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温室効果ガスの「輸入量」を減らすには?

タンカー港
Keystone / Gaetan Bally

スイスは国内の二酸化炭素(CO₂)排出量だけを見れば世界トップレベルの優秀な低排出国だが、輸入による間接的な排出量を入れると世界のワーストグループに転落する。その背景を国際貿易の視点から分析した。

世界の二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量(以下、CO2排出量)が増加する中、現在スイスが排出するCO2の量は1990年の4分の1近くまで減少外部リンクしている。連邦政府の気候対策やエネルギー効率の向上の取り組みが功を奏した結果だと言える。ではスイスは気候に与える影響を減らせたのかというと、実はそうでもない。

スイスでは来月9日に「地球の限界を超えない責任ある経済のために(通称:環境責任イニシアチブ)」と呼ばれる国民発議(イニシアチブ)が国民投票にかけられる。経済活動は、地球の負荷限界を超えて資源を利用したり汚染物質を排出したりできないとするもので、左派・緑の党(GPS/Les Verts)青年部が提起した。

今回の国民投票のポイントと論点については別の記事で解説している。

気候変動も「環境責任イニシアチブ」が挙げる地球負荷の要素の1つだ。スイス国内外を問わず商品・サービスの消費もCO2排出につながり気候に影響を与える。本記事では国際貿易の視点から、スイスと諸外国の排出量について分析する。

カーボンフットプリント(商品やサービスの原材料調達から廃棄・再利用までの全過程で排出される全ての温室効果ガスをCO2排出量に換算した値)には、国内で生じる直接的な排出量だけでなく、スイスで消費される輸入品の生産・輸送で生じた間接的な排出量もカウントされる。例えば中国製コンピューター、韓国製自動車、ブラジル産アボカドなどの生産国の排出量は最終的に消費する国(スイス)の排出量となる。

スイスはこうした輸入によるCO2排出量(輸入CO2排出量、または消費ベースCO2排出量)が国内排出量の3倍以上外部リンクもあり、その割合が世界で最も大きい国の1つだ。こうした間接的な排出を考慮しないと、スイスのカーボンフットプリントを正しく評価できない。

ローザンヌ大学サステナビリティー能力センターのオギュスタン・フラニエール氏は、スイスは気候変動の国際交渉や公開討論の場では「スイスがトップクラスだとアピールするため」に国内排出量だけを引き合いに出すが、輸入・消費関連の排出量から見れば「スイスの1人当たりの排出量は多く、世界ワースト15位以内に入る」と指摘する。

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スイスのカーボンフットプリントは欧州ワースト3位

2023年のスイスの国内産業と化石燃料からのCO2排出量は年間1人当たり3.7tで、世界平均4.6tより少なかった。この数字はスイスのような先進国としては比較的小さいとフラニエール氏は言う。

他の先進国もおおむね似た傾向を示しているが、米国、ドイツ、日本の排出量は依然として世界平均を上回っている。

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しかしスイス国外で生じた間接的な排出量も入れると年間1人当たり14tとなり、世界平均の約3倍に跳ね上がる。スイスは飛行機の利用頻度が高いため、これを考慮すれば更に増える。欧州でスイスよりもカーボンフットプリントが多いのは、ベルギーとマルタだけだ。

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国際共同研究「グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)」が発行した「世界のCO2収支2024」のデータ外部リンクによれば、2024年のスイスの純輸入CO2排出量は スイスの輸入量および世界貿易量の増加に伴い2000年から3割増えた。一方、スイス連邦統計局(BFS/FSO)は異なる算出方法を用い、同期間に実質的な変化はないとしている。

スイスで国内排出量(減少)と輸入排出量(増加または変化なし)が逆行しているのは、気候危機にあってもスイスの人々が消費習慣をあまり変えていないからだとフラニエール氏は指摘する。

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8割が輸入由来

スイスのカーボンフットプリントの約8割は輸入由来で、その割合は世界で最も大きい。スイスは高所得国であるがゆえに消費量も多いとフラニエール氏は言う。「スイスが輸入・消費する製品を生産するために、国外で大量のCO2が排出されてしまっている」

連邦環境省環境局(BAFU/OFEV)が昨年発表した調査結果外部リンクによれば、スイスの一般家庭のカーボンフットプリントの由来は主に輸入食品、家庭用品、衣料品だ。

おすすめの記事:スイスでCO2排出量が多いのは誰?

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だが消費習慣と生活水準だけがスイスのカーボンフットプリントを押し上げている原因ではない。

天然資源に乏しいスイスは、原材料や工業・農業製品の多くを輸入に頼っている。例えば、スイスのコンサルタント・調査企業エコプランが昨年2月にまとめた調査報告外部リンクによれば、スイスの経済セクターでは化学・製薬企業の輸入CO2排出量が最も多い。

スイス経済の中心はサービス業で、(石油などの)精製所や製鋼所のような大規模汚染の原因となる産業を持たない。スイスの電力の約98%は水力、太陽光、原子力発電などのCO2を排出しない方法で賄われている(世界平均は40%未満外部リンク)。つまり生産にかかる排出量を比較すると、スイスの輸出品は輸入品と比べて「クリーン」だと言える。

そのため貿易関連の排出量は輸入品の方により多くカウントされ、スイスの純輸入CO2排出量を押し上げている。こうした不均衡による純輸入CO2排出量への比重増加は、ほぼ全ての欧州諸国、米国、アフリカの多くの国でも見られる。

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輸入CO2排出量の責任は誰が負うか?

気候変動に関する世界最大の国際枠組みであるパリ協定が定める気候対策と排出量削減目標は国内CO2排出量に関するもので、輸入CO2排出量についての削減目標を掲げた国はまだない。

持続可能な開発と環境問題に取り組むスウェーデン・ストックホルム環境研究所(SEI)のカタリナ・アクセルソン氏らは、昨年6月発表の輸入CO2排出量の世界的削減に関する報告書外部リンクの中で、輸入CO2排出量の責任を関係国間で共有する必要性を論じている。

アクセルソン氏は「中国のような生産国は、持続可能な方法によって製造過程で生じる排出量の削減を目指すべきだ。同時に、スイスのような輸入国とその消費者は、消費パターンに留意すべきだ」とswissinfo.chに語った。

解決方法は

英国・ベルギー拠点のシンクタンクの欧州改革センター(CER)研究員、エリザベッタ・コルナゴ氏は、欧州連合(EU)が2023年に導入したような輸入品への炭素税(CO2排出量に関する税)も消費による排出量を減らす効果があるとみる外部リンク

EU非加盟のスイスは現段階では炭素税は導入していない。2023年、スイス連邦政府は炭素税導入案に反対する立場を表明した。だが連邦議会では、環境対策が緩い国からの輸入品に事実上の税を課す「炭素国境調整制度(CBAM)」を整備するよう求める議員発議が提出され、今後上下院で審議される予定だ。

スイス連邦環境局は、スイスには既に輸入CO2排出量対策を導入済みとの立場だ。例えば今年1月1日に施行された新しい連邦環境法は、直接・間接的排出の削減のための革新的技術・プロセスを導入する企業への資金援助を定めている。

一方フラニエール氏は、より環境負荷の少ない方法で製造された製品を選ぶなどの消費者の行動変革や消費量の削減が最も効果的な解決策だとみる。

アクセルソン氏も、より持続可能な製品の選択と消費抑制、可能な限りの再利用によって地球資源への不要な負荷を減らせると呼応する。

「究極的には、どう共同責任を負うかという問題だ。実質的かつ持続的な成果を達成するためには国境を超えた協力が求められている」(アクセルソン氏)

編集: Sabrina Weiss、Veronica De Vore、英語からの翻訳:佐藤寛子、校正:ムートゥ朋子

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