原発耐久検査、残存リスクに有効?
福島第一原発の大事故を受け、「原子力の平和的利用」に対する風当たりが世界中で強まっている。欧州連合 ( EU ) とスイスは原発の耐久検査 ( ストレステスト ) を実施し、原発の安全性を見極める意向だ。
先週、ドイツでは6週間かけてドイツ国内にある原子炉17基でストレステストが行われたと大きく報道された。この検査結果に対しドイツ政府は前向きな評価を下したが、懐疑派は驚きを隠せずにいる。
検査により、ドイツの17基の原子炉のうち4基は小型飛行機の墜落に耐えられないことが判明。ほか2基も中型飛行機が墜落した場合、想定可能な最大規模の事故に至る可能性があるという。ただし、地震時や洪水時の安全は保証された。
スイスとドイツの違い?
スイスの連邦核安全監督局 ( ENSI/IFSN ) が8年前に行った検査では、スイスの原発は飛行機の墜落に対しては安全だとされた。
「これは現在も有効で、大型旅客機の墜落に対しても安全だ」
と、連邦核安全監督局広報課のハンネス・ヘンギ氏は言う。しかし、ドイツとスイスの安全基準に大きな違いがあるのかという質問に、ヘンギ氏は答えられない。
一方、グリーンピース ( Greenpeace ) の核問題専門家シュテファン・フュグリスターラー氏は連邦核安全監督局とは見解を異にする。「飛行機の墜落に対しては安全」という評価は、ベルン州ミューレベルク ( Mühleberg ) 原発の古い原子炉やアールガウ州ベツナウ ( Beznau ) 原発の原子炉2基にも当てはまるように想定基準を「うまく調整している」とフュグリスターラー氏は批判する。
「安全対策は『十全』と伝えられた。また、これ以上の安全性の確保は期待できないと記された箇所もある」
なぜスイスの原発はドイツよりも安全なのか?
「どうしてスイスの原発はドイツの原発よりも安全だと言えるのか」
この問いに対してもヘンギ氏からは納得のいく回答は得られなかった。
グリーンピースのフュグリスターラー氏は、なぜドイツの原発は安全性に欠け、スイスの原発はそうでないと言えるのか分からないという。
「ゲスゲン ( Gösgen ) 原発はドイツのゼネコンによって建設された。この原発だけドイツとは違う規格で建てられたとは思えない」
そして、セカンドオピニオンを求めるよう提案する。
「スイスの核安全監督局は原発の安全基準をドイツと共同で取り決めるべきだ。そうすれば、飛行機の墜落に関する評価ではまったく違う結果が出るだろう」
抜き打ち検査
「まだきちんとしたストレステストは実施されていない」
と核安全監督局のヘンギ氏は言う。
「ドイツの検査報告書には、最新データはまったく使われていなかった」
EU によるストレステストの具体的な検査内容はまだ未確定だ。スイスは6月上旬のEUからの通達を期待している。
グリーンピースのフュグリスターラー氏は「ストレステスト」という言葉自体の使用を避けたいと考えている。
「ストレステストというと、緊急事態を観察するように思われがちだ。しかし、原子炉も職員も実際に緊迫した状況下に置くことはできない」
そして、ヘンギ氏は監督局の立場を明確にこう述べる。
「安全性の確保は原発の任務だ。原発が法的規則や安全規制を遵守しているかを検査することがわれわれの役目だ。原発から提出されたテスト内容は抜き打ちで検査する」
EUストレステスト
現在、EUではヨーロッパ全域で有効な原発ストレステストを審議中だ。欧州会議が再度開かれ、検査基準や実施日程について話し合われるという。ヘンギ氏によれば、スイスは西欧原子力規制者協会 ( WENRA ) の加盟国としてこの会議に出席するという。
EUのストレステストに対して、グリーンピースのフュグリスターラー氏は懐疑的だ。
「これは政治的な対立だ。フランスやイギリスのように死力を尽くしても原子力の利用を続けようという国と、原発のないオーストリアや原子力に批判的なドイツが一堂に会するからだ」
EUのストレステストは牙のない妥協の産物になるか失敗に終わるかのどちらかだろうと言う。
「より厳しいストレステストを望む国はその国ごとの判断に委ねられるだろう」
倫理委員会の設置?
どのようなストレステストが行われるにしても、残存リスクは存在する。まず、原子力利用による残存リスクの算出は難しい。また、社会が残存リスクをどれだけ許容できるかという問いも残る。こうした理由から、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、社会が許容可能な残存リスクを見極めるための倫理委員会を設置した。
スイスにはこれに相当する機関はない。
「スイスではこのような意思決定は政治レベルで行われる。つまり、国民の意思が問われる。ドイツではスイスのように国民の声が政治に直接反映されない」
とヘンギ氏は言う。
フュグリスターラー氏は基本的に倫理委員会に反対ではない。
「しかし、政治では毎度のことだが、こうした機関も偏って構成されれば悪用されることもある」
また、どの残存リスクが許容範囲内でどれがそうでないかの見極めは、民主主義であれば政治に委ねられなければならないとの意見だ。
「連邦内閣や連邦議会による一つ一つの決定事項のことを言っているのではない。社会に根ざした意思決定が重要だ」
例えば、スイスでは交通規則に関してヘルメットの着用の義務化を問う国民投票が行われた。
「原子力利用のような重要な問題の場合、連邦議会や連邦内閣は国民投票によって意思決定を行うべきだろう」
ベルン州のミューレベルク ( Mühleberg ) 原発とアールガウ州のベツナウ ( Beznau ) 原発は燃料棒保管プールや冷却機能の不具合が指摘されたものの、スイス国内にある5カ所の原発は稼働の継続を許可されている。5月5日、連邦核安全監督局 ( ENSI/IFSN ) は原発経営者に対し、地震や洪水のような自然災害に対して十分な備えがあることを証明するよう求めた。
また、ゲスゲン ( Gösgen ) 原発とライプシュタット ( Leibstadt ) 原発に対しては、燃料プールの水位と水温が緊急時に表示されないことを指摘。
原発経営者は8月31日までに監督官庁に改善措置を提出しなければならない。
さらに3通りの安全確認が義務付けられた。まず、6月30日までに、1万年に1度の大洪水にも耐えられることを証明しなければならない。
2012年3月31日までに、1万年に1度の大地震にも耐えられることを証明しなければならない。
さらに、2012年3月末までに、地震とそれに伴う原発敷地内の堰堤 ( えんてい ) の破損に対する十分な備えを証明しなければならない。これには特にミューレベルクが該当。
問題になっているミューレベルク原発の炉心シュラウドは実施されている検査の対象ではない。連邦核安全監督局は、ドイツの民間製品検査機関テュフ ( TÜV ) と同様、挿入された連結棒 は「長期稼動するには決定的な解決策にはならない」と判断した。
連邦核安全監督局はスイスの原発経営者に対し、欧州連合 ( EU ) の耐久検査 ( ストレステスト ) にも参加することを義務付ける意向だ。
( 独語からの翻訳、中村友紀 )
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