ティチーノ州の3村では、ナポレオンが1812年に行ったロシア遠征からスイス人傭兵が無事帰還できたことを祝う行列が毎年行われる。郷土史家のロベルト・ドネッタ(1865~1932)が1910年代当時の様子を写真に収めた。
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今から200年前、ティチーノ州のブレーニオ谷(Val di Blenio)にある3村から幾人もの男たちがナポレオン率いる大陸軍に加わり、ロシア遠征に出かけた。当初はすぐに終わると思われた遠征だったが、帰還できた者はごくわずかだった。
男たちはベレジナ川(Beresina)での戦いの中、ティチーノに無事帰ることができたら守護聖人をたたえる行列を行うことを誓った。この伝統は今でも受け継がれており、人々は当時の軍服を着て行列に参加する。
(写真: Fondazione Archivio Donetta)
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この戦いに参加したスイス人傭兵は総勢9000人以上。スイスが当時、フランスと傭兵契約を結んでいたためだ。ロシア遠征後に帰還できたスイス人はたった400人しかいなかった。 ロシアの奇襲攻撃が大陸軍に与えたダメージは激し…
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戦争のない戦争
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スイス人写真家マインラッド・シャーデさんは、戦争の前後に争いのあった場所周辺へと向かい、その傷跡を記録した。新しく出版された写真集「Krieg ohne Krieg(戦争のない戦争)」の作品は現在、ヴィンタートゥールにあるスイス写真基金の展覧会でも公開中だ。
戦争は土地に爪痕を残し、人々の心に傷を残し、その傷は後世に語り継がれていく。その記憶の多くはあいまいだが、そこにシャーデさんが探し求めるものがある。戦地へ行かない戦争写真家。シャーデさんは自身をそう名乗る。
2003年からシャーデさんはソビエト崩壊後に独立した国々の、戦争と平和の間で揺れるもろく壊れやすい日常生活を記録し続けた。チェチェン共和国の破壊された建物、イングーシ共和国で暮らす故郷を追われた人々、カザフスタンの核実験がもたらした被害、そしてナゴルノ・カラバフでの境界線をめぐる対立や、ロシアとウクライナでの追悼式やパレードを写真に収めた。
少なくとも最後の2作品を鑑賞する頃には、この写真集のテーマが現在でも重要性を帯びているとわかる。人物、道路、風景の写真は「対」になっていたり、連続して並べられたりしている。そうすることで未解決の争いがもたらす影響がはっきりと浮き上がる。
シャーデさんは、「もう写真が大きな影響力を持っているとは思っていない。だが、ずいぶん前に終わったと言われていても、そこにはまだ戦争の影響があり続けていること。またいかにして、人々がすぐに再び戦争状態に陥ってしまえるかということ。これらのことを、私の写真を見た人々が気づいてくれれば、それで十分だ」とインタビューに答えている。
(写真・Meinrad Schade 文・Thomas Kern、swissinfo.ch)
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