土星とその衛星の探査を目指す2機のスイス製飛行船
土星最大の衛星であるタイタンが、NASAとESAの科学者の興味をひきつける中、ヴォー州のある企業の飛行船の材料が、タイタン探査機の一部として使用される。
「もちろん、わが社の飛行船そのものが土星に向かうのではあ
りません。しかし、両宇宙機関からの要請は、企業としてこの上な
い信用となります」と、この企業の社長は語る。
両宇宙機関からの要請
ヴォー州のヴィラール・ティエルスラン ( Villars-Tiercelin ) にある、飛行船製造業ミニゼップ ( Minizepp ) 社社長のヨドック・エルミガー氏は、穏やかな口調で上記のように語った。アメリカ航空宇宙局 ( NASA ) と欧州宇宙機関 ( European Space Agency – ESA ) 両者間での打ち合わせなしに、ミニゼップにテスト飛行のための飛行船購入の依頼があり、昨年冬に全長15メートルの飛行船をESAに納入、そして数週間後には同タイプの飛行船をNASAに納入する。
「インターネットでミニゼップの飛行船を見つけました。わたしたちが発注した飛行船は、最も大きく、頑丈で、普段わたしたちが使用しているものよりも積載量が大きいのです」
と、NASAの無人探査機等の研究開発及び運用に携わる研究所であるジェット推進研究所 ( Jet Propulsion Laboratory – JPL ) の機動性ロボット工学システム部門の責任者アルベルト・エルフェス氏はこう説明する。
特別仕様の要請
国際市場における飛行船製造業者の選択は数多くあったが、アメリカ政府の公共事業で使用する物資については、自国内の製品を優先的に購入することを規定した「バイ・アメリカン条項」により、まずアメリカ国内での調達を努力した。しかし、適した飛行船を見つけることができなかった。
「わたしたちは、飛行船製造の業績と経験、クオリティの高さから、ミニゼップ社を選びました。さらに、エルミガー氏は技術的な変更の要請や長期にわたる交渉にも、辛抱強く柔軟な対応ぶりで、非常に協力的でした」
と、エルフェス氏は言う。
さらに、エルミガー氏がこう続ける。
「特別仕様の飛行船を作りました。エンジン、尾翼の数とその配置、燃料タンクの取り付け場所、4本のねじ釘のみでの機材取り付け、などです。テスト飛行は何年にもわたるので、耐久性にかかわる全ての規格を2倍に厳しくしなければなりませんでした」
商業的に、おいしい話なのかというと、決してそうではない。
「もたらされる以上の出費があります。非常にたくさんの時間を費やしました」
しかしながらミニゼップは、企業の信頼と肩書きという利益を得た手ごたえを感じている。
数年間にわたり、2機の飛行船が、NASAのテスト地であるネバダ州とESAのテスト地であるモロッコの砂漠を飛行する。木々も建造物も山もない、地表に目印になるものが何もないこれらのテスト地は、荒涼としたタイタンの地表に似ている。レーザー距離計や誘導装置、カメラのテストに理想のテスト地である。
そして、最良の材質として選ばれた機材は、長く、二度と戻らない旅へと積載される。
そのため、飛行船はタイタンの大気を物ともしないものでなければならない。ミニゼップはその製造に携わることができるのか。エルミガー氏の答えは「ノー」である。「オリジナルの、新しい資材を開発しなければなりませんが、我が社には資材開発の技術と機械がありません。しかし、例えば飛行船を膨らませる技術など、基礎的なことに関する相談役としてなら、その過程に携わっていけると思います」
オレンジ色の空の下は、一面氷の世界
タイタンは、土星で一番大きな衛星だ。10億キロメートル以上地球から離れ、火星とほぼ同じ大きさで、水星や月よりも大きい。摂氏零下180度の凍結した世界で、起伏はほとんどない。オレンジ色の雲で覆われ、大気は地球上の生物をほぼ死滅させる窒素、アンモニア、メタンで構成されている。
はっきり言って、夢への飛行ではない。では何故大金をはたいてまでタイタンへと迫るのか。
タイタンは、木星や土星のほかの衛星と同じく、わたしたちに、衛星そのものの姿だけでなく、生命の起源と進化をも教えてくれるのだ。
絶えず厚い雲に覆われたタイタンは、1655年にオランダ人天文学者クリスティアーン・ホイヘンス氏に発見されてからも、謎のベールに包まれていた。が、1978年のパイオニア11号、1980年のボイジャー1号、1981年のボイジャー2号と、連続して探査機が訪れる。そして2005年1月14日、人類が最も遠くに探査機を着陸させた星となった。
カッシーニ・ホイヘンスと命名されたアメリカ・ヨーロッパの共同研究は、タイタンの地表には炭化水素の海があるのでは、というそれまでの仮説を葬った。しかし、木星の二つの衛星であるエウロパとカリスト同様、氷の下に水とアンモニアの海が存在するのでは、と推測されている。
生命以前の生命
特に、タイタンの大気は、酸素を地球にもたらした生物が誕生する以前の地球の大気に似ているとされる。複雑化した有機分子が存在するのではと、宇宙生物学学者は期待している。
太陽系で唯一飛行船が飛行するのに十分な濃い大気を有するタイタンを、6ヶ月間以上探査する飛行船は、生物を見つけることができるのか。その確証はない。タイタンは太陽からはるかに遠い低温の世界であり、原始地球ではない。しかし、発見のための探査はとにかく人々を興奮させる。
エルミガー氏は、ロケット産業がビジネス化しても、宇宙への踏査は未だに人類の発展と知識を満たす領域として純粋なままであると語り、こう締めくくった。
「人類に欠けているのはヴィジョンです。宇宙への探査は、未来への展望の扉を開くことになるでしょう」
マルク・アンドレ・ミゼレ、swissinfo.ch
( 仏語からの翻訳、魵澤利美 )
木星システムよりも少し後に着手された計画。土星に関して両宇宙機関は近年カッシーニ・ホイヘンス・ミッションにかかりきりとなっているため。
任務は複雑。土星・タイタンの周りをアメリカのオービターが旋回し、タイタンの大気圏にヨーロッパの探査飛行船が投下される。
打ち上げ予定は2018年から2022年にかけて。土星到達は2029年末。しかし、技術面でまだ研究及び開発が必要であり、NASAもESAも発射日程を決定していない。
1999年に、ローザンヌ州立芸術学校 ( Ecole cantonale d’art de Lausanne ) にてインダストリアル・デザインを修めたヨドック・エルミガー氏によって創設される。ローザンヌから数キロメートル離れたヴィラール・ティエルスラン ( Villars-Tiercelin ) にて、全長4mから22mの飛行船の企画・製造・販売を行う。
年間売り上げ高は、約60万フラン ( 約5000万円 )。今年度は100万フラン ( 約8300万円 ) に達する見込み。ミニゼップは製品を56カ国に輸出。飛行船の速度アップのため、投資を募っている。
飛行船の風船を覆う部分は、台湾で製造されている。布はアメリカ、ベルギー、フランスでも調達可能だが、「スイスで調達すると予算オーバーな上、技術がない。正確な裁縫技術が必要。台湾は40年の経験があり、比較的高額だが、品質は申し分ない」とは、ヨドック・エルミガー氏の談。
任務の複雑さと高額さから、アメリカ航空宇宙局 ( NASA ) と欧州宇宙機関 ( European Space Agency – ESA ) は、太陽系の二つのガス惑星について、合同で研究・開発を行うことになり、最大限の科学的な成果を上げることが可能になった。
木星とその四つの最大の衛星 ( イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト ) 探査のために、2機の探査機を送る計画。NASAはジュピター・エウロパ・オービター探査機を、ESAはジュピター・ガニメデ・オービターを送る。打ち上げは2020年、木星到達は2026年の予定。
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