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誰が次期米大統領に?スイスにも広まる警戒

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専門家らによると、米国のドナルド・トランプ前大統領は在任中、自身の政治スタイルが「取引型」であることを明らかにした。一方、カマラ・ハリス副大統領は、欧州の同盟諸国との協働拡大に前向きな姿勢を示している The Associated Press. All Rights Reserved.

米大統領選挙は5日、投開票が行われる。スイスや他の欧州諸国は今、選挙結果が地域の安全保障と繁栄にもたらす影響に備えている。

スイスの外交官らはよく、ホワイトハウスの主人の所属政党が変わろうと、自国に及ぶ変化はほとんどないと言う。ジャック・ピトルー前駐米大使は今夏の離任に際し、民主党と共和党、どちらから選ばれた米大統領の時代にも「両国間では常に素晴らしい関係が続いてきた」との言葉を残している。

しかし、米国における現在の選挙サイクルを見ていると、外交官らの見解に疑問が湧いてくる。ドイツ国際安全保障研究所(SWP)の米国研究部門を率いるラウラ・フォン・ダニエルズ氏は「第2次(ドナルド・)トランプ政権の発足が外交、安全保障、経済政策にどのような意味を持つのか、(欧州諸国は)徹底的に考えている」と語る。

共和党候補のトランプ前大統領と民主党候補のカマラ・ハリス副大統領は、政治スタイルだけでなく貿易と安全保障に関する政策の考え方でも大きな違いを見せている。そして、国際貿易に対する姿勢や米欧関係の扱い方は、スイスにも直接影響する。スイスは北大西洋条約機構(NATO)に加盟していないが、自国の安全保障を同機構に頼っている。また、欧州連合(EU)と米国はスイスにとって最重要の貿易相手でもある。

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選挙戦では、勝敗が予測できないほど僅差の競り合いが続いている。スイスの外交政策シンクタンク「foraus(フォラウス)」の政策フェロー、オーレール・コットン氏は、スイスは11月5日の投票でトランプ氏が勝った場合への備えを充実させるべきだと指摘。同シンクタンクによる見通しとして、「第1次トランプ政権で示された『アメリカ・ファースト(米国第一主義)』の流れが、安全保障と経済の両面でトランプ氏の外交政策課題に大きく影響する」と述べた。

NATOには米国の指導力が「不可欠」

トランプ氏は大統領在任中、国防支出がNATOの目標である対国内総生産(GDP)比2%に満たない外部リンクドイツ、イタリア、フランスといった加盟国をとがめ続けた。一方、米国の国防支出は同3.5%に迫り、NATOの予算に占める米国の拠出金の割合は約70%に上っている。

同氏は最近の選挙遊説で、第2次トランプ政権下の米国が同盟国を「守らない」ことを示唆した。ある集会外部リンクでは、ロシアに「好きにやるよう促す」とも述べた。

トランプ氏の横顔
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コットン氏は、この発言は「口先だけでもNATOの抑止力に影響を与える」と指摘。「トランプ氏はNATOのことを米国の有権者の重荷とみなし、欧州の安全保障のために米国がカネを出していると考えている」と述べた。

しかし、NATOには米国の指導力が不可欠だ。フォン・ダニエルズ氏によれば、大半の安全保障専門家は「特定の結論や政策に全加盟国を同意させる米国の政治的指導力と能力がなければ、NATOは安保同盟として成り立たない」との見方で一致している。

コットン氏によれば、米国で大統領選が進む一方、スイスは自国の中立性に対する姿勢を再考し、NATOとの軍事協力の緊密化に動くことを検討している。「スイスは弱体化したNATOには興味がない」。スイスにとって、NATOへの接近はロシアのウクライナ侵攻を受けた防衛力強化策外部リンクの一環だ。

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トランプ氏の発言に対する警戒は、欧州連合(EU)諸国にも広がっている。再選後すぐ、ロシアとの間でウクライナ侵攻終結の合意をまとめると主張しているからだ。専門家らは、同氏がこれを実現するため、ロシアへの領土割譲やEU加盟見送りへの同意など、何らかの条件の受け入れをウクライナに強いる可能性があると確信している。

コットン氏は「米国が一方的な譲歩をのむようウクライナに圧力をかければ、領土一体性や国連憲章外部リンクなど、EUとスイスが重視する原則のすべてを犯す危険な前例となりかねない。これでロシアが勢いづき、追加的な侵略行動に出るリスクがある。ひょっとすると、バルト三国に手が及ぶ恐れさえある。スイスは欧州の安全保障構造の一部であり、スイスの安全保障にも二次的な悪影響が及ぶだろう」と指摘する。

専門家らによると外部リンク、現在のジョー・バイデン政権と同様、ハリス政権下では米欧関係がより協調的になり、引き続き欧州の安全保障を下支えすると見込まれる。

フォン・ダニエルズ氏は「ハリス氏は幾度となく、米欧間の安全保障関係に対する強い支持や、組織としてのNATOに対する評価、同盟諸国との連携は米国の外交・安全保障政策の重要な要素だとの考えを表明してきた」と語る。

ハリス氏は6月、スイスでのウクライナ平和サミットに出席した際、「ウクライナとともに立つという米国の約束」に改めて言及外部リンクし、「独裁者に対して立ち上がること、そして同盟国やパートナー国とともに立つこと」は米国の利益だと明言した。

関税がスイス企業の懸念に

欧州との関係をめぐり、ハリス、トランプ両氏の意見は一致しない。米国が戦略的競争相手とみなす中国に関しては、封じ込めの必要性に対する超党派の共通認識が確かに存在する。しかし、米中対立が欧州の同盟国に及ぼす影響は、どちらが大統領になるのかで変わってくる。

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フォン・ダニエルズ氏によれば、トランプ氏は中国との経済関係の全面的な切り離しを志向し、同じことを他国にも期待していた。一方、ハリス政権下では「どの分野で、どのようなリスク軽減策を、どう実施すべきかについて、米欧が徹底的に議論する」ことが見込まれる。

スイスにとって中国は3番目に大きな貿易相手だ。スイスは2014年に中国と自由貿易協定(FTA)を発効させ、現在はその改定交渉を行っている。また、EUや米国などの西側諸国は中国政府がウイグル族の人権を侵害していると主張し、制裁を実施しているが、スイスはこの措置を採用していない。

コットン氏は「(トランプ政権下では)スイスが標的に選ばれるリスクがある。対中関係において、こうした特恵的な立場を有しているとみなされるからだ」と指摘する。コットン氏とフォン・ダニエルズ氏は、いずれもトランプ氏を「取引型」と形容している。

トランプ氏は今回の選挙期間中、すべての輸入品に10%、さらには20%もの高関税を課す案を示した。スイスにとって米国は最大の輸出市場であり、同氏の発言はスイス企業の懸念を招いている。

コットン氏によれば、関税は「トランプ氏の重要な政策手段」であり、スイスの輸出企業も他と同様に打撃を受けるだろう。ただし、影響の大きさは産業によって異なる見通しだ。

これについて、コットン氏は「スイスは主に洗練された高級・高価な商品を輸出している。そのため多くの企業で、コスト構造における(関税の)吸収余地がわずかしかない」と説明する。コストを販売価格に添加することが次善の策だが、輸出競争力は低下するだろう。一方、同氏はスイスの輸出品には他で代替しにくいものが多く、関税の影響を総合的に評価することは難しいとも指摘している。

コットン氏によれば、より大きな懸案は貿易戦争が発生した場合の影響だ。米国以外の貿易相手の報復措置により、スイスもあおりを受ける可能性がある。たとえば第1次トランプ政権下の2018年、米国が鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の輸入関税を課すと、EUは鉄鋼とアルミに報復関税を課し、スイスも対象となった。

ハリス氏は「同盟国との交渉に前向き」

ハリス氏は関税を再導入するとのトランプ氏の発案を批判した。しかし、フォン・ダニエルズ氏によると、ハリス氏が当選した場合でも欧州は油断しないほうがいい。なぜなら「EU単一市場と米経済の間には一定の競争がある。ハリス氏が一方的な措置を取ることも十分にありうる」からだ。

しかしフォン・ダニエルズ氏は、ハリス政権が事前の警告もなく、パートナー国に対して唐突に貿易障壁を設ける可能性は低いとみる。「ハリス氏は同盟国との交渉に前向きで、より広範な国々を取り込んで政策を実施する手法を標準としている。その方が効率が良く、コストをかけずに国益を実現できるからだ」

微笑む女性2人
スイスのヴィオラ・アムヘルト連邦大統領(左)と、米国のカマラ・ハリス副大統領。ハリス氏は関税を再導入するとのトランプ氏の発案を批判しているが、フォン・ダニエルズ氏によれば、欧州にはハリス氏が当選しても用心を続ける必要がある Keystone Pool / Alessandro Della Valle

同様の手法はバイデン氏も好んでいる。たとえば、バイデン政権は中国などの対立国が米国の安全保障に害をなしうる機器を開発しないよう、先進技術の輸出を制限した。しかし、パートナー諸国と事前に意見交換外部リンクを行い、国際的に足並みがそろうようにした。

ハリス氏が大統領になり、こうした連携を目指すのであれば、スイスにとっては朗報だ。コットン氏は「スイスとしては、世界貿易機関(WTO)が強い役割を担うルールに基づく貿易体制が好ましい。そのため、貿易の断片化や貿易障壁の拡大には利点がない」と語る。

実際、スイスは何年も米国とのFTA締結を目指してきた。コットン氏はスイスが対米FTAを望む理由について、「(輸出企業の)市場アクセスが改善され、EU企業との競争で大幅な優位に立てるからだ」と説明する。バイデン政権はFTAを「20世紀の遺物」と呼んだが、第1次トランプ政権下の米国はFTAを受け入れる姿勢を示し、スイスと予備交渉を始めさえした。

コットン氏は「よい勢いに背中を押されていた。第2次トランプ政権でその勢いが戻るかは、一概には言えない」と語っている。

編集:Lindsey Johnstone/vm、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:大野瑠衣子

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