スイスの山小屋の存続脅かす地球温暖化
スイスでは、地球温暖化の影響は特に山岳地帯で顕著だ。何世紀にもわたるアルプスの伝統を根底から覆し、観光客が休む山小屋の存続すら脅かしている。
ヴァレー(ヴァリス)州サースフェーにある山小屋ブリタニアヒュッテ(標高3000メートル)に続く登山道を歩くと、景観が激変した様子がはっきりと分かる。
ジュネーブ・アルペンクラブ会長のマルク・ルノーさんは、何度もこの道を歩いたが、目にするものにショックを受けるばかりだという。豊かな氷河は今やすっかり後退してしまい、岩だらけの地形しか残っていない。
「悲惨な事」
「なんとひどい!ショックだ!この氷河は本当に死にかけている。昨年、道の先に行くと、もう氷が残っていなかった」。ルノーさんは仏語圏スイス公共放送(RTS)の番組『Mise au point』でそう嘆いた。
「前回、1カ月前は氷河が1.5メートルほど長かったが、今は1.5メートルしか残っていない。来年、氷河が完全に消滅するのは確実だ」とルノーさんは語った。
ブリタニアヒュッテへのアクセス道は、氷河融解による落石で閉鎖を余儀なくされた。急きょ作られた新しいルートは今までの道よりも距離が長く、より困難だ。地面も不安定になり、山小屋には亀裂が入った。
シーズン終盤には水が増える
氷河は山小屋の重要な給水源でもある。大量の氷を溶かし、調理や給水に使った。しかし、この豊富な水も夏の終わりには足りなくなってしまった。
ブリタニアヒュッテの仕事を手伝うファビエンヌさんは言う。 「シーズン当初は雪がたくさんあって、防水シートで覆っていた。でも今はほとんど残っていない。全部溶けてしまって滴ることもない。シートの下にまだほんの少し残っているけれど、十分ではない」
RTSが撮影に入った時点では、山小屋はまだ1カ月ほど営業することになっていたが、管理者は雨と配給に頼らざるを得ない状況だった。一般客は、特に水に関しては大幅に制限されている。
「ハイキング客にシャワーはどこかと聞かれても、水がないから使えないと答えなければならない。なぜ水1リットルが12フラン(約2000円)もするのか理解できない人もいる」とファビエンヌさんは話す。
土壌の分析
スイスアルペンクラブは、高地でのアクティビティを維持するべく永久凍土研究ネットワーク 「PERMOS 」と協力している。セシル・ペレさんはそこで、地球温暖化がアルプスの環境に及ぼす影響を研究する。
科学者たちは特に、気候変動で拡大する永久凍土の活性層の深さを特定しようとしている。
夏に溶け、冬に再び凍結する活性層は、地形の安定性を理解するのに欠かせない。この層が深くなればなるほど、アルプスの山小屋には死活問題となる。
移転か、放棄か
スイスアルペンクラブが所有する山小屋153軒のうち、61軒は永久凍土の近くにある。大半がヴァレー州だ。それらの山小屋を今後どうするかが今、同クラブの中央委員会の課題になっている。
「委員会の会議ではあらゆる山小屋プロジェクトを議論するため、極めて重要だ。委員会には専門家、エンジニア、建築家らが揃う。山小屋の建設は非常に高価なので、資金を最大限有効に使うことを目指している」と、同委員会で山小屋運営者代表を務めるルノーさんは言う。
容易なプロジェクトではない。ムットホルンヒュッテ(ベルン州、標高2900m)のように歴史が古く、地盤が不安定で地滑りの脅威にさらされた山小屋は改装・移転が必要になる。小屋の基礎は、気候変動による地盤変動に耐えられるよう設計しなければならない。
スイスアルペンクラブの山小屋担当責任者、ウルリッヒ・デラングさんは、歴史の古い山小屋の今後を決める際、地元支部は複雑な感情を抱くと話す。「私たちは3、4年ほど前から自らに問い続けてきた。今の場所のままで(山小屋に)投資することは、理に叶うのかと」
巨額の投資
最終的な目標は、山小屋が象徴する文化的・スポーツ的遺産を保存することだ。しかし気候変動は一部の建物を危険にさらし、放棄せざるを得なくなる可能性も示唆する。
資金や長期的な妥当性の問題もある。崩壊の危機に瀕するツェルマットのロートホルンヒュッテの再建は、資金調達に多大な苦労を要した。新しい近代的な山小屋は、現在の場所より60メートル下に建設中だ。建設費は370万フラン(約6億2000万円)に上る。
安定した岩盤の上に建設中の山小屋は、ドミトリーのベッド数を減らし、快適さを向上させる。工事は降雪が始まるまで続けられ、春のシーズンに間に合わせる予定だ。
仏語からの翻訳:宇田薫
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