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アールガウ州フリック
Gabi Vogt
アールガウ州フリック
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アールガウ州フリック
Gabi Vogt
シュヴィーツ州アインジーデルン
Gabi Vogt
シュヴィーツ州ライヒェンブルク
Gabi Vogt
シュヴィーツ州ライヒェンブルク
Gabi Vogt
ベルン州ハイリゲンシュヴェンディ
Gabi Vogt
ベルン州ハイリゲンシュヴェンディ
Gabi Vogt
ベルン州ハイリゲンシュヴェンディ
Gabi Vogt
ベルン州メーリンゲン
Gabi Vogt
ベルン州メーリンゲン
Gabi Vogt
ベルン州メーリンゲン
Gabi Vogt
ベルン州メーリンゲン
Gabi Vogt
「トブラローネ」はマッターホルンを連想させる山形のチョコレートが連なったスイスの菓子の名称だ。その菓子に形が似ているため、スイスでは戦車を止めるための対戦車障害物をトブラローネと呼ぶ。田舎では今でもまれに目にすることがある。すでに役目を終えた対戦車障害物が、スイスの写真家ガビ・フォーグトさんによって芸術的なオブジェと化した。
このコンテンツが公開されたのは、
2016/07/16 11:00
9トンの重さの石の塊からできた対戦車障害物は、戦車や軍用車両の侵入を防ぐ目的で作られた。スイスが対戦車障害物を作ったのは1930年代。当時脅威だったナチス軍の侵入を防ぐためだった。冷戦中にソ連の侵略を恐れたスイスは、第2次世界大戦後も引き続き対戦車障害物を製造した。
当時、スイスだけが対戦車障害物を使っていたわけではない。「竜の歯」とも呼ばれる石の塊は、第2次世界大戦中に仏軍のマジノ線や独軍のジークフリート線などの防衛線でも使われた。
今では軍事的用途もなくなり老朽した対戦車障害物の多くが、撤去されないまま放置されている。そんな対戦車障害物がスイスで観光名所になっている。その一つが「Sentier des Toblerones外部リンク (トブラローネの道)」だ。2700以上の戦車止めがジュラ山脈の麓(ふもと)からレマン湖まで何キロメートルにもわたって並んでいる。
ガビ・フォーグト外部リンク さんは、スイスの風景に溶け込んだ各地の「トブラローネ」をカメラに収めた。
(文・Olivier Pauchard, swissinfo.ch 翻訳・説田英香)
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このコンテンツが公開されたのは、
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