キャスティングボートを握る中道派
今秋のスイス総選挙で躍進しそうなのが、中道派の「自由緑の党」だ。環境と経済を重視する同党は、3月のチューリヒ州議会選挙で勝利を収め、国政選挙でも議席を伸ばす可能性がある。近年では政党間でイデオロギーの差が広がっており、自由緑の党には政党間の調整役が期待される。
国の機関に対するスイス人の信頼度を示す昨年の「心配事バロメーター」によると、連邦裁判所、警察、軍、スイス国立銀行(中銀)に対する国民の信頼度は高かった。そして連邦内閣と上下両院への信頼度は、それほど高くなかったが安定していた。
一方、信頼度がガタ落ちなのが政党だ。政党を信頼すると答えた有権者は、選挙後は半数だったが、今は4割を上回る程度だ。
連立与党間での連携欠如
私の今の考えでは、連立与党への信頼度が低いのは、与党各党が互いに協力していないからだ。社会民主党と国民党の間ではそれが常態化している。また急進民主党とキリスト教民主党は数年前から連携をやめている。
スイスのこう着ぶりを露呈させたのが、温暖化防止への早急な取り組みを求めて学生たちが行ったデモだった
スイスでは税制改革や年金制度改革だけでなく、欧州政策や温暖化防止策でもこう着状態が続く。それを露呈させたのが、温暖化防止への早急な取り組みを求めて学生たちが行ったデモだった。
中道派の華麗なる勝利
今の世間の傾向を表すキーワードは、環境派のうねり、左派の勢力拡大、女性の躍進だ。一方、チューリヒ州議会選挙で最も多く議席を伸ばしたのが、中道派の政党だったことはあまり話題にされない。中道派といっても、少数政党の立場からの脱却を長年も切望しているキリスト教民主党ではない。あっさりと得票率を5.3%伸ばしたのは、自由緑の党だ。
選挙の勝因は、「リベラルな市場経済」と「持続可能な政治」の組み合わせだろう。この二つを党綱領に掲げる自由緑の党は、今年で結成12年。得票率は約13%に達し、チューリヒ州で根強い国民党、社会民主党、急進民主党に次ぎ、第4勢力になった。緑の党は第5勢力だった。
中道派に厳しいチューリヒ州で自由緑の党が成功している理由
・チューリヒ州の政党勢力図:中道派の政党には自由緑の党のほか、キリスト教民主党、福音国民党、市民民主党がある。どれも小政党で、ときに単独行動を取る。チューリヒ州では中道派が政局のカギを握っているとは言えない。中道派を強化するには、新しい取り組みが不可欠だ。
・自由緑の党のネットワークが刷新:15年の連邦議会総選挙で敗者となった同党は、党執行部を刷新し、青年部を設立。チューリヒ州支部はさらに改革を進め、国内のロビー活動およびキャンペーン活動で多くの改革を行った。革新的な電力供給会社連盟「スイスクリーンテック」、市民に開かれた大学を目指すグループ「Science&Cité」、保守派主導のイニシアチブ(国民発議)に対抗する団体「Operation Libero」などは、同支部と強いつながりがある。
・自由緑の党の構成:チューリヒ州で誕生した「自由緑の党ラボ」は、創造性のあるプロジェクトや現代人のためのワークショップだ。スイス初の試みで、市民が政治に関するアイデアを提案し、議員や専門家がそれについて議論する。参加型政党として同党は多くの人に門戸を開いている。ラボは、無党派の若者にとっては魅力的な場であり、同党にとっては新しい人材を発掘する機会になっている。
国政選挙の傾向は地方選挙だけでは分からず
簡単に言うと、自由緑の党が今年のチューリヒ州議会選挙で勝てたのは、大政党に弱点があったからだ。温暖化対策を巡る議論の波は既存の価値感を打ち破り、大政党がこれまで貫いてきた政策に疑問符を付けた。その影響を最も受けたのが、温暖化に懐疑的な国民党だ。そして温暖化問題で派閥抗争が起きている急進民主党にも多少の影響があった。
もしこの説が当てはまるなら、自由緑の党はその後のすべての州議会選挙で議席数を伸ばしたはずだ。しかし実際はそうではなかった。ルツェルン州では前回比で2番目に多く議席を増やしただけで、ティチーノ州とバーゼル・ラント準州では1議席も獲得できなかった。
総選挙の行方は?
そのため政治学者たちは、チューリヒ州での選挙結果が今秋の総選挙で繰り返されるとは考えない。すべての州議会選挙結果と、総選挙に関する世論調査を踏まえると、自由緑の党は得票率が1.5ポイント上がる見込みだ。議席数で換算すると、国民議会(下院)では現在の7議席に3議席が加わる。これは同党独自の予想とほぼ同じだ。
そして同党が持つ本来の弱みは解消されないだろう。全州議会(上院)では議席が一つもなく、この状況を変えれそうな候補者は今のところいない。同じことが州政府にも言える。州政府に自由緑の党所属の閣僚がいる州は一つもない。
極端な多党制に新たな動き
これはスイスの現在の政党制と関係している。政治学者たちによれば、今の政党制は極端な多党制(分極的多党制)だ。各政党には独自の特色があり、あらゆるニッチを満たしているが、柔軟性に乏しい。過去20年間で唯一はっきりしていることは、政党間のイデオロギーの差が大きくなり、意見の一致が難しくなってきたことだ。そのため、調整役の中道派が度々必要とされる。
温暖化対策を巡る議論の波は既存の価値感を打ち破り、大政党がこれまで貫いてきた政策に疑問符を付けた
下院では15年の前回選挙以降、国民党と急進民主党の右派が多数派だ。その反対に、上院では社会民主党とキリスト民主党で多数派を組むことができる。
だが今年の総選挙では、これまで多数派だった政党が過半数を取れなくなる可能性が大いにある。
ただ、政治学者の中にはそれを利点とみる人もいる。なぜなら、中道派が多数派を作れる限り、極端な多党制は機能するとされるからだ。
次期連邦議会で中道派が多数派になる二つのパターンを次の通りだ。
一つ目は、急進民主党とキリスト教民主党が再び頻繁に連携し、柔軟な協力体制を上院で築くパターン。もう一つは、政党間のイデオロギーの差が下院で広がり、自由緑の党がキャスティングボートを握るパターン。この場合、同党は各勢力の間に立ち、どの勢力に加担して多数派を作るかを決める。左派では温暖化政策、右派では年金改革の推進に一役買うだろう。
執筆者
クロード・ロンシャン氏は、スイスで最も経験豊富で声望の高い政治学者およびアナリストの一人。
調査機関「gfs.bern」を設立後、定年まで所長を務める。現在も同機関の取締役会長。スイス・ドイツ語圏向けスイス公共放送(SRF)で30年間、国民投票と選挙のアナリストおよびコメンテーターとして活躍。
スイスインフォの直接民主制に関する特設ページ#DearDemocracyで毎月、今年のスイス総選挙についてコラムを執筆。
スイスの主要政党
SVP/UDC: 国民党(保守系右派)
SP/PS: 社会民主党(左派)
FDP/PLR: 急進民主党(リベラル右派)
CVP/PDC: キリスト教民主党(中道/右派)
GPS/Les Verts: 緑の党(左派)
GLP/PVL: 自由緑の党(中道派)
BDP/PBD: 市民民主党(中道派)
(独語からの翻訳・鹿島田芙美)
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