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モルドバはEU加盟に賛成するか ロシアの影響は

今月20日、中立国モルドバで、欧州連合(EU)加盟を巡る国民投票が行われる。ウクライナと国境を接する同国はロシア信奉者も多い。swissinfo.chは、このような状況下で直接民主制がどのように機能するのかを現地で取材した。

モルドバの自治区ガガウズでの別れ際、あるトランスニストリア(沿ドニエストル)人がスイスの州について語り始めた。スイスでは、各州に大きな政治的裁量が認められているのだと彼は言う。

ピョートル・プスカさんは48年間、電気技師としてウクライナ東部のハルキウ(ハリコフ)で働き、その後、ここガガウズで仕事を続けている。彼はトランスニストリア地域で育った。当時はソビエト連邦の領土だった。

現在、モルドバとウクライナの間にあるトランスニストリア地域は、未承認の事実上の独立国家だ。約1700人のロシア兵が駐留し、ロシア軍は2年以上前からハルキウを攻撃している。

しかしモルドバ南部のガガウズでは、それでもロシアへの接近を支持する人が多い。この支持の大きさは過去に例がないほどだ。

20日の国民投票では、モルドバがEU加盟を憲法に盛り込むかどうかが問われる。

人口250万人のモルドバは、ヨーロッパ最貧国の1つで、隣国ウクライナに対するロシアの侵攻が始まって以来、特に脅威にさらされてきた。

スイス連邦外務省は、モルドバとの関係は「非常に良好」であり、緊密さを増していると述べている。外務省によれば、スイスは2023年にはモルドバにとって「最も重要な二国間援助国」の1つだった。

スイスは、最も長くモルドバで保健分野に積極的に取り組んだ。その他、経済開発や地方自治にも貢献している。

ウクライナ戦争勃発以降は、モルドバのウクライナ難民支援も加わった。また、スイスは過去5年間において、学校教育の一環である民主主義教育に資金援助するなど、モルドバの民主主義の発展にも貢献している。

よりましな悪のロシア

プスカさんは、「反対票を投じるつもりだ」。ロシアはガスを供給しているのだから、よりましな悪なのだと言う。プスカさんは怒り、政府への不信を募らせている。「マイア・サンドゥ大統領に反対する人は皆、ロシアの工作員のように描かれる」

元電気技師のピョートル・プスカさんはトランスニストリア出身でガガウズ在住。20日に行われるモルドバのEU加盟には反対票を投じる予定だ
元電気技師のピョートル・プスカさんはトランスニストリア出身でガガウズ在住。20日に行われるモルドバのEU加盟には反対票を投じる予定だ Vera Leysinger / Swi Swissinfo.ch

プスカさんは、親EU派のサンドゥ大統領が再選されなければ、EUか米国が介入するだろうと考える。それにもかかわらず、彼はスイスや米国の連邦制を模範だと言う。

「スイスや米国では、各州が独自の法律を作ることができるから」とプスカさんは言う。しかし、ガガウズ自治区はすでに包括的な自治権を持っている。

モルドバ人の5人に4人はルーマニア語が母語だ。少数言語として認められるのは、ロシア語、ウクライナ語、テュルク諸語に属するガガウズ語だ。

ガガウズ自治区の首都コムラトでは、ほとんどの人がロシア語かガガウズ語を話す。町の広場には、ルーマニア語で書かれたモルドバ政府の広告「ヨーロッパをあなたに」が掲げられている。学校は改築され、レジャーセンターができ、太陽光発電システムが設置された。プスカさんは、政府はロシア語やガガウズ語でも情報を提供すべきだと考える。

コムラトの中心部に立つEU国民投票の広告
コムラトの中心部に立つEU国民投票の広告 Vera Leysinger / Swi Swissinfo.ch

後日、ジャーナリストのミハイル・サーケリさんに「政府の言語の選択は無神経ではないか」と尋ねると、怒りの混じった返答が来た。「ここはスイスではない。あなたは視点を変えなければいけない。自分自身が強いアイデンティティを持ってこそ、他のアイデンティティを尊重することができる」。サーケリさんはオンラインメディア「Nokta」の創設者でもある。

ロシアシンパの中のEU支持

Noktaは、ガガウツィアでは唯一、親EUを明確にしたメディアで、主に米国務省、オランダ、全米民主主義基金(NED)から資金提供を受ける。Noktaは現状だけでなく、この国の歴史についても異なる視点を提供している、とサーケリさんは言う。

「ロシア帝国と後のソビエト連邦は、民族を同化させ、アイデンティティを殺すというロシア化政策を追求した」

ソ連構成国だった頃のモルドバではロシア人が主導権を握っていた。キャリアを積みたいのならロシア語は必須だった。「だから、彼らは今日でもルーマニア語をロシア語に置き換えようとしている」。コムラトの広場にあるEUの看板にロシア語を使えない理由はまさにそこにある、とサーケリさんは言う。

ミハイル・サーケリさんは、ガガウズで唯一の親EUメディアを立ち上げた
ミハイル・サーケリさんは、ガガウズで唯一の親EUメディアを立ち上げた Vera Leysinger / Swi Swissinfo.ch

しかし、もしEUの広告がガガウズ語だったら、地元のアイデンティティを尊重したことにならなかっただろうか?サーケリさん自身もガガウズ人だ。ガガウズ語は滅びつつあるという。

「おそらくそうすることもできただろう」(サーケリさん)

モルドバほどロシアの偽情報にさらされている国は他にない。モルドバ国内でもガガウズはそれが顕著だ。

ガガウツィアにおけるロシアの影響

ガガウズ自治区はエフゲニア・グツル氏が元首を務める。2024年3月にロシアのウラジーミル・プーチン大統領を訪問した野党指導者のイラン・ショル氏の名を冠し、昨年にモルドバで非合法となった政党ショルから選出された。非政府組織Promo-LEXの分析によれば、ショル氏は、モルドバにおけるロシアの「ハイブリッド戦争の具現化」の調整役とみられている。

ショル氏は2010年代最大の汚職事件で有罪判決を受け、国外に逃亡した。サーケリさんは言う。「イラン・ショルは犯罪者であり、モルドバの銀行から10億ユーロを強奪した主犯だ。今日はクレムリンの手先だ。彼はモルドバの政治にロシア資金を投じ、この国を不安定にしようとしている」

モルドバ人の約4%がガガウズに住む。ロシアに近いかどうかで投票が決まるわけではない。

ウクライナ戦争に対する意見

議論がこれほどバラバラに見えるのは、モルドバの政治にロシアが干渉しているせいでもある。社会学者のペトル・ネグラ氏は「国民は親欧米、親ウクライナの視点に支配されている」と言う。

ネグラ氏は、政府がロシアのプロパガンダを伝える複数メディアを禁止したことは正当だと指摘する。しかし、親ロシア的な意見や両義的な視点が反映されるプラットフォームが不足しているという。「このためロシア支持者の多くは戦争プロパガンダを含む代替的な情報源から情報を得ている」

2023年8月、モルドバ人の33.9%がウクライナ侵攻の責任はロシアにあると答えた。ロシアが正しいと答えたのは25.1%で、23.9%はどちらも正しくないと回答した。15.6%は無回答だった。

ネグラ氏は「社会学的に興味深い結果だ。これらの両義的な人々は、戦争終結後のモルドバ社会で調停者として機能するかもしれない。彼らの大半は中立を支持し、モルドバの中立を拡大したいと考え、紛争がモルドバを飲み込むことを恐れている」と話す。しかし、ネグラ氏の分析によれば、こうした声は公の場ではほとんど聞かれない。

「人々はEUとNATO(北大西洋条約機構)を混同している。EUに属しながら中立でいられるという事実が、あまり理解されていない」と指摘するのは、欧州開発研究所の理事長で社会学者のドリーナ・ロスカ氏だ。原因は知識不足だという。「現時点では、政治文化についてやるべきことはまだたくさんある。その第一歩として、人々がプロセスについて情報を得る必要がある。今のところ、メディアでさえこの作業をしていない」

EUとロシアの大規模なディアスポラ

ロスカ氏は長年国外に滞在した後、モルドバとフランスの2つの国を行き来する生活を送っている。主な研究テーマはディアスポラだ。過去30年間に100万人以上のモルドバ人が 「移住体験」をしている。1989年のモルドバの人口は430万人だったが、現在は250万人にまで減った。

ロスカ氏は「2010年までに多くの人がロシアに移住した。簡単で、物価も安く、言葉の壁もなく、文化的にも近かったからだ」と説明する。2014年にビザが自由化されると、移住の流れは西欧へとシフトした。「現在では、ロシアよりもEUに住むモルドバ人の方が多い」

今日では国外の高等学校進学を望む人が多い。例えば、ルーマニアで勉強したり、イタリアやスイスで働いたりといったケースだ。

スイスを含む多くのディアスポラ・コミュニティは、EU加盟の国民投票に向け動員をかける。ロシアのモルドバ人は、おそらく違った見方をしているだろう。

20日の投票で台風の目の1つとなりそうなのは、このディアスポラの人たちだ。世論調査では賛成が僅かにリードするが、国外海外のモルドバ人は調査対象に含まれていない。

社会科学者のドリーナ・ロスカ氏はパリの欧州開発研究所理事長を務める。フランスとモルドバを行き来している
社会科学者のドリーナ・ロスカ氏はパリの欧州開発研究所理事長を務める。フランスとモルドバを行き来している Vera Leysinger / Swi Swissinfo.ch

もう1つの台風の目は、トランスニストリアだ。権威主義的なトランスニストリアにはロシアの国旗がいたるところに掲げられているが、国際法上、またモルドバ人の視点から見れば、まだモルドバの領土だ。トランスニストリア人はモルドバでの就労のほか、投票権もある。投票所はモルドバ側の国境に設置される。

トランスニストリアはどうなるのか

EU加盟が実現した場合、トランスニストリアはどうなるのかは、今後何年にもわたって国際政治を占拠しそうな問題だ。モルドバの将来全般がそうであるように、ウクライナの動向にも左右される。

編集:Mark Livingston、独語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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