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超富裕層への相続税50%案 スイスからの富裕層流出招く?

お墓
Keystone / Gaetan Bally

スイスで再来年以降、超富裕層への相続税を数%から50%に引き上げる案が国民投票にかけられることになった。スイスからの脱出を予告する富裕層も現れ、早くも議論を呼んでいる。

スイス社会民主党青年部(JUSO)が2022年に立ち上げたイニシアチブ(国民発議)は、スイスを納税地とする富裕層たちに衝撃を与えた。5000万フラン(約88億円)以上の相続財産に50%の税金を課す内容だ。日本では3億円超~6億円以下の相続税率は50%、6億円超では55%だ(控除あり)。

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JUSOは毎年60億フランの税収になると見積もり、これを財源に環境保護のための建物改築や再生可能エネルギーの開発、公共交通機関投資などを進めるよう求める。

通称「未来のために外部リンク」イニシアチブは、気候変動をもたらした経済活動から最も恩恵を受けているのは富裕層であり、彼らが代償を支払うべきだという論拠を展開し、有権者の署名を集めた。

この主張は広くスイス人の共感を得たようだ。今年2月初めに必要な署名が集まり、早ければ2026年に国民投票にかけられる。

潮流に逆行

超富裕層に対する相続税の大幅引き上げは、庶民の税負担を軽減するという全体的な流れに逆行する。1990年代半ば~2000年代初め、多くのスイスの州は税制改革を行い、近親者への相続に対する課税を撤廃した。

スイスには連邦レベルの相続税はない。州レベルでは、シュヴィーツ州とオプヴァルデン準州を除く全24州で相続税が課される。故人と相続人の関係も課税の有無や額を左右する。配偶者と直系子孫はほとんどの州で免税される。ほとんどの場合、故人と相続人の関係が遠いほど累進的に税率が上がる。

チューリヒ州を例に見てみよう。ウェルスマネジメント・ファミリーオフィスCentro LAWによると、配偶者および直系子孫は相続税が免除される。両親は20万フランまで、兄弟姉妹は1万5000 フランまで非課税。その他の場合は累進税率で最低2%(相続額3万フランまで)、最低6%(150万フラン超)が課される。この基本税率に死亡者との関係に応じて係数がかけられ、両親なら税率が1倍、祖父母なら2倍、兄弟姉妹は3倍、叔父叔母は5倍、血縁関係のない人は6倍になる。

ヨーロッパでも同様の流れが広がる。オーストリア、チェコ共和国、ノルウェー、スロバキア、スウェーデンは2000年以降に相続税や遺産税を廃止した。経済協力開発機構(OECD)の報告書によると、相続税に対する政治的な支持の欠如がこうした相続・遺産・贈与税の廃止の要因となった。一部の国では、税収額に対する行政負担が割に合わないことも理由に挙がった。

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こうした状況でスイスの超富裕層に対して50%もの相続税を課せば、スイスに住む産業界のリーダーたちが他国に脱出する事態を招くことにならないか?

「JUSOは私に移住を強制する」。欧州3位の鉄道車両メーカー、シュタドラー・レールのペーター・シュプーラー社長は今月、ドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガー日曜版外部リンクでこう憤った。

シュプーラー氏の資産は推定30億フランを超える。JUSOの提案が国民投票で可決されれば、シュプーラー氏の子孫は相続税として最低でも15億フランを一挙に支払わねばならなくなる。スイスの超富裕層が不安に思うのも無理はない。連邦工科大学チューリヒ校景気調査機関(KOF)の調査外部リンクによると、スイスで最も裕福な上位300人のうち6割は、相続によって財産を得た。スイスが超富裕層にとって非常に好ましい場所であるのは偶然ではない。

調査を執筆したKOFのイザベル・マルティネス不平等・公共経済研究部長はswissinfo.chに「富裕層はファミリーオフィスを通じて所得税を節税でき、個人のキャピタルゲインは個人所得税の対象にならない。確かに富裕税はあるが、超富裕層に対して所得税をかける最後の手段のようなものだ」と語った。

マルティネス氏は、相続税率50%は国際基準からするとかなり高く、逆効果をもたらす可能性があると指摘する。

「超富裕層が国外へ移住することを決めれば、スイスは相続税収と年間所得税・資産税収の両方を失うリスクがある」

シュプーラー氏が警告するのはまさにこの点だ。インタビューではシュタドラー・レールが「一攫千金を狙う中国人や海外のプライベートエクイティ(未公開株)ファンドに売却される」のを避け、50%の相続税案を免れるためにオーストリアへの移住を検討していると語った(オーストリア憲法裁判所は2008年に相続税を廃止した)。

だがマルティネス氏は、移住のような極端な対応が必要だとは考えていない。「相続した会社が利益を上げているのに、相続人が相続税を支払うために融資してくれる銀行を見つけられないという事態は想定しがたい」

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編集:Marc Leutenegger/ts、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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