「覆面禁止」から年金増額まで 2025年スイス法改正
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スイスでは多くの新法・改正法が1年の始まりに発効する。今年1月1日には「覆面禁止法」や児童婚の撲滅、再生可能エネルギーの普及促進、大手銀行の破綻防止の法令が施行された。
1.「覆面禁止法」
公共の場で顔を覆うことを禁止する法律が1日に施行された。イスラム教のブルカやニカブの他、サッカー場のフーリガンやデモ参加者の覆面も禁じられる。違反者には最高1000フラン(約17万4000円)の罰金が科せられる。他にフランスやオーストリアなど欧州5カ国が同様に禁止している。
2021年の国民投票で賛成51.2%で可決されたブルカ禁止イニシアチブ(国民発議)を具体化した規則。例外として、安全や天候、健康上の理由で顔を覆うことは許される。芸術や娯楽、広告目的のカバーも容認される。
2.相続計画が容易に
スイスの国際相続ルールを欧州に揃えるための新法も1日施行された。在外スイス人の61%は欧州連合(EU)・欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国に住んでいるため、大きな影響を受ける。
相続においてはスイスとEUとの間で管轄権問題が生じるケースが増えている。「国際私法に関する連邦法」改正外部リンクにより、スイス法がEU法に接近する。在外スイス人・親族にとって法的確実性が高まり、相続計画が容易になる。在外スイス人協会(OSA)は改正法を歓迎する。
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3.公的年金給付額の引き上げ
物価上昇と現役世代の賃金の伸びに合わせ、公的年金の支給額が1日から2.9%増額された。スイス在住者だけでなく、国外在住者も対象だ。
保険料を全期間(男性44年間、女性43年間)収めた人の場合、最低支給額は月1225フラン(約21.3万円)から1260フラン(約21.9万円)に引き上げられる。最高額は月2450フラン(約42.6万円)から2520フラン(約43.8万円)に増える。保険料や補足給付、つなぎ給付、強制加入の職業年金も調整される。
政府は通常2年ごとに、生活費の変動に応じた年金額の調整が必要かどうかを見直す。2023年にも最低支給額が引き上げられたばかりだった。
4.銀行の支払い能力・流動性の強化
スイスは2007~09年の金融危機後、新しい銀行規制を導入した。改革の総仕上げとして、好況期に資本準備金を積み立て、危機時に取り崩せるよう銀行に備えを義務付ける。その一部が1日に発効した。
なぜ銀行法を変える必要があったのか?金融危機以前は、多くの銀行は資本が少なすぎてストレステスト(健全性審査)に合格できなかった。2008年にはスイス最大手行のUBSが破綻し、スイス政府・中央銀行は救済を迫られた。
その15年後にクレディ・スイスが経営危機に陥り、銀行の支払い能力と流動性を強化することの重要性が改めて浮き彫りになった。クレディ・スイスはスキャンダルと多額の損失を抱え、2023年3月に窮地に陥った。政府がUBSとの救済合併を仲介したことで制御不能な破綻は免れ、世界の金融システムは壊滅せずに済んだ。
だがスイスだけでなく、銀行の救済に国民の税金が使われたことを受け、銀行業界に対する規制強化の動きが広がった。
5.再生可能エネルギーの推進
スイス政府は、水力、太陽光、風力、バイオマスなど再生可能エネルギー発電の普及を加速しようとしている。そのために起草された電力法が昨年6月の国民投票で賛成68.7%で可決され、新年に発効した。
スイスは今後10~15年で、太陽光と水力を中心に再生可能エネルギーでの発電量を2022年比で約6倍に増やす計画だ。新法により、連邦政府や州、環境団体、電力供給会社がすでに合意している16の大規模水力発電の建設計画が加速する。既存の発電所13カ所も拡張され、アルプスに新しいダム3基が建設される。1基はマッターホルン山麓のツェルマット(ヴァレー州)に建設予定だ。
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6.児童婚撲滅
スイスでは1日から、児童婚の規制がより厳しくなった。国外での未成年者との結婚は、婚姻時に配偶者の少なくとも一方がスイス在住者であった場合、認められなくなった。児童婚は、当局または当事者の要請により、本人の25歳の誕生日まで無効にできる。以前は、18歳になるまでしか無効にできなかった。婚姻開始年齢が低い、または法規制が緩い国に渡航し、子どもを結婚させるケースを防ぐのが狙いだ。
スイスでは、どちらかが16歳未満の場合、婚姻は無効となる。弁護士で人権活動家のアヌ・シヴァガネサン氏によると、スイスで強制的に結婚させられる未成年者の数は過去8年間増え続けている。
7.越境労働者への課税
職場はスイスだが住まいはイタリアやフランスなど隣国、という越境労働者への課税ルールが1日から変わった。スイスの税収減を防ぐための改正だ。
スイスは、国境労働者が最も多いイタリアやフランスとの間で協定を交渉した。越境労働者によるリモートワークは、スイスで引き続き一定の上限(イタリアでは年間労働時間の最大25%、フランスでは最大40%)まで課税される可能性がある。
8.健康保険の切り替え
強制加入の基礎医療保険について、1日からは同じ保険会社であればいつでもプランを変更できるようになった。これまでは11月まで待つ必要があった。保険料の低いプランへの乗り換えを促す。
2025年の基礎医療保険料は平均6%上昇する。連邦保健庁によると、平均月額保険料は378.70フラン(約6万6000円)となる。
基礎医療保険料の上昇は家計の大きな負担となっている。連邦統計局によると、保険料の上昇が平均可処分所得の伸びを0.5ポイント押し下げている。
編集:Balz Rigendinger、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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※記事の内容に誤りがございました。訂正しお詫びいたします(2025年1月6日)。
誤:2018年にはスイス最大手行のUBSが破綻
正:2008年にはスイス最大手行のUBSが破綻
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