欲張りなハチを撃退する花粉パワー
花粉の採取はハチにとって非常に大切な作業だ。しかしハチが花粉を取り過ぎないよう植物はどうやって防いでいるのだろうか?スイスの研究者は、花粉に含まれる化学物質が関わっていると考えている。
ハチは特定の種類の花粉を消化するために、生理的に順応する必要があることを連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ ) の生態学者を中心とする研究チームが初めて解明した。
花粉の中の化学物質
連邦工科大学チューリヒ校のこの研究は大反響を引き起こした。ブリティッシュ・エコロジカル・ソサエティ( British Ecological Society ) が出版している「実用生態学 ( Functional Ecology ) 」は、その研究内容を掲載し「画期的」と評価する。
草食性の昆虫から身を守るために、葉の中に化学物質を生産する植物は多い。そして花をつける植物は、昆虫や鳥類など受粉を媒介する動物に花粉を取られ過ぎないよう花の構造を進化させてきたことも判明している。しかし花粉自体はどうだろうか?
「わたしたちの研究の下地となったのは、植物は化学的な物質を生産してハチから花粉を守っているのではないかという考え方だ。しかし、花粉の化学的な性質は非常に多様で複雑なため、これを直接証明するのは難しい」
とチューリヒ連邦工科大学のクラウディオ・セディヴィ氏は語る。
そこでセディヴィ氏のチームは巧みな実験を考え付いた。キンポウゲ、ヨモギ草、野生カラシナ、 シベナガムラサキの四つの植物のうち1種類の花粉だけを常食とするハチを実験に使って花粉を集めさせた。
そして研究チームはその集めた花粉をツツハナバチ属の近縁種であるオスミア・ビコルニス ( Osmia bicornis ) とオスミア・コルヌタ ( Osmia cornuta ) の幼虫に与えた。
自然界では、前者の幼虫は18種類の植物の花粉、後者の幼虫は13種類の植物の花粉を食べて育つ。しかしこの実験では、幼虫はいくつかのグループに分けられ、1種類の花粉のみが与えられた。そして研究チームはその結果の比較分析を行った。
主要な違い
セディヴィ氏は、幼虫の成長の大差に驚いたと語る。
「オスミア・コルヌタの幼虫は、シベナガムラサキの花粉だけで成長することができたが、キンポウゲの花粉だけを与えられた幼虫の90%は数日以内に死んだ。さらに驚くべきことは、オスミア・ビコルニスの場合は、全く逆の結果が出たことだ」
と応用昆虫学の研究グループに参加している博士課程の学生が説明した。
また両種とも野生カラシナの花粉ではよく育ったが、ヨモギ草の花粉では生き残れなかったとセディヴィ氏は付け加えた。
「ハチの種類によっては特定の花粉の化学的な性質が体質に合わず、消化するために生理的な適応を必要とする。これを証明したのは、おそらくわたしたちの研究が初めてだろう」
さらに特定の花粉には、たんぱく質など幼虫の成長に必要な栄養素が不足しているか、または全く含まれていないことが分かっている。研究結果はこうした有毒成分の含有や栄養素の不足・欠落が花粉の取り過ぎ防止に関わっている可能性を示唆している。
花粉泥棒
ところで、ハチは幼虫の生育に大量の花粉を必要とする。たった1匹の幼虫を育てるために数百種類もの花の花粉が使われる。そしてハチは1輪の花に1回止まっただけでその花の約70%~90の花粉を採取することができる。従って植物は受粉に必要な分を確保するために自己防衛に努めなければならないと研究者は説明する。
地球上には2万種類から3万種類のハチがいる。ハチは採集した花粉を腹の中や体のヘアブラシ状の特殊な部分の中に取り込んで巣へ運ぶため、花粉がハチの体から落ちて植物の受粉に貢献することは少ない。
「ほとんどの植物は、花から花へと花粉を昆虫に運ばせるために花の蜜を使っておびきよせる。しかし花粉に関しては、ハチと植物の利害は一致しない。ハチは非常に有能な花粉採取家だ」
とセディヴィ氏は語る。
「従って植物は、ハチが花粉をすべて取り尽くしてしまわないよう形態学的な適応方法を多数発達させた。今回の研究は、ハチが採取する花粉の量を制限するためには、前述のような花粉の特殊な性質が花の形態と少なくとも同じくらい重要であるという可能性を確実に証明するものだ」
今月初旬にイギリスの生態学協会、ブリティッシュ・エコロジカル・ソサエティ British Ecological Society ) が出版している「実用生態学 ( Functional Ecology ) 」に連邦工科大学チューリヒ校 ( ETHZ ) の研究結果が掲載された。
研究論文の題名は「多種の花粉を常食とする近縁種のハチが特定の花粉を与えられた場合に示す成長能力の差:花粉を消化するための生理的適応の証明 ( クラウディオ・セディヴィ、アンドレアス・ミュラー、シルヴィア・ドルン ) 」
スイスではハチはさまざまな方法で飼育されている。約1万9000人の養蜂家が約17万のコロニー ( 群蜂 ) を持っている。移動性の養蜂は非常に少ない。
蜂蜜を作るために重要な植物は、タンポポ、果樹、セイヨウアブラナ、ハリエンジュ、栗、甘い樹液を出す樹木、主に球果を結ぶ針葉樹、落葉樹など。
蜂蜜の平均的な年間収穫量は一つのコロニーにつき約10kg。樹液や植物で生活する昆虫が分泌した蜜をミツバチが集めてできたハニーデュー蜂蜜は10年に1度例外的な収穫量を記録する。
スイスのハチの生息密度は、1km²当たり4.5個のコロニーと、世界でも上位に入る。ハチはスイス中に生息しているため、農作物や野生の植物の受粉は安定している。
(出典:連邦農業局研究機関アグロスコープ/Agroscope )
( 英語からの翻訳 笠原浩美 )
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