心理的トラウマの治療に「エクスタシー」
「エクスタシー」の名前で知られる合成麻薬の一種、MDMA。日本では覚せい剤と並ぶ非合法な麻薬で、スイスでも多くの人が死に至ったとして禁止されていた。
しかし、スイス当局は心的外傷後ストレス障害 ( PTSD、心に傷を負って精神的な障害を引き起こす疾患 ) の治療のために、患者にMDMAを使用することを許可し、昨年10月から研究が始まっている。
研究が終了するのは2008年になる予定で、10人以上のPTSD患者が参加するとみられる。
スイスとアメリカの共同研究
すでに1人の患者の治療は完了している。さらに現在、2人の患者が治療を受けており、今後近いうちにMDMAを使った精神医学療法を受けることになっている。
この実験的な試みは、スイス独自のものではなく、現在アメリカでも並行して実施されている。「共同研究のアメリカ側パートナーは、すでにPTSDの苦しみを和らげることを示す結果を出しています」と語るのは、スイスの研究責任者、ペーター・ウーエン博士だ。博士は精神病医と精神療法士も兼ねている。「こちらでも同じような結果になることを期待しています」
このような研究が倫理的かどうかを審議する治療製品スイス局 (スイスメディック、Swissmedic ) と連邦健康局 ( BAG/OFSP ) の承認を、ウーエン博士が得るまでには1年以上もかかった。やっと最終的な許可が下りたのは、昨年の8月だ。
「ほとんど遅れもなく、非常に順調に物事が進みました」とウーエン博士は満足気だ。
実用化に向け実験開始
実験に参加したのは、ドイツ語が話せる18歳以上のPTSD患者。服用は間を6カ月あけることが義務付けられている。
被験者のうち8人は、規定に従い62.5ミリグラムのMDMAを服用し、その後2時間30分後に効用促進剤一粒と共に、さらに125ミリグラムを服用した。また、4人にはそれより少ない服用量が与えられた。実験は3回に分けて行われ、薬の効果は数時間だった。
「規定に従った服用だと意識の上で変化がみられます。幸せな気分になってきて、恐怖感が薄れ、不安などの心理的トラウマに顔をあげて立ち向かうようになってきます」とウーエン博士は説明する。
この実験のスポンサーとなったのは、アメリカの非営利団体、幻覚剤学際研究学会 ( MAPS )だ。実験が終了するまでにかかる費用は、15万ドル ( 約1800万円 ) 以上とみられている。PTSD治療に対する薬の実用化に向け、5年の期間をかける予定だ。
危険じゃないの?
しかし、この20数年、MDMAはマスコミでかなり叩かれてきた。ウーエン博士は「研究者にとって、MDMAの信頼を回復することは非常に難しい仕事です」と認める。
MDMAは、神経細胞システムに影響を及ぼし、使いすぎると認知障害に陥ると指摘されている。
ウーエン博士によると、この指摘は複合的な事実が絡みあうため、証明が難しいという。脳に何らかのダメージが出るには、かなり多くのMDMAを他の薬と一緒に使用し、しかも長期にわたる不眠などの生活習慣の乱れや脱水症状が重なるなどの条件がそろわなければならない。
「いくつかの研究では、MDMAは認知障害を起こさないという結果になったものもあります」とウーエン博士は語る。
「スイスでは、1989年と1993年に個人で開業している精神科医に対してMDMAやLSDなどの薬物を使用することを認める例がみられました。この治療は非常に効果的だったのですが、医療の現場には定着しませんでした」
連邦健康局の科学分野担当職員、マルタ・クンツ氏を取材した。「このような研究はスイスでは初めての試みです」。
クンツ氏によると、スイス政府としては、MDMAの危険性を十分理解しているが、厳しい条件をつけてこの研究の実施にゴーサインを出したということだ。
swissinfo、アダム・ボーモン 遊佐弘美( ゆさ ひろみ )意訳
MDMAは、ドイツの薬品メーカー、メルク ( Merck ) によって1914年に特許が取られた。
1970年代後半、化学者アレクサンダー・シュルギン氏がPTSDの治療に使った。
1990年代にはパーティに使われる麻薬として世界中に広がった。
現在は、スイスを含め多くの国で違法麻薬に指定されている。
– 今回の研究に使われる薬品は、スイスの薬品会社が用意する。
– ウーエン博士の研究が行われるのはスイス北部のソロトゥルン州。
– 実験は、PTSDによって脳に受けたダメージがMDMAを使用したことでどれほど改善したかをみる。
– アメリカとスイスの実験が終了した後は、世界的に500人まで被験者を使った研究が進められる予定。
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