米国のドナルド・トランプ新政権が始動した。大統領選では対抗馬のヒラリー・クリントン氏が得票数を上回ったにも関わらず、当選したのはトランプ氏という逆転現象が起きた。背景には、連邦主義に基づく選挙制度により、国民一人当たりの票の重みが州ごとに異なる「一票の格差」が深く関係している。一票の格差は日本でも根深い問題だが、実はスイスも似たような状況にある。
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法学博士。主に日刊紙NZZ、雑誌K-Tipp、ザルド、プレドイヤー、日刊紙チュルヒャー・オーバーレンダーで記事を執筆してきた。
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One person, one vote? – not in Switzerland
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“One man, one vote” – nicht in der Schweiz
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«One man, one vote» – pas en Suisse!
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“One man, one vote” – non in Svizzera!
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“Una persona, un voto” – no en Suiza
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“Um cidadão, um voto” – não na Suíça
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“رجل واحد، صوت واحد”؟.. ما هكذا تُـورد الإبل في سويسرا!
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都是瑞士人,选票的分量却不一样
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Один человек — один голос? Да, но не в Швейцарии!
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昨年11月の米大統領選では、クリントン氏が得票数でトランプ氏を約290万票上回ったが、獲得選挙人はトランプ氏が30州で計306人、クリントン氏が20州と首都ワシントンで計232人とトランプ氏が逆転。米大統領選は州ごとに選挙人が割り当てられ、州ごとの一般投票で1位になった候補がその州の選挙人を総取りする。結果、選挙人を多く獲得した方が当選する仕組みだ。
選挙人の数はカリフォルニア州で最多の55人、最も少ないのはアラスカ州などの3人だが、住民一人当たりの選挙人の数を比べると農村部の州の方が都市部の州より多い。つまり農村部の一票の価値は、都市部より重いということになる。
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米国の選挙制度
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スイスにも、連邦主義に基づいた人口の少ない州への優遇措置が2つある。
全州議会(上院に相当): 議員は各州から2人(準州は各1人)。人口は考慮されない。
州の過半数: 憲法改正には有権者の過半数のほかに、26の州・準州による過半数の賛成が必要(州は1票、準州は0.5票とカウント)。州の賛否は、州内の有権者の過半数を賛成すれば賛成、逆なら反対となる。このため全有権者の過半数が賛成しても、州の過半数の賛成が得られず提案が通らない「州の過半数の原則による否決」と呼ばれる現象が起きる。この原則により理論上は、スイスの全有権者のわずか9%(人口の少ない11.5州の全有権者の半数にあたる)の反対で、憲法改正の提案を拒否できることになる。さらに、スイスで最も小さいアッペンツェル・インナーローデン準州の有権者が投じる一票の価値はチューリヒ州の39倍重い。
スイスの小さな州はほとんどが農村地域だが、連邦主義が農村地域を優遇している。
都市部と農村部の違い
とりわけ問題なのは、都市部と農村部の支持政党が異なる点だ。スイスでは、都市部は左派、農村部は右派政党を支持する傾向にある。
政治学者でブロガーのサンドロ・リュッシャー外部リンク氏は、2007年から16年末までに国内で行われた投票結果について、チューリヒ市と全スイスで比較。それによると賛成票を投じた割合は両者の間で平均9.2ポイントの開きがあった。また、チューリヒ市の有権者の投票結果が反映されなかったケースは82件のうち16件(約19.5%)に上った。
都心部と農村部では投票傾向が異なるため、チューリヒ、ルツェルン、ベルン州では都市部だけを切り離して独立した準州にする案が持ち上がっている。
フランス語圏は手厚い保護
国民の一票の重みが不均衡なシステムを、スイスはなぜ導入したのか。それは1847年に起こった分離同盟戦争までさかのぼる。同戦争は、カトリック系保守派の7州が自由主義者に対抗し、同盟を結んだことが発端。内戦は死者150人を出し、保守系が敗北した。だがその後の連邦国家樹立にあたり、保守系の離脱を恐れた主流派が、少数派への優遇措置として「州の過半数の原則」を与えた。そのシステムが現在も残っているというわけだ。
公民権に詳しいザンクトガレン大のライナー・J・シュヴァイツァー外部リンク名誉教授は、フランス語圏の州の存在が大きく関与していると指摘する。同氏によれば、「1872、74年の連邦憲法改正の際、州の過半数の原則と全州議会の議席数を見直し、人口比にするべきかという議論がなされた」が、人口的に少数派のフランス語圏の州を考慮し、実現しなかったという。さらに「バーゼル・シュタット準州とバーゼル・ラント準州について、全州議会の定数を現行の1から2にし、州の過半数も2票にしようという試みはあったが、フランス語圏の州の一票の価値が軽くなるという理由で実現しなかった」(シュヴァイツァー氏)。
ただ、複数の州では人口が急増し「一票の格差是正を難しくしている」のが現状だと同氏は話す。格差の是正は国全体を巻き込む議論になる。だが、たとえ州の過半数の原則を廃止しようとしても、小さな州が反発し、憲法改正手続きで否決される可能性が大きい。
少数派を保護するべきか
小さな州やフランス語圏の州が人口比に基づく州の格付けに反対するのは、あながち間違ってはいない。これらの州が政治に求めるものが、都市部やドイツ語圏の州と異なっているからだ。
極端に言えば、多数派による独裁か、少数派による独裁のどちらを選ぶかだ。「一人一票」の下ではチューリヒ、ベルン、ヴォー、アールガウなどの人口の多い州の票が、グラールス、ジュラ、シャフハウゼン、ウーリのような小さな州を常に上回る。そうすれば案件の賛否は全人口の7割以上を占めるドイツ語圏の思い通りになる。
しかし、小さな州を優遇すれば逆のことが起こる。出口のないジレンマだ。まさにスイスのような多様性に富む国家が抱える問題といえる。
「一人一票」を支持するか、それとも少数派を優遇するべきか、どちらだと考えますか。皆さんのご意見をお寄せください。
(独語からの翻訳・宇田薫)
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一票の格差、スイスの政治学者に聞く
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「一票の格差」の問題解決に向けて、日本では政治家たちがようやく重い腰を上げ始めたが、スイスでも多くの自治体が公平な選挙制度の実現に向けて努力している。スイスは一票の格差をどう解決しようとしているのか。チューリヒ大学政治学部のダニエル・ボクスラー教授(スイス政治学)に聞いた。
ボクスラー教授は、スイスや欧州各国の選挙制度を専門とし、選挙、政党、民族政策、近年の民主主義に研究の重点を置く。これまで、一票の格差について数々の論文を執筆している。
swissinfo.ch : そもそも、完璧に公平な選挙制度というものはあるのでしょうか?
ダニエル・ボクスラー : ありえない。何が「公平」かは考え方によって随分変わるからだ。国民の間でも、政治学者の間でも、何を「公平」とするかは意見が分かれる。民主主義が機能している国の国民は、自分たちの選挙制度を公平だと思う傾向がある。ただ、それを他の国の人たちも公平と思うかどうかはまた別の話だ。
swissinfo.ch : では、スイス人が考える「公平な選挙制度」とは何ですか。
ボクスラー : 日本を例に挙げよう。日本では(昨年末の選挙で)自民党が衆議院の議席過半数を獲得した。投票した有権者の3~4割しか自民党に票を入れなかったにもかかわらずだ。
投票数の過半数を得たわけでもない政党が、議席の過半数を得て内閣を作る。このことをスイス人はかなり不公平に思うだろう。なぜなら、スイス人が考える「公平さ」とは、どの政党にも得票数に応じて議席数が配分されるということだからだ。そのため、スイスでは比例代表制が重んじられている。
「公平さ」で他に重要な基準は、自分がスイスのどこに住んでいようとも、他の人と同価値の選挙権を有しているということ。自分の一票が、他の人と同様に政党の議席配分に影響を与えるということだ。ダニエル・ボクスラー(Daniel Bochsler)教授略歴
1978年生まれ。
ベルン大学で政治学修士号取得後、ジュネーブ大学で博士号取得。
東欧や米国などさまざまな大学や研究機関に勤める。
現在はチューリヒ大学政治学部教授(スイス政治学)。
研究の重点は選挙、政党、民族政策、近年の民主主義など。swissinfo.ch : しかし、連邦最高裁判所はいくつかの自治体に対し、「公平さが欠けている」として選挙制度を改めるよう命じています。違憲判決を受けた自治体はこれにどう反応していますか?
ボクスラー : 例えば、比例代表制を採用しているチューリヒ州では、一つの自治体が一つの選挙区を形成しており、選挙区の人口の規模によって議員定数がかなり異なっている。そのため非常に小さな選挙区では、小さな政党は議席を得られなかった。
そこで連邦最高裁判所はチューリヒ州に対し、小さな政党にも議席獲得のチャンスを与えるよう命じた。また、選挙区の大きさにばらつきがありすぎることも批判した。そこでチューリヒ州は、選挙区を変えなくても最高裁の要求に応えられる「プーケルスハイム式(Doppelter Pukelsheim)」を採用することにした。
swissinfo.ch : プーケルスハイム式とは何でしょうか?
ボクスラー : 比例代表制では、各政党は得票率に応じて議席が配分される。得票率に正確に沿って議席を配分するとなると、小数点以下の値が問題になる。例えば、定数4人の選挙区でA党が50%、B党が30%、C党が20%得票したとする。正確に議席配分した場合、A党は2議席、B党が1.2議席、C党が0.8議席となるが、1.2議席や0.8議席は配分できない。そこで、小数点以下の値を処理する必要が出てくる。これにはさまざまな計算方法があるが、これまでのやり方ではいつも同じ政党に有利に働き、同じ政党が不利になるという問題があった。
プーケルスハイム式では、選挙区全体の得票数に応じて各政党に議席数を割り当て、その後、各政党が得た議席数を各選挙区に配分する。もし一つの政党が小数点以下の問題で一つの選挙区で議席を得られなかったとしても、それが他の選挙区でボーナスになるように計算されるため、得票率に応じた議席配分が州全体でできるようになっている。
swissinfo.ch : つまりこの方法では、一票の価値がどの選挙区でも同じになり、死票も減るため、民意が議席配分に反映されやすいのですね。しかし、計算方法がかなり難しそうです。有権者の理解は得られるのでしょうか。
ボクスラー : 国民の中で、新しいやり方であろうとも従来のものであろうとも、小数点以下の値の処理を理解している人はほとんどいないと言っていい。仕組みを簡単に説明すれば、国民はプーケルスハイム式を直感的に公平だと感じるだろう。プーケルスハイム式
プーケルスハイム式(Doppelter Pukelsheim)は、比例代表制の議席配分における小数点以下の値の計算方法。ドイツ人の統計学者フリードリヒ・プーケルスハイム氏が考案。
プーケルスハイム式ではまず、すべての選挙区をまとめた得票数に応じて、各政党に議席配分を行う。次に、各政党が得た議席数を各選挙区ごとに分ける。その際、各選挙区の人口の規模に応じて議席が配分される。
メリットは、選挙区を新しく区割りしなくても、一票の格差が是正される点。デメリットは、その計算方法が非常に複雑で、コンピューターを使用する必要がある点だ。
現在この方式を採用しているのは、スイスの26州のうち、チューリヒ州、アールガウ州、シャフハウゼン州の3州と、チューリヒ市とヴィンタートゥール市の2市。swissinfo.ch : プーケルスハイム式の導入後、変化はありましたか。
ボクスラー : 驚くような変化はあまりなかったが、大きな政党の議席数は若干減り、小さな政党の議席数が少し増えた。このように、プーケルスハイム式ではさまざまな政党が議会を構成するようになるが、それが議会で意見をまとめる際に良いことなのかという問題は残る。ただ、今のところスイスではこれはあまり問題になっていない。
swissinfo.ch : プーケルスハイム式は他の国や自治体でも可能ですか。
ボクスラー : ドイツでは今秋の選挙でプーケルスハイム式を初めて採用する予定だが、これを導入したのはこれまで、チューリヒ州、アールガウ州、シャフハウゼン州などのスイスの自治体だけだ。これらの自治体は皆、最高裁から違憲判決を受けている。最高裁は当初、プーケルスハイム式以外の解決策を考えていた。だが、この方式が選挙区を変える必要のない、最もエレガントで簡単な手段なため、最高裁はこの方式が各地で採用されたことに満足している。
swissinfo.ch : とどのつまり、スイスでも日本でも、公正な選挙制度を実現させられるのは、裁判所だけということでしょうか。
ボクスラー : 裁判所の役割りについては大いに議論の余地がある。選挙制度に関して憲法が侵害された場合に、裁判所が介入することはもちろん重要であるし、スイスや日本でもそれが行われている。
だが、選挙制度がどうあるべきか、どのような「公正さ」を重視するのかを決めるのは、裁判所ではなく、政治家だ。しかし、制度改革によって今持っているものが将来失われると分かれば、彼らは改革に着手しない。そうした権力者に制度改革を迫ることは、残念ながら、私たちにはなかなかできない。
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イニシアチブはスイスの直接民主制の鍵となる部分だ。これによって国内外問わず、スイスの有権者の誰もが憲法改正を提案することができる。
イニシアチブの提起はひとりで行っても構わないが、一般的には同じ関心を持つグループによって行われる。具体的に書かれた請願書に、少なくとも有権者10万人の署名を18カ月以内に集めなければならない。
連邦内閣事務局による署名の有効性が確認された後、提起された問題は議会が討議をし、賛成もしくは反対の立場を表明する。また議会が対案を出した場合には、レファレンダムの対象となる。
イニシアチブの可決には投票者の過半数および州の過半数の賛成票が必要だ。1891年の導入からこれまでに可決されたイニシアチブは22件。世紀の変わり目を境に、その数は増加している。
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