やせ薬報道は「広告」?スイス当局の警告にメディアが反発
「オゼンピック」や「ウゴービ」など減量に使われる薬の報道が「広告」に当たるとして、スイスの医薬品規制当局が記事の削除を求めた。しかしメディア側は「検閲だ」と反発している。SNSに誤認を招きかねない医療情報が氾濫するなか、こうしたメディア規制はどれほど有効なのか。
オゼンピック、ウゴービ、マンジャロ…肥満症治療に使われる「GLP-1受容体作動薬」に関するニュースが日々メディアの見出しを飾る。スイスメディアデータバンク(SMD)によると、「オゼンピック」を見出しにした国内の記事は過去2年間で840件に上った。
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しかし医薬品認可機関スイスメディック(Swissmedic)は、それらの記事の一部は「広告」色が強すぎるとみている。無料日刊紙20min.外部リンクは14日、スイスメディックが同紙とドイツ語圏大手紙NZZ、大衆紙ブリックなどを出版するリンギア(Ringier)の3社に「オゼンピックなどに関する記事を削除」するよう求め、応じなければ行政処分を課すと警告したと報じた。
スイスメディックは、3社の記事は処方薬の「広告」に該当し、スイス治療製品法(日本の薬機法=旧薬事法に相当)に違反するという。同法は全ての出版物、テレビ、電子メディアを対象とする。スイスではウゴービとマンジャロは減量薬として承認されている。オゼンピックは2型糖尿病治療薬だが、医師が「適応外使用」として処方した場合は減量薬としても使用できる。
スイスメディックが法的措置を示唆するのはこれが初めてではない。NZZ広報によると、スイスメディックは減量薬だけではなく偏頭痛やその治療法に関する同社のある記事についても問題視している。
近年発売された減量薬は、規制当局の法解釈・適用に関するさまざまな疑問を呼んでいる。これらの薬やその減量効果に対する世間の注目度は高く、SNSでもたびたび話題になるためだ。
スイスメディックへの異議申し立て訴訟で、ある原告メディアの代理人弁護士を務めるウルス・ザクサー・チューリヒ大学教授(法学)は「スイスメディックの法解釈は度を越している。ほぼすべての編集コンテンツが突如『広告』とみなされる恐れがある」とみる。「減量法は国民的議論の一部であり、今後もそうあるべきだ」
スイス外部リンクでは人口(約900万人)の約12%が、世界では10億人が肥満に当たる。動画共有サイトTikTok(ティックトック)やYouTube(ユーチューブ)ではさまざまな減量薬注射の体験談が無数に投稿され、世界中どこからでも視聴できる。肥満薬市場は製薬企業の売上高だけでも世界全体で1000億ドルと言われる。
過剰摂取から国民を守る
swissinfo.chが取材した法律専門家たちによると、効果とリスクを明言すれば処方薬のテレビ広告が許容される米国やニュージーランドなどと比べ、スイスの医薬品の大衆向け広告に関する法規制は厳しい。大半の欧州諸国もスイスと同様、医薬品の大衆向け広告を法律で禁止している。
スイスの医療製品の広告に関する政令外部リンク第2条は、広告を「医薬品の処方、調剤、販売、消費または使用促進を目的としたすべての情報、マーケティングおよびインセンティブ手段」と定義する。
スイスメディックの広報ルーカス・ヤッギ氏は、政令の目的は医薬品の過剰摂取や不適切な使用につながる可能性のある虚偽または誤解を招く情報から国民を守ることにあると説明する。「スイスの立法者は公衆衛生を保護し、透明性を確保し、医薬品の責任ある使用に関する事実情報を国民に提供することを目指している。医薬品は商業的利益のためではなく、医療上の必要性に基づいて使用されるべきだ」とswissinfo.chにメールで回答した。
政令はメディアに限らず、一般大衆の目に触れるもの全てに適用される。多くの場合、違反が指摘されるのはメディアではなく製薬会社や薬局だ。宣伝目的のパンフレットの発行といった事例もそれに含まれる。政令の執行を担うスイスメディックが2023年、「広告」に該当しうる80件を調査した結果、27件の法的措置を取った。うち2件はGLP-1薬に関する報道記事だった。
グレーゾーン
メディア記事などの編集コンテンツのどこからが広告に該当するのか。その線引きは必ずしも明白ではない。ベルンの法律事務所PharmaLexの弁護士で、薬品関連法を専門とするシルビア・シュプバッハ氏は、「人々の行動を変え、医薬品や医療機器を購入・処方したいと思わせることを目的とした」報道は広告とみなされると指摘する。
だがほとんどのメディアに商品を宣伝する意図・目的はない。シュプバッハ氏は「許容範囲を超えるかどうかは、その表現方法次第だ」とみる。
例えば病気や薬についての記事は広告とはみなされないが、個々の薬品名が出ると問題となる。スイスメディックは16日に発表した声明で、一般的な関心事についての記事で処方薬について言及する場合、次の3つの条件を守る必要があるとした。
- 非医療的手段も含め、全ての治療方法について言及する
- 特定の治療方法が優れているとの表現は避ける
- 治療方法の長所・短所双方に言及する
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また「患者の体験談や成功談、価格比較、推奨は『広告』とみなされる」とも述べた。
スイスメディックがどの記事を問題視しているのかは不明だ。スイスメディックは現在、報道機関に対し4件の訴訟を争っている。20min.は14日付の記事で、スイスメディックから訴訟を起こされた記事に言及した。それはインフルエンサーらが減量薬注射の「誇大広告」を流布する近年の動向ををまとめた年表記事外部リンクだった。swissinfo.chはその他の対象記事を入手できなかった。
NZZは係争中の訴訟について、swissinfo.chに「スイスメディックによる報道記事の掲載禁止を阻止するために法的措置を取っている。しかし進行中の訴訟についてはコメントできない」と返答した。
シュプバッハ氏は「スイスメディアにおける昨今の減量薬報道を見ると、全体的に情報が宣伝目的であるかどうかは議論の余地がある」と話した。
SMDを検索すると、GLP-1受容体作動薬に関するさまざまな記事がヒットする。次世代のGLP-1 薬の可能性、まれな副作用に関する最新の研究、インフルエンサーの影響力、オゼンピックの偽造品の問題など、トピックは多岐にわたる。それはスイスに限らず、世界中のメディアも同様だ。
ザクサー氏は「ジャーナリストはジャーナリズムのルールと原則に従うことが求められており、製品の宣伝も禁じ手の1つ。それで十分だ」とし、医薬品の広告を法律で制限する必要はないと話す。「スイスメディックは法解釈において、メディアの自由を考慮に入れなければならない」とみる。
これに対しスイスメディックは、減量注射に関する報道をすべて禁止しているというメディアの言い分は「誇大で理解不能」だと反論する。ヤッギ氏は電子メールで、「医薬品に関して事実に基づき中立的に報じることは容易に実現でき、公益にかなう」と述べた。
無法地帯のSNS
報道機関が苛立っているのは、スイスメディアを厳しく規制しても、規制の緩い国から発信される減量薬情報がいくらでもスイス住民の目に入ってしまうためだ。米国では製薬会社やオンライン薬局、診療所が減量薬の広告目的でネット上を闊歩する。スイスでグーグル検索をかければ、そうした広告がYouTubeで見つかる。
スイスメディックは、あるプレスリリースで「印刷物、電子メディア(ラジオ・テレビ)、オンラインメディア、SNSを定期的に検査している」と述べた。ただ公共メディアの編集記事をすべて検査しているわけではなく、公開記事をすべて監視することはできないとヤッギ氏は述べた。
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スイスメディックは広告規制違反の疑いがあるとの通報を受け取ると調査する義務がある。医薬品メーカーのライバル企業など、誰でも通報可能だ。
スイスメディックはswissinfo.chに対し、注目を集めたSNS上のコンテンツも調査対象になると説明した。ただ今のところ、オールドメディアほど厳しい措置は取られていないという。
これは大半のSNS運営者やインフルエンサーが、スイスメディックの管轄外である国外を拠点としているためだ。SNSの調査そのもののハードルも高い。シュプバッハ氏は「処方薬についてスイス国内のSNSに現れたすべての肯定的な発言を調査し、場合によって禁止したいのであれば、スイスメディックはスタッフを激増させる必要がある」と話す。
2023年のある学術調査によると、「#Ozempic(オゼンピック)」というハッシュタグを添えて投稿されたTikTok動画100本のうち、3分の1(合計3100万回以上再生)に「他の人にオゼンピックを試すよう勧める・誘う・人気の薬として紹介する・好意的に描写する」内容が含まれていた。
TikTokは昨春、危険な減量行動を奨励したり、「減量または筋肉増強製品の取引またはマーケティング」を促進したりするコンテンツの投稿を禁止した。やせを推奨したり、誤解を招く健康情報を宣伝したりする動画や、減量薬の宣伝で儲けようとするコンテンツ制作者が急増したためだ。一部の制作者は反発し、太りすぎの人々に対する差別だと主張した。
シュプバッハ氏は、たとえSNS側がそのような措置を取ったとしても「人々は薬がどのように効くかに関する情報を欲しがっている。自分たちでそれを求めて探しに出るだろう」と話す。「そのときに最も重要なのは、人々が信頼できる情報を得られることだ」
Edited by Virginie Mangin/sb、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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