国民投票でも決着つかず スイスの賃貸借戦争
貸主vs借り主。11月に実施された国民投票では、スイスで数十年続く対立で借り主に軍配が上がった。だが戦いに終止符が打たれたわけではなく、住宅不足を背景にますますヒートアップしそうだ。
スイスは欧州の中でも賃貸住まいの割合が高い国だ。ローンを組んでマイホームを購入するよりも賃貸住宅に住むことを選ぶ国民は、全体の6割に上る。
このため、貸主と借り主の権利関係にちょうどよい均衡点を見出すのは、スイスでは骨の折れる社会問題となっている。
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スイス借家人協会(MV/Asloca)は貸主が欲張りすぎると常々批判している。対する住宅所有者協会(HEV)は、貸主が様々な規制に縛られていると訴える。
両者の対立は何十年も続いている。どちらも家賃の値上げや立ち退き、転貸を巡る現行法に満足していないようだ。
手詰まり状態
「手詰まりに陥っている」。ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)の連邦議会担当、ドミニク・マイヤー記者はこう説明外部リンクする。「過去30年、改革の試みや円卓会議はいずれも失敗に終わった。許容できる賃料などの重要問題を巡る規制は弱く、家賃は上がり続けている」。一方で住宅建設を妨げる規制ばかりが強く、住宅不足を招いていると指摘した。
主要政党が貸主・借り主の代理戦争を闘っている。左派政党は借り主の味方につき、右派政党は貸主を擁護する。
スイスで先月24日に実施された国民投票では、貸主を有利にする賃貸法改正案2件が否決に至った。1件は貸主が立ち退き要求できる要件を緩和し、もう1件は転貸規制を強化する内容だった。
法案を所管するギー・パルムラン経済相は投票後、「借り主・貸主間の消耗戦に終止符を打つべき時だ。我々はお互いを疲弊させたいわけではないはずだ」と語った。
パルムラン氏は、両陣営を和解させるための試みが無駄に終わったことへの憤りを隠さなかった。改めて交渉のテーブルに着き相互理解を深めるよう、借家人協会と住宅所有者協会に呼びかけた。
住宅不足で深まる溝
パルムラン氏は、「スイスの賃貸法は1990年以来ほとんど変わっていないのに、賃貸住宅市場の状況は大きく変化した」とも指摘した。
連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)建築・社会・建設環境研究センターのジェニファー・デュイン・バレンシュタイン所長は「現在、不動産への投資ブームや人口密度の増加、省エネ改修による取り壊しで、都市部を中心に手頃な価格の住宅が不足している。借り主・貸主間の対立が深まるのも当然だ」と話す。
ETHZ建築・社会・建設環境研究センターは現在、スイスなど欧州9カ国における住宅不均衡の改善を目指す欧州連合(EU)の研究プロジェクトに参加している。
借り主と貸主の権利に適切な均衡点を見つけることは、健全な賃貸市場を守るうえで重要だ。借り主保護を手厚くし過ぎれば、貸主が物件を貸し出さなくなったり省エネ改修を怠ったりする可能性がある――デュイン・バレンシュタイン氏はこう指摘する。
手頃な住宅を求めて
同氏は「一方で、改修工事のために賃貸契約を解除し、その後家賃を大幅に値上げする権利を貸主に与えるのも非常に問題がある。現時点でも、多くのスイスの都市で住宅危機が発生する要因の1つとなっている」とも強調した。
貸主・借り主関係が改善する兆しはほとんどない。借家人協会のカルロ・ソマルーガ会長は、国民投票で賃貸法改正案が否決されたのは「耐え難いほど傲慢」な不動産業界に対する不満の表れだと話した。
借家人協会は活動を強化する方針だ。7月には「高過ぎる家賃」を規制するイニシアチブ(国民発議)に向け、有権者の署名集めに着手した。
さらに、連邦議会が来春、貸主の家賃値上げ権限を拡大する法案を可決した場合、有権者の最終判断を問うレファレンダム(国民表決)に持ち込む構えだ。
行き詰まりを打破するには、値頃な家賃の住宅を増やすことが唯一の解決策だ、とデュイン・バレンシュタイン氏はみる。2020年の国民投票では低価格住宅の割合を新築住宅の10%に増やす案が否決されたが、同氏は同種の案を再考すべき時だと話す。
同氏によると、住宅協同組合などの非営利団体が所有する住宅は全体の5%未満。「非営利住宅を増やせば、住宅市場に直接的にも間接的にもプラスの影響を与えるだろう」
編集:Reto Gysi von Wartburg/ts、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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