年金増額が国民投票で可決 「国への抗議の表れ」
年金増額は賛成、定年引上げは反対――。3日のスイス国民投票の結果について専門家は「(年金増額の)コストについて何の議論もなされていないのは非常に異例だ」と話す。
3日の国民投票では、年金の年間支給額を1カ月分増額する「13カ月目の年金イニシアチブ(国民発議)」が58.2%の賛成で可決された一方、年金受給開始年齢(定年)を66歳に引き上げる案は74.7%の反対で否決された。これについて調査機関gfs.bernの世論調査専門家ウルス・ビエリ氏に聞いた。
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スイス国民投票、年金増額は賛成 定年引上げは否決
swissinfo.ch :13カ月目の年金イニシアチブ(国民発議)は、驚くほど賛成票が集まった。国民の間で一体何が起こっているのか?
ウルス・ビエリ:社会政策の分野で左派のイニシアチブが受け入れられたのは初めてのことだ。しかも明確な過半数だった。その理由は、左派だけではなく、中産階級政党、とりわけ右派保守陣営にもこの提案が広く浸透したことにある。そこでは、連帯や老後の貧困を解消するという本来のイニシアチブの目的よりも、「次は私がもらう番だ」という気持ちの方が大きかった。
swissinfo.ch :そういった気持ちはどこからきたのか?
ビエリ:経済界で起こったこれまでの暴挙への抗議からだ。クレディ・スイス(CS)の破綻、管理職の給与、UBSによるCS救済、そして最近ではアクスポの救済などがそうだ。
スイスでは新型コロナウイルスのような危機や大企業には巨額の資金が投じられるのに、小市民には何の恩恵もないという認識があるようだ。そのため、国民の間では経済が利益を得、社会がその損失を甘んじてかぶるという印象が植え付けられた。特にスイスでは最近、女性の定年が引き上げられたばかりだ。今回はそうした傾向を変えたいという狙いがあった。
swissinfo.ch :今回の年金拡充は国際的なトレンドがあるのか。それともスイス独自の出来事だったとみるべきか。
ビエリ:その逆だ。欧州界隈では、私たちが今回の投票で明確に否決した定年引上げ案のような措置が、多く見られる。
swissinfo.ch :イニシアチブへの反対キャンペーンが間違っていたのか。
ビエリ:反対派の立場からすると、理想的な介入ポイントはどこだったのかという疑問が生じる。連邦議会には、イニシアチブに対する対案を採択する機会があったはずだ。しかし、議会は国民投票でイニシアチブを打ち破ることを選択した。最後に残ったのは、よく練られ、よく認知され、非常に実り豊かだった左派のキャンペーンだった。反対派のキャンペーンは認知度も低く、イニシアチブの持つ弱点についての議論を始めることもできなかった。
swissinfo.ch :13カ月目の年金案は多くの人々の支持を獲得した。アイデアが完璧だったのか。それともタイミングが完璧だったのか?
ビエリ:その両方に加え、左派労働組合が非常に優れたキャンペーンを展開したことが大きい。興味深いのは、私たちが問題点、すなわち購買力の喪失と小市民のニーズについて議論しただけで、この提案のコストについては議論しなかったことだ。これはイニシアチブでは異例のことだ。イニシアチブは通常、初期段階では問題解決策として評価され、その後で弱点が議論される。今回はそれが起こらなかった。
swissinfo.ch :イニシアチブではあえて資金調達方法に触れていない。この「穴」も成功の一因だったということなのか?
ビエリ:そのようだ。反対派は、これに関しての議論を提起し有権者の関心をリスクに向けることに失敗した。
swissinfo.ch :資金調達方法は今後対応が必要になる。議会はこれから何をしなければならないか。
ビエリ:激しい議論になる。付加価値税(VAT)の引き上げも、従業員や雇用者に対する課税も、どの財源案にしても大きなコンセンサスが得らないことは、過去の例からわかっている。
とはいえ、議会はこの明確な決定を完全に無視することはできない。左派はこの勝利を守り抜くだろう。
swissinfo.ch :今まさに定年を迎えている団塊の世代の票はどうだったのか。
ビエリ:ある影響は見て取れる。(年金増額で)より多くの恩恵を受ける人ほど、賛成が多かった。ニュアンスの違いこそあれど、年齢で投票傾向に差がある。
swissinfo.ch :ドイツ語圏とフランス語圏、都市と農村の間で投票傾向の差はあったか。
ビエリ:両方ある。賛成率という点では、フランス語圏とドイツ語圏で差があった。ドイツ語圏スイスでは、農村部と都市部の自治体で差が見られた。
swissinfo.ch :イニシアチブ反対派は国外在住者の年金に焦点を当て、国内のスイス人と在外スイス人の間に亀裂を作った。その判断は正しかったか?
ビエリ:調査では、在外スイス人女性の賛成率は、スイスに住んでいる人の賛成率をわずかに上回った。それは影響度の違いに関係している。ただその差は大きくない。(物価の安い)海外に住むスイス人が恩恵を受けているのは不公平ではないかという議論は確かに白熱したが、それも短期間だった。その後、議論は沈静化した。購買力の喪失や経済の暴挙に関する主要な議論に比べると、目に見えて重要度が低かった。
独語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子
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