気候保護と動植物保護は両立するか スイスで問われるアルプスの再エネ開発
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ヒゲワシ、アイベックス、コウモリ……スイスのアルプス地域に生息する動物たちが、大規模な再生可能エネルギー施設の犠牲となる危機に瀕している。脱炭素目標と生物多様性を両立することはできるのか?科学者45人による最近の研究報告は、スキー場の活用や風力タービンの動かし方など、いくつかの解決策を提示した。
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スイスは気候目標を達成するため、大規模な太陽光・風力発電所の整備を推進している。2024年6月に国民投票で電力法が可決され、再生可能エネルギー(水力を除く)による発電量を2035年までに22年比6倍に引き上げることも決まった。
一方、連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の研究者、サシャ・ニック氏は「現在の法的枠組みでは、この導入拡大により生物多様性が犠牲になる恐れがある」と警告する。同氏の懸念は、自身が主導した研究の結果に基づいている。研究グループには再エネや気候、生物多様性を専門とする科学者45人が参加。緊急の政策勧告を含む報告書外部リンクを2024年10月に発表した。
ニック氏は「朗報がある。それは、慎重に計画を立てれば、生物多様性を危険にさらさずに再エネを大きく発展させられることだ」と語る。ただし報告書は結論として、それにはエネルギー需要と生物多様性を両立させる統合的アプローチが不可欠だと明言している。
アルプスの生物多様性
スイスは小さな国かもしれないが、アルプス山脈や森林、河川・湖をはじめとして動植物の種類の豊富さは群を抜いている。しかし報告書によると、そうした野生生物は適切に保護されていない。工業型農業やスプロール現象(無秩序な都市拡大)のほか、舗装道路による生息地の分断と土壌機能の低下がますます脅威となっている。
報告書は、冬のエネルギー不足を解消するにはアルプス山脈での風力・太陽光発電の拡大が必要だと強調する。しかし、アルプスには生態系豊かで繊細な動植物生息地が多い。実際、そうした場所の開発計画は論争を呼び、地元住民や環境保護団体による反対運動が繰り返されてきた。
報告書によれば、生物多様性への悪影響を最小限に抑えた事業、さらには好影響のある事業を優先する国家戦略が求められている。また、民主的プロセスも不可欠だ。許認可手続きは合理化、迅速化すべきだが、事業の緊急性を口実にして地元住民の関与を減らしてはならない。エネルギー開発が広く受け入れられるには、計画立案への住民参加が必要条件となる。
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スイスアルプス初 大規模ソーラーパークが起工
小さな発電所をスキー場の近くに
報告書は、ある事業を「国家的に重要」と見なすかどうかの判断に関し、これまでより小規模な開発計画を検討に加えるよう勧告した。より小型の再エネ開発に連邦予算を割り当てられるようにするためだ。たとえば小さな太陽光発電所をいくつも整備することで、大規模ソーラーパーク2、3カ所分の電力を代わりに確保できるかもしれない。立地としては、既存の観光施設やスキー場の近くなど、新規の道路建設が不要な場所や送電網に接続済みの場所が好ましい。さらに、すでにウインタースポーツ施設によって環境が破壊されている土地や、気候変動でスキーに向かなくなった土地も適している。
ニック氏は「政治家はよく、私たちは生物多様性と気候保護の二択を迫られていると言う。だが実際の問題は、再エネとスキーのどちらを選ぶのかだ」と指摘する。
風力発電と鳥・コウモリの共存
風力発電の拡大では、用地選びも重要だ。報告書の執筆に加わったベルン大学のラファエル・アルレッタ教授(保全生物学)は、風力タービンが鳥類やコウモリに及ぼすリスクを長年調べてきた。アルレッタ氏のチームは地図モデルを開発し、アルプス山脈のヒゲワシとイヌワシを調査した。そして、両種の飛行頻度が高いルートに基づき、リスクが高い区域を割り出した。特に重要なのは、良好な上昇気流がある南側の急斜面と、アイベックス(野生のヤギの一種)が多く生息する一帯だ。同氏は、渡り鳥の通り道や絶滅危惧種の鳥の繁殖地として知られる場所についても、計画づくりで考慮する必要があると指摘。「鳥類を守りたいのであれば、そうした繊細な場所への風力タービンの設置は避けるべきだ」と述べている。
コウモリについては、風速が低いときにタービンを完全に止めることで、リスクを軽減できる可能性がある。アルレッタ氏らがローヌ渓谷で実施した一連の調査によると、現地のホオヒゲコウモリやオヒキコウモリといった種は風が強いとき、地面近くを生垣などの構造物に沿って飛ぶ。つまり、タービンに衝突する恐れがある空間に入り込むのは、風速が低いときに限られるということだ。「稼働を加減することで発電量が多少減るかもしれないが、衝突のリスクは劇的に抑えられる」というのが同氏の結論だ。
ただし、生物多様性への負荷を和らげる取り組みは、新施設を慎重に計画するだけでは不十分だ。報告書は既存インフラの悪影響を軽減する必要性も指摘している。たとえば、送電鉄塔を鳥類にとって安全なものにできるかもしれない。アルレッタ氏らによる2010年の調査では、一部の中圧送電鉄塔はスイスに生息するワシミミズクの最大の死因になっていた。また、送電線の地中化や絶縁といった措置で鳥類の安全を確保できるのに、コウノトリやフクロウ、トビなどが感電で死ぬ事案も毎年発生している。同氏は「アルプスに発電所を新設する前に、こうした問題を解決すべきだ」と指摘している。
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美しいスイスアルプスでも、生物多様性は危ない?
「少しの想像力」で開発と生物多様性を両立
英ケンブリッジの環境コンサルティング企業、バイオダーバーシティ・コンサルタンシーのレオン・ベナム主任科学者は報告書を第三者として評価し、執筆者らと同様、生物多様性を開発計画に組み込むことが重要だと強調している。
「スイスが生物多様性を保全しながら再エネ拡大を目指すのであれば、個々の事業の視点で考えず、全体に目を向けるべきだ。縦割り思考に陥り、事業ごとに個別の論点ばかりを検討している状況は脱却する必要がある」
ベナム氏によれば、自然の復元・保全や社会的便益、安全保障、エネルギー生産といった事柄はすべて「シナジー(相乗効果)とトレードオフ(二律背反)」を伴う。そのため、より大局的な考え方が求められる。
しかし「依然として、ばらばらに判断を下すことが圧倒的に多い」のが現状だ。
小型分散型の発電所についても、ベナム氏は報告書と同様に有望視している。エネルギー計画を立てる際、大規模な発電所を好む国は多い。だが、小規模で地域主導型の取り組みは、生物多様性を守り、地域住民の関与を通じて受け入れ姿勢を育む力を秘めている。
同氏は「少しの想像力があれば、風力や太陽光、バイオガスによる発電所を人と動植物の両方にとって価値のある地域資産にできる」との見解を示している。
編集:Sabrina Weiss、Veronica DeVore、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:ムートゥ朋子
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