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脱原発を決めたはずのスイス 原発を新設する可能性は?

原発から立ち上る煙
Keystone / Gaetan Bally

環境への配慮や国家安全保障を背景に、スイス連邦政府は原子力発電所の新設禁止の撤回を検討している。だが一度は国民投票で有権者の信を得た政策だけに、方針転換には多くのハードルが立ちはだかる。

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それは歴史に残る国民投票だった。スイス有権者は2017年、原子力発電の段階的廃止を賛成58.2%で可決した。2011年の福島第一原子力発電所事故を受けて始まった長い国内議論の結論だった。

だが事態は変わるかもしれない。投票から7年経った今、スイス政府は原発の新設を解禁する構えがあると表明した。将来の電源構成にあらゆる選択肢を残すことが狙いだ。

なぜ政府は原発の新設を解禁したいのか?

アルベルト・レシュティ・エネルギー相は先月28日の記者会見で、方針転換の背景として「パラダイムシフト」が起きたと説明。ウクライナ戦争により天然ガスの輸入に支障をきたしていることを挙げた。

レシュティ氏は欧州では特に冬季のエネルギー安全保障に懸念があると強調した。スイスが多くの電力を輸入するフランスでは、原発に技術的問題が生じている。人口増加や、訴訟に伴う再生可能エネルギー施設の建設の遅れが、事態の複雑さに追い討ちをかけた。

レシュティ氏は「2017年以降、電力市場も劇的に変化した」と強調した。昨年には2050年までに炭素中立を達成することを盛り込んだ気候変動法が国民投票で可決された。

「スイスは化石燃料の使用を実質ゼロにまで削減することを決定したが、そのためには電力生産の強化が必要だ」(レシュティ氏)

スイスの原発の数は足りている?

スイスには老朽化した原発が3基ある。これらが国内のエネルギー生産外部リンクの3割を担っている。6割が水力発電だ。

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ミューレベルク原発は2019年に廃炉作業が始まった。他の原発は寿命60年と見積もられているが、安全が保たれる限り稼働を続ける。

スイス政府は最終的に全原発が稼働を止めた時、再生可能エネルギーだけでは発電量の落ち込みを補えないと懸念している。当初はガス発電を代替策の候補としていたが、レシュティ氏は今では炭素中立目標を踏まえると「ほぼ問題外」な選択肢だと述べた。

一方、原発の新設解禁は「万が一に備えた代替案」だとも念を押した。

レシュティ氏は、中期的には水力、風力、太陽光が電力生産を増やす唯一の解決策だと述べた。だが再生可能エネルギーで長期的に十分な電力を生産できるかどうか先行きは不透明だ。新たな原発は短期的にも中期的にも「選択肢ではない」。だが「今後15年間で長期的に必要になった場合に備えて、今から(議論を)始めなければならない」と強調した。

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世界の原発の現状は?

エネルギー安全保障と気候変動への懸念から、原子力エネルギーへの関心が再び高まっている。原子力は世界の発電量の10%を占め、先進国ではほぼ20%に達する。

国際エネルギー機関(IEA)は、世界全体の原子力発電量が今年1.6%、2025年には3.5%伸び、過去最高に達すると予測外部リンクする。

ロシアのウクライナ侵攻が始まるまで、欧州の原子力発電は衰退の道をたどっていた。戦争以来、エネルギー供給の安定を目指す欧州連合(EU)加盟国が増え、原子力発電への関心が再び高まっている。EUの掲げる高い気候目標を受け、イタリアやベルギーなどはこれまでの脱原発方針を転換した。 今後数年に原子力発電の増加が見込まれるのは、フランスで原発の保守作業が完了し出力が回復することや、日本の原発再稼働、中国、インド、韓国、欧州など様々な国で新しい原発が稼働するためだ。2026年までの増加は中国とインドが牽引する。中国とロシアは原子力分野における影響力を強めており、建設中の原子炉の70%に両国が技術を提供している。

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昨年ドバイで開催された第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)では、米国、英国、フランス、日本など20カ国以上が2050年までに原子力の発電容量を3倍に増やすことに合意外部リンクした。排出量実質ゼロの達成に向けた取り組みだ。

今年3月には欧州内外から首脳・閣僚30人がブリュッセルに集まり、原子力エネルギーへの支持を宣言した。その翌月には、原子力などの低炭素エネルギーへの投資促進を特に目的としたEU電力市場の改革が欧州議会で採択外部リンクされた。

国の方針転換に対する環境団体の反応は?

スイスの環境保護団体や中道・左派政党は即座に反応した。原発の新設には膨大な建設費用と時間(15~25年)がかかると批判した。政府の「無責任な後退」は、スイスの気候目標達成に向けた再生可能エネルギーの開発を妨げる恐れがあると指摘する。

中道・中央党(Die Mitte/Le Centre)のゲルハルト・フィスター党首はドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガーで、新原発は採算が取れないと主張した。再生可能エネルギー予算を削って新原発に公的助成を与えることは「まったくもって筋違い」だと憤った。

一方、中道右派、右派政党は「合理的な判断」だとして政府の方針転換を歓迎する。スイスは2050年までに環境への配慮と電力供給の確保を両立するという難題を達成しなければならない。急進民主党(FDP/PLR)のクリスティアン・ヴァッサーファーレン議員は意義のある「正しい電源構成」だと称えた。

フランス語圏の大手紙ル・タンも社説で賞賛した。「西側諸国を含む多くの国が民生用原子力計画を再開している。たとえ最終的に原子力が今日のような中心的役割ではなく補助的な役割しか果たさなくなるとしても、わが国は自らを孤立させるリスクを冒してはならない」

近い将来、スイスに原発が新設される可能性はどのくらいある?

スイスの原発新設計画は不透明なままだ。ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)は、連邦内閣(政府)は技術、ウランの調達、廃棄物の保管、コストといった重要な問題に取り組んでいないと指摘した。

現在スイスのエネルギー会社は政治的、財政的な難局に直面しているため、具体的な新設計画は存在しない。建設は20~30年ずれこむ可能性が付きまとう。

政府は次のステップとして、2024年末までに原子力関連法の改正案を提出し、来年議会で審議できるようにする。可決されれば、再度国民投票にかけられる可能性が非常に高い。

スイスの二大電力大手BKWとアクスポ(Axpo)は原子力技術に前向きだが、新しい原発の建設には国の融資や補助金が必要になると表明している。両社とも、再生可能エネルギーの開発を加速させる方針だ。

脱原発を掲げるスイスエネルギー財団の原子力専門家ステファニー・エガー氏はロイター通信に対し、原発の新設は法改正や資金調達、認可手続きが必要なうえ、国民から反発される可能性もあり、少なくとも35年かかる可能性があると語った。一方、ポール・シェラー研究所(PSI) のアンドレアス・パウツ原子力工学科学センター長​​は、2040年までに建設に着手すれば2040年代半ばまでに稼働できる可能性があると見積もる。

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編集:Balz Rigendinger/amva、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子

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