ノバルティスCEO報酬 27億円はもらいすぎ?
米国の同業者と比べると見劣りするが、スイスの最高経営責任者(CEO)の給与は欧州でトップクラスだ。スイスの製薬業界ではこうした高額報酬を問題視する声が上がっている。
スイスの製薬大手ノバルティス(本社・バーゼル)は5日に開催した年次株主総会で、ヴァス・ナラシンハン最高経営責任者(CEO)への報酬を1620万フラン(約27億円)とする案を承認した。2022年のほぼ2倍で、同氏は欧州で最も高い報酬を獲得した1人となった。
それでも米国大企業のCEOが毎年受け取る報酬に比べれば冴えない額だ。グーグルの親会社アルファベットのスンダー・ピチャイ氏やアップルのティム・クック氏など、米国で最も高給取りとされる10人のCEO外部リンクは、昨年に少なくとも9千万ドル(約130億円)を手にしている。
「米国のCEO報酬は行き過ぎだ。私たちは、米国以外の国々での支払い額と許容額とのバランスを見つけようとしている」。ノバルティスのヨルク・ラインハルト取締役会会長は5日の総会で株主たちを前にこう語った。「最高の人材に働いてもらうためにも、国際的な水準で競争力のあるパッケージを提供しなければならない」
こうしたバランス感覚は、スイスの製薬会社とって常に課題となっている。特にノバルティスはスイスの大企業の中でも、米国人を経営陣に迎えている数少ない会社だ。ナラシンハン氏は米ピッツバーグで生まれ、2018年にノバルティスのCEOに就任するまでキャリアのほとんどを米国で過ごした。
同氏の今年の報酬は1620万フランと、米国の水準により近づいた。世界の大手製薬会社15社(うち10社が米企業)のCEO報酬の平均は約1600万フラン。米ファイザーのアルバート・ブーラCEOは昨年、3300万ドルを手にした。
スイスの年金基金の連合組織エトス財団のヴィンセント・カウフマン理事長は、5日のノバルティス株主総会でCEO報酬案に反対の声を上げた数少ない人物の1人だ。 「欧州で期待されていることは、米国とは違う。米国の株主は、役員報酬について欧州のような疑問を抱かない」と指摘する。
正当な報酬?
年次報告書によると、ノバルティスは2023年の売上高、営業利益、フリーキャッシュフローについて取締役会の目標を「大幅に上回った」という。売上高は10%増の450億ドル、純利益は米国の一部同業他社を上回る86億ドルを記録した。それに加え、同社は米国、欧州、中国、日本で22件の医薬品の薬事承認を取得した。ナラシンハンの報酬は182万フランの基本給(2022年から微増)に加え、こうした業績や持続可能性・革新性と連動した変動給で決まる。
ラインハルト氏は株主に対し、「当社の報酬制度は業績水準を反映するのに適していると考えている」と発言。「報酬は少ないときもあれば、多いときもある」と説明した。2022年には2年にわたる業績不振を受け、ナラシンハン氏の報酬は61%カットされた。
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しかしカウフマン氏は、2023年の業績が堅調であったとしても「変動報酬はあまりにも急速に上昇しており、正当化できない」と主張した。その額は基本給の7.7倍。取締役会は、2024年時点でボーナスの上限を基本給の11倍まで引き上げることを提案している。
また、ノバルティスの業績は欧州の業界トップではない。例えばデンマークの製薬大手ノボ・ノルディスクは、肥満症治療薬ウゴービとオゼンピックが牽引役となり、2023年の売上高が36%増加した。同社の株価は史上最高値を更新し、今年初めに時価総額が5千億ドルを超え、欧州で最も価値のある企業となった。
それでもノボ・ノルディスクのラース・フルアーガー・ヨルゲンセンCEOの給与は13%増の6820万デンマーククローネ(約14億7千万円)で、ナラシンハン氏の半分弱にとどまっている。
格差の拡大
米国のライバルたちに追いつきたいノバルティスだが、気になるのは世間体だ。
株主団体アクタレスの試算外部リンクによると、ナラシンハン氏の収入はノバルティス従業員平均の160倍だ。スイス最大の労働組合ウニアが昨年実施した調査によると、こうした格差の存在は同社に限らない。スイスの大手企業10社では過去10年間で拡大した。
それに加え、ナラシンハン氏の報酬引き上げは、同社の従業員にとって理想的とは言えないタイミングで発表された。ノバルティスは10月にジェネリック(後発医薬品)部門のサンドを分離上場させるなど大規模な組織再編を行い、新規の特許治療薬に特化した「ピュアプレー(専業)」企業へと変貌を遂げたばかりだ。
これは大規模な失業を生んだ。2022年、ノバルティスは今後3年でスイス国内社員の10%に当たる1400人を削減し、グローバルでは10万8千人のうち8千人を解雇すると発表した。4年前にも国内で2千人を削減している。
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巨額の報酬はスイス国民にとって非常にセンシティブな話題だ。2013年には、株主の権利を強化し上場企業の経営責任者らに支払われる法外な報酬の抑制を狙った「高額報酬制度反対イニシアチブ」が国民投票で可決された。また、「ゴールデンパラシュート」や「黄金の手錠」と称される特別待遇も禁止されている。
同イニシアチブ(国民発議)をめぐっては投票日の2週間前に、当時ノバルティスのCEOを務めていたダニエル・ヴァセラ氏が7200万フランの退職金を受け取る予定であったことが発覚していた。クレディ・スイス元CEOで米国籍のブレディ・ドーガン氏は、2010年だけで9千万フランを受け取り国民の反発を買った。
役員報酬に上限を設けようとする試みは、これまでのところスイスの国民投票で否決されているが、この問題は依然として注目の争点となっている。
危険な戦略
世界中にたくさんの従業員を抱え、スイス経済の主要な原動力でもある製薬業界は、おそらくスイスのどの業界よりも思慮深い判断が求められる。
スイスは世界でも有数の高給国であり、国外からの人材獲得のセールスポイントとなっている。だが経営層となると、特に製薬や金融のような業界が米国企業と競争するのは難しいとの指摘がある。
エグゼクティブ人材紹介会社、ペイジ・エグゼクティブ・スイスを率いるステファン・スーバー氏は、「私たちは、世界で最も優秀な人材を獲得するためのグローバルな競争にさらされている」と語る。「スイスでゴールドマン・サックスのような給与を目にすることはないだろう。しかし、トップ経営人材を確保するためには、業績に見合った報酬が必要だ」
米国型報酬体系を目指すのは危険な道だ。米国では過度な報酬に対する世論の反発が高まっている。また、CEOと労働者の間に極端な給与格差があると、従業員の士気や生産性が低下するという証拠も増えている。最近の研究によると、米国最大の上場企業350社のCEOの給与は2022年に一般労働者の344倍と、1965年の21倍から急拡大している。
「高額報酬に頼らずとも、スイスの企業には優秀なCEOが見つかると確信している」とカウフマン氏は言う。「報酬が人材維持の磁力になってはならない。そうでなければ、近視眼的な経営に陥り、自己利益しか考えない人材を引きつけることになる」
編集:Marc Leutenegger/sb、英語からの訳:大野瑠衣子、校正:ムートゥ朋子
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