スイスと日本をシャッフル 3人のスイス人音楽家が語る日本
最近になって特に、スイスと日本の文化の交流は盛んになってきた。日本の音楽や文化に影響されたというスイス人音楽家3人に、日本を語ってもらった。
座談会に参加したのは、長年日本人の音楽家と活動を共にするギタリストで作曲家のワルター・ギーガー(Walter Giger)さん(53歳)、ピアニストで作曲家、プロデューサーでもあるニック・ベルシュ(Nik Bärsch)さん(34歳)、日本生まれのピアニスト、サロメ・シャイデッガー(Salome Scheidegger)さん(18歳)。
ギーガーさんは能をアレンジしオペレッタを作ったり、日本人の詩に曲をつけるなど、日本文化を積極的に自分の作品に取り入れている。ベルシュさんは、音楽グループ「禅ファンク-RONIN」を主宰。合気道にも励む知日家。シャイデッガーさんは日本で生まれ、3歳の時から日本舞踊を習った。3人とも、音楽家として日本を長い間見つめてきた。
swissinfo :
日本と深く関わって来たみなさんですが、日本文化のどの部分に自分の芸術活動が影響されていると思いますか。
ギーガー :
どの部分というのではありません。日本文化にはいつも「痛み」があると思います。例えば、花はきれいな面だけではなく、その裏にある硬さもあります。そうした部分が「痛み」という美で表現されるのが日本です。わたしにとっては、それが魅力であり、能などにも見い出すことができます。
ベルシュ :
日本文化にわたしは、粗野で荒っぽいというのか、原始的、古代的なものを感じます。確かに欧州で粗野なものは面白みがなくて嫌悪されるますが、わたしは、そこに現代的な美しさを感じます。
わたしも能は、はじめて観たときから好きになりました。観ていて気持ちがゆったりとなります。しかも能は構成がしっかりして、形式は明確、衣装もすばらしいといった面もあります。
ギーガー :
能について言えば、音楽の高まりと静まりで作られる波の周期が長いという、特徴があります。わたしは能を観ても言葉は分かりませんが、心静かに聴くことで、能を理解できます。
swissinfo :
シャイデッガーさんは日本舞踊を習っていたそうですね。
シャイデッガー :
伝統がある古い家系の友だちがいて、その人の日本舞踊を見てすぐやりたいと思いました。毎日、稽古に通ったほど気に入ったのですが、5歳のときに始めたピアノの方に興味が移ってしまいました。日本の音楽を勉強したわけではないのですが、日本舞踊を通してまったく別の音楽を知る、つまり音楽の多面性を知ったことは、クラシック音楽に対する心構えに影響していると思います。
swissinfo :
ベルシュさんのいう原始的という言葉ですが、不要なものを捨て、研ぎ澄まされたものの美ということでしょうか。
ベルシュ :
もののエッセンスです。意識的にエッセンスだけに集中されている美です。
例えば陶芸作家が、完璧な形は作れるが、完璧さを表現するのではなく、美を個人的に解釈する、といったことです。普通、美を洗練する過程では不完全なものから完全なものを求めるわけですが、日本の洗練はまず完全に達してから不完全さへ戻っていく、つまり「逆行の洗練」といえると思います。
欧州の音楽家は、「名人芸」を見せたがります。一方日本では、控えめさが評価されます。決して技術的に劣っているわけではなく、その音楽を聴くと、非常に完成されたものであることが分かるので、面白いと感じます。
swissinfo :
日本の聴衆向けに、演奏する曲を選ぶこともありますか。
ギーガー :
わたしは能にドイツ語の歌詞を付けてオペレッタにアレンジしたり、日本の文化から創造しています。現在、谷川俊太郎の詩に曲をつけようとしている自分に対して、『チゴイネルワイゼン』や『ボレロ』など、古典的で聴衆に分かりやすい有名な曲を演奏するようにと言われることがよくあります。
シャイデッガー :
それは、コンサートを成功させたいという主催者の希望でもあると思いますが、聴衆が、知っている曲を聴きたいと思うのは、理解できます。安心して聴けるからです。同じ曲を演奏するクラシック音楽の意味は、すばらしい経験を何度もすることにあります。
ベルシュ :
それは欧州の聴衆も同じではありませんか。日本の聴衆は、クラシック音楽からジャズまで、西洋音楽に対して、大きな驚嘆と尊敬の念を持って受け止めるように思います。
しかも、忍耐があります。静けさを尊重する気持ちがあるからでしょう。静けさや長さに慣れているのは能の伝統から来るものと思います。雅楽の演奏家たちとの共演をお寺でしましたが、聴衆は長時間ゆっくりと集中してくれました。一方、スイス人の場合は興味があっても騒がしくなります。「空」や静かさに慣れているということには、尊敬させられます。
ギーガー :
自分の経験から言うと、日本人の聴衆は遠慮しがちです。どう反応したらよいのか分からないでいるようです。自分の文化ではないものに対して、ゆっくりと慎重に近づいていこうとしているのだと思います。
シャイデッガー :
今年、夏に1回だけ日本で演奏しました。聴衆は熱狂してくれ、花束を山のようにもらいました。はじめての経験で、感動しました。演奏を興味深く聴いてくれたように思いますし、音楽が訴えるものを理解してくれたのだと思います。
ベルシュ :
日本人が、現代音楽やアバンギャルドにも興味を持っていることには驚きます。日本の現代音楽の中には古いもが混在してあり、現代と伝統が混在した結果、わたしには想像できないようなものが生み出され、非常にモダンなものになります。
ギーガー :
わたしは一緒に演奏している日本人から、多くのことを学びました。自分たちの演奏する西洋音楽については、多くの知識と深い理解があります。しかし、日本の音楽をまったく知らない彼らなのに、感覚的に、しかも的確に(私の作品に対して)、ここは日本的ではないとか、別の部分は日本的だなどと判断できることには驚きました。わたしと一緒に仕事をしながら、彼らがルーツに戻っていったのです。
音楽という文化の一つに限定したテーマで、これまでにないほど深い日本文化論が語られた。二つの文化の交流に力を尽くす3人に感謝すると共に、一層の活躍を期待したいとの感を深くしたインタビューでもあった。
swissinfo、 聞き手 佐藤夕美(さとうゆうみ)
<ワルター・ギーガー>
ギタリスト、作曲家。青春時代、ロックミュージックに傾倒するが、その後クラシックギターに転向し、コンサート・デプロマを取得。民族音楽研修のためスペインに滞在し、作曲学も学び本格的な創作演奏活動を開始する。劇場音楽、ダンス音楽、映画や教会音楽なども多数手がける。本年は2度訪日コンサートを開催。チューリヒ在住。
<ニック・ベルシュ>
ピアニスト、作曲家。1971年生まれ。1997年、チューリヒ音楽学校でピアノのディプロムを取得。1998年から20001年までチューリヒ大学で哲学、語学、音楽学を学ぶ。2003年から半年間、日本に滞在。
ミュージック・グループ「RITUAL GROOVE MUSIC」、「MOBILE」、 「禅ファンク・カルテット RONIN」などを主宰。本年10月、日本ツアーを行い、8回のコンサートを開いた。現在チューリヒとベルリンで活動。
<サロメ・シャイデッガー>
1987年京都生まれ。3歳で日本舞踊を始める。5歳からクラシックピアノを習う。2001年、フランスの音楽コンクールで優勝。2004年、カナダのLudmila Kneykova-Hussey International Piano Conpetitionで準優勝。同年、初めてCDを製作。2005年夏、日本でコンサートを開催した。チューリヒ在住。
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