スイスミュージカル「黒い兄弟たち」
スイスにちなんだ物語を題材に2004年から、ヴァーレン湖上のステージで夏になるとミュージカルが上演されている。好評だった前回の「ハイジ」に続き、今年は「黒い兄弟」に決まった。
テーマはスイスの暗い歴史の一面を扱った青少年向けの小説から取られた。日本ではテレビアニメの「ロミオの青い空」として知られ、すでにミュージカル化されている。
煙突の中で生きたブラシ
「このミュージカルの演出を依頼されて初めて、スイスの子どもたちが、物のように身売りされたという史実を知りました。ひどいことだと思いました。しかも、1950年代にもあった。恐ろしいことです」
とホルガー・ハウワー氏は語る。スイスでも以前は、貧しい家に生まれた子どもたちが、両親の手で身売りされていた。例えばティチーノ地方では、6歳から14歳ぐらいまでの子どもたちがミラノまで売り飛ばされ、煙突掃除を強いられた。煙突の中に入って掃除をするのには、小さな子どもがちょうどいいからだ。
ノンフィクション『煙突の中で生きたブラシ ( Als lebender Besen im Kamin ) 』の著者、 エリザベス・ヴェンガー氏も、身を売られ、そこで虐待を受けた一人だ。ヴェンガー氏によると
「煙突掃除の子どもたちは煙突がまだ熱くても、その中に入って掃除をさせられたのです。ほとんどの子どもが素足で働かされ、冬は寒さと闘っていました」
産業革命に伴い、煙突の煤はさらに悪質な有害物質を含むようになり、子どもたちの健康をより深刻に害するようになったと指摘する。1276年の文書に最初の記録が残る「生きたブラシ」たちの悲劇は、1950年代まで続いていた。組織的な人身売買で、ピーク時には年間800人から1000人がこうした運命をたどったという。
煤で真っ黒になり、身体を壊しながら死んでいった子どもたちの運命はドイツ人の童話作家リザ・テツナーの知るところとなる。ナチスドイツから逃れ亡命先のスイスでテツナーは、ヘルマン・ヘッセとも交流していた。テツナーはスイスの子どもたちの悲話を1941年、今回のミュージカルの原作となる小説『黒い兄弟 ( Die Schwarzen Brüder ) 』として、青少年に向けて書いた。
「深刻なテーマを若い人に知ってもらいたい」
スイスで初めて上演される今回のミュージカルでは、家が貧しく、母親が脚を折ったために売られ、ミラノで過酷な煙突掃除をする運命のジョルジョが主人公となっている。ジョルジョは仲良しになった煙突掃除の親方の娘アンジェリナや、世話になった医者を通し、故郷に帰るため脱走する決心をする。
「クライマックスは、ジョルジョの友人、アルフレッドの死。アンジェリナにジョルジョが自分の故郷のことを語る場面。この悲劇の物語の節目となる医者のドクター・カセラとの運命的な出会い。そこでジョルジョが脱出を図る力を得るところなど、見どころは多くあります」
とハウワー氏は明かす。
子どもが主人公だが、役者は青年を使った。「なるべく細くて小柄な役者を選び、原作の雰囲気を壊さないようにした」という。音楽担当のアンドレアス・フェルバー氏によると音楽はクラシック調で典型的なミュージカルの音楽だが、一部は子どもたちの故郷、ティチーノ州のフォークロアのメロディーも使われる。
ミュージカルとしては深刻なテーマを扱っているが
「スイスではこの1、2年、身を売られた子どもたちのことに社会が注目するようになってきた。若者はミュージカルが好きで、観に来てくれるだろう。こうした歴史の暗い部分を知ってもらうこと、そして力を合わせれば何かができるという団結の重要性も知ってほしい」
とハウワー氏は演出家としての意図を語った。
佐藤夕美 ( さとうゆうみ ) 、swissinfo.ch
2010年7月22日から8月21日まで
ヴァーレンシュタット市 ( Walenstadt ) の湖上に設置されたステージで行われる。
料金 157~62フラン ( 約1万4000~5500円 ) 。
『黒い兄弟 ( Die Schwarzen Brüder ) 』
リザ・テツナー著 ザウアーレンダー出版 ( Sauerländer Verlag )
『煙突の中の生きたブラシ ( Als lebender Besen im Kamin ) 』
エリザベス・ヴェンガー著 ブックス・オンデマンド出版 ( Verlag Books on Demand )
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