1年限りのスイス連邦大統領 任期延長すればこれだけ変わる!
権力とリーダーシップが慎重に区別されてきたスイスでは、連邦大統領の権限が制限されている。任期はたった1年で、就任と同時に退任が目前に迫るほど短い。しかし今日では連邦大統領への期待は高く、安定性とリーダーシップが求められている。
私がスイスの統治制度を支持していることは周知のとおりだ。
執筆者
クロード・ロンシャン氏は、スイスで最も経験豊富で声望の高い政治学者およびアナリストの一人。 調査機関「gfs.bern外部リンク」を設立後、定年まで所長を務める。現在も同機関の取締役会長。スイス・ドイツ語圏向けスイス公共放送(SRF)で30年間、国民投票と選挙のアナリストおよびコメンテーターとして活躍。
スイスインフォの直接民主制に関する特設ページ「直接民主制へ向かう」(#DearDemocracy)で毎月、2019年のスイス総選挙についてコラムを執筆。
ロンシャン氏の政治ブログ「Zoonpoliticon外部リンク」、歴史ブログ「Stadtwanderer外部リンク」
国をまとめるという点では、連邦内閣及びそれを構成する7人の連邦閣僚の仕事ぶりは素晴らしい。ただ過去を振り返ると、リベラル派のブルジョワジーが独占していた連邦内閣にカトリック教系保守派、農民、労働者が食い込めたのは、そうしなければ難局を乗り越えられなかったためだ。
連邦内閣はもともと急進民主党が占めていたが、キリスト教民主党、国民党、社会民主党が加わり、閣僚の数が増えた。この国では男性が政治を牛耳っていた時代が長く、女性に参政権が認められたのは比較的遅かった。だが、世界の女性参政権ランキングで最下位だったスイスはそれから半世紀後、女性議員の割合で上位3分の1に入るという奮闘ぶりを見せた。
症状:「激しく揺れる欧州政治」
連邦内閣には明らかな強みがある一方、これまでの統治制度には明確な欠点があるように見える。
最大の弱点は戦略的統治だ。それが端的に表れているのが対EU政策だ。欧州連合(EU)との2国間協定を継続するための新たな枠組み協定の実現が叫ばれているが、交渉は5年も続いている。連邦内閣はようやく昨年に具体的な一歩を踏み出したが、労働組合、同業組合、州などの拒否権プレーヤーからの支持は取り付けていない。
それでもカシス外相は協定案に同意した。するとすぐに他の連邦閣僚全員が異を唱え、国内で6カ月間の意見公募期間を設けるよう指示した。EUは議論の継続に同意したが、交渉そのものは終わっているとの見解を繰り返した。
「枠組み協定はすでに内政上失敗しているとの印象が強まっている」
新連邦大統領に就任したウエリ・マウラー氏はこうしたEUの見解を疑問視し、EUとの交渉継続を求めている。
マウラー氏の対応で改めて認識されるのが、スイスの対EU政策は何度も方向転換を繰り返してきたということだ。そのため、枠組み協定はすでに内政上失敗しているとの印象が強まっており、失敗した責任を誰になすりつけるかが現在の議論の中心だという人も多い。
診断:「指導者の空白」
私の考えは別だ。この問題の一つは連邦大統領の制度にある。この職には決まった任務も権力もない。任期は1年で、慣例に基づいた輪番制だ。目標と手段が継続される保証はどこにもない。
枠組み協定を巡る交渉には、これまでディディエ・ブルカルテール氏(急進民主党)、シモネッタ・ソマルーガ氏(社民党)、ヨハン・シュナイダー・アマン氏(急進民主党)、ドリス・ロイトハルト氏(キリスト教民主党)、アラン・ベルセ氏(社民党)と様々な連邦大統領が臨んできた。そして今年はウエリ・マウラー氏(国民党)が交渉を担当する。
「まるでカゲロウが代わるがわるオニグモと交渉しているようだ」
そして交渉相手は決まってジャン・クロード・ユンケル欧州委員会委員長(任期5年)だ。スイスとEUが実質的な協議を行っていた頃は両国の関係は対等だった。しかし協議が困難を深めた現在、両国の関係はアンバランスにみえる。それはまるで、命の短いカゲロウが代わるがわる巨大なオニグモと交渉しているようだ。
問題:兼職としての連邦大統領職
なお悪いことに、外相は外交官を従えてはいるものの、協議を主催する立場でしかいられない。政治的主導権を握るのは、連邦内閣およびその年の連邦大統領なのだ。そのため外相と連邦大統領の目標や手段が異なれば、状況は深刻になる可能性がある。
ビジョン:リーダーシップの強化と明確な任務
スイスの統治制度を改革するならば、まずは連邦大統領職から始めなくてはならない。そしてこの職の任期と権限を新しく定めるのだ。
私が考える理想の連邦大統領は、連邦内閣が定める総合的戦略に責任を持つ。総合的戦略は、連立与党が作成し連邦議会が承認した任期目標に基づいて策定される。
最優先事項は連邦大統領府の管轄となる。現在であれば対EU政策だろう。
そしてその責任を負うのが連邦大統領だ。連邦大統領は戦略的提案を作成し、その結果を国内外に伝えなくてはならない。
解決策:連邦大統領の任期延長
しかし、兼職で任期1年という現状ではこれは叶わない。必要なのは連邦大統領職の独立化と任期延長だ。過去には具体的な提案が二つ出された。ドリス・ロイトハルト氏は任期2年、モーリッツ・ロイエンベルガー元連邦大統領は任期4年の案を支持している。
私はどちらかというと後者の方が良いと思う。前者も現状よりは良く、今までの枠組みの中で実現できるだろう。しかし担当省庁の大臣と連邦大統領という二重の負担は残り、戦略的な仕事はしにくい。
4年の任期ならリーダーシップが強化され、任務も明確になる利点がある。
対策:国民がリーダーを選ぶ
連邦大統領職が「アップグレード」されるのであれば、必然的に選出方法も新しくなるだろう。一番良い方法は連邦大統領を国民が選ぶことではないだろうか。立候補できるのは2期目以上の連邦閣僚だ。4年の任期の間に連邦内閣での足場を固め、連邦閣僚としての経験を積み重ねられるからだ。
選挙戦は短期集中だ。選挙戦では候補者がスイスの展望を語り、リーダーシップを証明する。そして連邦大統領の任期が始まる直前に選挙が行われ、最終的に有権者の投票で決定する。
憲法規定には、国内すべての言語圏が適切に代表されなければならないとある。そのため、連邦大統領は言語圏のバランスに配慮する形で副連邦大統領を選ばねばならないだろう。そうすることで、連邦大統領府の政治的方向性はバランスが取れるからだ。そして緊急事態には副連邦大統領が代理を務めることができる。
解決策:連邦大統領府
スイスの現制度で米国のような大統領制民主主義が誕生することはないだろう。連邦閣僚は今後も連邦議会で選出されるからだ。そのため連邦大統領制が改革されたとしても、連邦大統領は誰も罷免できず、連邦大統領府以外で特別な権限を持つことはない。
しかし連邦大統領府ではリーダーシップを強化し、他の省庁との連携を図り、利益団体と与党を引き込まなければならない。そして連邦大統領としての任務を果たすためには今まで以上に責任を負わなければならず、大統領自ら連邦議会に信任案を出せる。
これと似たような制度を敷くバーゼル・シュタット準州は、これまで良い経験を積んでおり、他にも同様の制度を持つ自治体は多い。合議制を取る自治政府にリーダーを置いてもうまくいくことがどの自治体でも証明されている。戦略的に重要な課題では自治政府メンバーの間で合意が必要不可欠だが、リーダーがメンバーの間に入って合意を促せば、合議制はさらに強化されるだろう。リーダーが不在の場合、他の課題でも自治政府メンバーの間で亀裂が走ったり、意見の相違が起きたりするからだ。
もちろん、この考えは「プリムス・インテル・パーレス(同輩中の首席)」の伝統を打ち破る。だがそれこそ狙いなのだ。なぜなら現在までの連邦大統領は自分たちを少し「特別」だと思っても、それが何かが定義されてこなかったからだ。スイスの統治制度には重大なメリットがあるが、あからさまなデメリットもあるのだ。
スイスの政党(独語略称/仏語略称)
SVP/UDC: 国民党(保守系右派)
SP/PS: 社会民主党(左派)
FDP/PLR: 急進民主党(リベラル右派)
CVP/PDC: キリスト教民主党(中道/右派)
GPS/Les Verts: 緑の党(左派)
GLP/PVL: 自由緑の党(中道)
BDP/PBD: 市民民主党(中道)
JUSO: 青年社会党(左派)
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
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