできるアーラウ市では、税金の使い道に関して活発に議論を行う政治文化がこの数十年間で築きあげられた。その影響は市の景観にも表れている。春の暖かく穏やかな日、シュロッス広場の周りは緑であふれている。その景観が保たれている理由は、市の住民が数年前に、広場の地下に駐車場を建設する計画を財政レファレンダムで拒否したからだ。
シュロッス広場から数メートル先に、アーレ川の水路が緩やかに流れている。市は元々、360万フランをかけて、この水路を自然な岸や茂み、入り江、沼のある自然な状態に復元する計画を立てていた。しかし、「費用は高額で計画は不必要だ」と主張する右派の国民党は、署名を集めて住民投票を実現させた。その結果、国民党の主張は市の住民から認められた。
アーラウ市で初めて実現した財政レファレンダムの背景には長い物語がある。問題となったのは兵士の像の移転先だ。政治的には特に重要ではなかったが、市民感情に触れるものだった。この像は長年、駅前広場の中央に置かれていたが、1971年に広場が改装された際、この像を学校前広場に「追いやる」計画が持ち上がった。教諭たちはその予算案に反対するために署名を集め、住民投票を実現させた。そしてその結果、教諭たちの主張は住民から認められた。こうして再び駅前広場に設置されることになった兵士の像は、今日では駅前広場近くの兵営に置かれている。
「市民による調整」
アーラウ市の旧市街には数百年の歴史を持つ古い通りがある。この通りの人たちの多くは「市民による調整」を誇りに思っている。例えば公園で紙コップに入ったエスプレッソを飲んでいた男性は、市議会議員を基本的には信頼しているという。だが、議員が「おかしなことをする」時があれば、市民が市政に介入できることはよいと考える。また、バスを待っていた年配の女性は、スイス人の間に深く浸透している民主主義への考え方を的確に言い表した。「私たちが税金を払うならば、私たちにも決定権があるべきだ」
市の予算案に反対するために、住民投票の実施を求めて署名が集められることがアーラウ市では年に約1回程度ある。しかし必要数の署名が集まらないことは度々あるうえ、住民投票が実施されても実際に予算案が否決される可能性は高くない。過去15年間で実現した財政レファレンダムで予算案が否決されたケースは、シュロッス広場の地下駐車場建設計画とアーレ川水路の自然復元計画の2件だけだ。
見えないブレーキ
このように財政レファレンダムが市の住民投票で成功することはあまりないが、この制度の存在自体が見えないところで影響力を発揮している。チューリヒ大学の法学教授でアーラウ民主主義センター所長のアンドレアス・グラーザー氏は次のように語る。「(この制度の存在により)市は意識的に予算を決める傾向がある。そのため市の財政に負荷がかかりにくい」。ある研究によると、財政レファレンダムのある自治体では、この制度のない自治体に比べて人口1人当たりの予算額がはるかに低いことが分かっている。
財政レファレンダムには優れた点が多いとされる。しかしその一方で、直接民主制のほかの制度にもよくあることだが、この制度には計画の進行を遅らせるという面があり、場合によっては計画が当初の予定から数年遅れることもある。さらに、「非主流派や少数派のための予算案は、組織力の高い団体への予算案に比べて容認されにくい傾向がある」とグラーザー市は話す。
特に影響が大きいと考えられるのは、若者や外国人など投票権を持たない人たちだ。「しかし実際にはそのような影響は確認されていない」とグラーザー氏。アーラウ市ではこうした人たちへの予算は大抵気前よく承認されているという。
連邦レベルでの導入は?
つまり財政レファレンダムは、スイスがバランスの取れた財政を保つために重要な制度の一つと言える。だがそれは州レベルおよび基礎自治体レベルでのことであり、連邦レベルで国の予算が義務的ないしは任意的に国民投票に付されることはない。連邦議会の上下両院では約10年前に同様の制度を導入する案が議論されたが、結果的に案は棄却された。理由は、財政レファレンダムを導入すると連邦閣僚の裁量が大幅に狭められ、重要な投資が阻まれる可能性が危惧されたためだった。スイス流民主主義の一つの形「財政レファレンダム」
政府や議会の決定の是非を問う国民投票もしくは住民投票のことをレファレンダムというが、公的予算の是非を有権者に問う財政レファレンダムは世界で最も数少ない制度と言える。イタリア南チロルの学生団体Politisによれば、この制度が利用される国はスイスだけだ。
この制度はすでに19世紀にスイスの一部の州で導入されていたが、全国的に広まったのは1970年代以降のこと。
義務的に実施される財政レファレンダムは、州によってその形式が異なる。共通しているのは、一度きりの巨額予算または経常的に支出される経費にこの制度が適用されることだ。
義務的な財政レファレンダムが成立するための条件は州によって異なり、その条件は各州憲法に規定されている。
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