老牛にもやさしい飼育を スイスの酪農家の挑戦
東スイスのザンクトガレン近郊の田園地帯。初夏の日差しを浴び、ポウル・オズワルトさんが牧草を求めてゆったりと動く6頭の老いた牛を眺めている。
オズワルトさんは、02年から国内の酪農家から送られた老牛の飼育を手がける。動物愛護協会ビショフスツェル・ヴァインフェルデンのラインホルト・ゼッフ会長は、「酪農家と契約を交わしたのは、長い間世話になった家畜を屠殺したくないとの要望が強かったからだ」と経緯を語る。
酪農家の家計を支えてきた牛は通常、適齢期を越えると屠殺される。家族の一員として働いてきた牛の老後を保障しようと、動物愛護協会と酪農家が協力して「ビバ・ラ・ヴォッカ計画」を立ち上げた。用が無くなれば屠殺する従来の制度に替わるあり方を、スイスの酪農家が模索している。
ビバ・ラ・ヴォッカ計画
「ビバ・ラ・ヴォッカ計画」の立ち上げは数年前、屠殺される予定の老いた雌牛の話を牧場に訪れた小学校の生徒らと先生が耳にしたのがきっかけだった。そのまま食用に回されるのでは「心が痛む」と、先生が地元の動物愛護協会に助言を求めた。
同協会はその後、屠殺を好まない酪農家や都会に住む一般の人からお金を集め、酪農業の撤退を考えていたオズワルトさんと一緒に「ビバ・ラ・ヴォッカ計画」を発足させた。
老牛1頭につき月200フラン(約17,700円)がオズワルトさんに支払われる仕組み。これまで世話してきた牛は12頭余りに上る。いま牛は6頭。オズワルトさんに残る手当てはほんの僅かだ。
それでも、同じ仲間の酪農家から「ただの道楽」と非難も受けたことがある。
「家畜を長生きさせるのにお金を使うくらいなら、飢えで苦しむアフリカの子供達に寄付した方がよっぽどましだと言うんだ。妬みもあるんだろう。何もしないで金儲けしていると映るんだろうね。自分達は手を動かして乳搾りをしなければ金にならないからね」とオズワルトさんは話す。
上限のある事業
酪農業を長年やってきたオズワルトさんは、酪農家の胸の内をこう話す。
「長年世話になった家畜を好んで処分したい奴なんていないよ。屠殺場に持っていっても二束三文にしかならないしね」と話す。「ここにやってくる酪農家は、自分達の牛がどれだけ働き者だったのか切々と話していくよ。これまでに1万リットルの乳を出したとか、10の子牛を生んだ、とか言ってね」。
ただ、牛に第2の人生を約束する「ビバ・ラ・ヴォッカ計画」も飼育する牛の数を限定しないと続かない、と動物愛護協会のゼッフ会長は指摘する。
「かつて人にこう聞かれたことがあるよ。スイスでは牛の数が人口の2倍もいるといわれるけれど、こうした牛の世話を全国規模で展開するつもりですかってね。そんなバカげたこと誰がするんだ?」と同氏は話している。
スイス国際放送 デール・ベヒテル 安達聡子(あだちさとこ)意訳
引退した牛には月200フラン(約17,700円)のコストがかかる。
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