入国税、赤字抑制…スイス冬期議会の注目ポイント
スイスでは2日、冬期連邦議会が始まる。入国税や第三国からの親族呼び寄せなど、日本人にも関係しうる論点が審議される。赤字財政を禁じ手とするスイスの予算配分攻防は、債務膨張が続く日本の参考にもなりそうだ。
冬期議会は12月2日から19日まで。以下の論点が審議される見通しだ。
内政・移民政策
電子身分証明書(E-ID):スマートフォン上の身分証明書を創設する法案が、国民議会(下院)で3月に、全州議会(上院)で9月にそれぞれ可決された。データ保護やセキュリティの問題について両院で小さな差異が残っていたが、今冬期議会で解消する。連邦内閣は2026年にE-IDを導入する方針だ。
E-IDはスマホにアプリをダウンロードし、カメラで物理的IDカードをスキャンすることで作成できる。さらに本人写真をアップロードし、連邦警察の確認を受ける必要がある。作成は任意で、アルコール購入時の年齢確認や、臓器提供の意思表示、犯罪記録の電子申請がアプリ上でできるようになる。国外居住者は政府サービスや銀行サービスを受けやすくなると期待される。
入国税:議会第1党の国民党(SVP/UDC)のトーマス・エッシ議員は、オーバーツーリズム(観光公害)対策としてスイスに入国する全ての外国人から25フラン(約4200円)を徴収する案を発議外部リンクした。収入はスイスの基礎年金である老齢・遺族年金(AHV/AVS)の財源に充てる案だ。
エッシ氏はブータンの例を引き合いに出す。同国では1日当たり200ドルの観光税を徴収している。エッシ氏は発議のなかで「スイスの入国税が25フランというのは、観光客にとっては経済的に払える額だろう」と述べている。
家族の呼び寄せ: スイス住民が国外にいる家族をスイスに呼び寄せたいとき、スイス国籍者には欧州連合(EU)国籍者より厳しいルールが課されるという「逆差別」現象が生じている。主に対象となるのは、外国人を配偶者とするスイス国籍者だ。
例えばスイスに住み中国人と結婚したドイツ人は、自ら保証人になれば上海に住んでいる義母をスイスに呼び寄せることができる。住居など滞在支援も受けられる。
一方、スイス人であれば義母を呼び寄せることができない。義母がEU・EFTA(欧州自由貿易連合)ではない第三国に住んでいるためだ。成人した子どもも呼び寄せ不可だ。
下院は差別を是正する法案を可決済みだが、上院が否決した。今議会で下院が再び審議・採決する。
上院が案じるのは移民流入の増加だ。上院審議に影響を受けて下院の担当委員会にも懸念が広がっており、廃案に至る可能性も出ている。
S資格:ウクライナ難民に発効される特別在留資格「S許可証」が存続の危機に瀕している。スイスの東国境に接するザンクト・ガレン州が、同資格を完全に廃止する州発議外部リンクを連邦議会に提出したためだ。
S許可証は1990年半ば、ユーゴスラビア紛争の避難民を迅速に受け入れるため連邦政府が導入した。この制度が適用されたのは、今回のウクライナ難民が初めてだ。
しかし、ザンクト・ガレン州がS許可証を発行したウクライナ難民のうち半数が、ウクライナとは無関係の少数民族ロマ人だったと地元メディアが報じた。同州は「手厚い保護を受けるS資格がロマ人に悪用されている疑いが強い」と訴え、連邦内閣(政府)に即時の対応を求めている。
国連移民協定:2018年に採択された国連移民協定にスイスが加盟するかどうか、今期議会で審議される。両院から「参加するメリットがない」という声が上がる一方、イグナツィオ・カシス外相は国際舞台におけるスイスのイメージ低下を懸念している。
2025年予算
債務ブレーキ:冬期議会では2025年の予算編成の枠組みを取り決める。2024年は歳出入に余裕がなく、激しい予算配分闘争が繰り広げられた。
スイスの「債務ブレーキ」制度は、歳出と歳入の帳尻を合わせることを義務付ける。だが国防省は軍事予算の増額を求め、3月の国民投票で可決された国民年金の増額もまだ財源が手当てされていない。
既に決まっていることの1つは、2025年の軍事費が当初計画より約5億フラン増える点だ。両院の担当委員会はともにこれを可決している。
だが増額分の財源をどこから持ってくるかは今後両院で審議される。委員会では難民支援や連邦職員、海外開発協力費が削減候補に上がっている。
軍隊の何をどう強化するかも未定だ。連邦議員きっての国防通とされるヨゼフ・ディットリ議員(急進民主党)は、連邦内閣に「目標と戦略方向性」に関する「基本文書」をまとめるよう要求している。
ディットリ氏の要求により、スイス軍が多額の予算を要求しながら緊縮財政下の優先順位を決めるための国防理念を目に見える形に提示していない、という批判が再燃しそうだ。
開発援助予算:2025~28年の「国際協力戦略」は上下両院を行きつ戻りつしている。
下院財務委員会は開発協力よりも軍事費を増やすよう求めている。前述の「債務ブレーキ」を理由に、開発援助予算の2億5000万フラン削減を提案した。
上院も夏に20億フランの削減を提案した。両院は今期議会で削減幅や代替財源をめぐり審議を続ける。
国際的には国内総生産(GDP)の0.7%を開発協力に充てることが標準となっている。スイスは現在約0.42%を投じている。
外交・国際関係
ウクライナ支援:社会民主党(SP/PS)や自由緑の党(GPL/PVL)、中央党(Die Mitte/Le Centre)は、ウクライナ支援の増額を求めている。3党がそれぞれ下院に提出した動議外部リンクは一様に、スイスの経済規模に照らすとウクライナ支援は少なすぎると指摘した。
動議は、同規模の経済国と同じくらいのウクライナ向け人道支援を特別支出として拠出すべきだと訴える。
上院にもウクライナ向け人道支援の増額や一層の外交努力を求める動議外部リンクが提出されている。
UNRWA資金:スイスは昨年12月、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金提供の一時停止を発表し、今年5月に2024年分として従来の半額のみ拠出することを決めた。下院では今年9月、資金拠出の即時停止と2025年以降も拠出しないよう求める動議が可決された。今議会で上院が審議する予定だが、担当委員会は開会直前に結論を先延ばしにした。
対中戦略:2021年にスイスが初めて策定した対中戦略(2021~24年)の延長を連邦内閣に要求する動議外部リンクが下院で審議される。カシス外相が戦略の改定を否定したと報じられ、反発を招いた。
スイスは現在、中国と自由貿易協定(FTA)改定を交渉しているが、これも論争の種になっている。動議は、野心的な世界強国に対処するためには差別化されたアプローチが必要で、中国戦略がそれに当たると主張する。
対EU:冬期議会の最終週に、連邦内閣はEUとの二国間条約交渉の結果を発表する予定だ。
編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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