複合姓がベストアンサー? 夫婦別姓では解決しなかったスイスの試行錯誤
2013年に廃止された複合姓(ダブルネーム)制度の再導入に向け、スイス連邦議会で本格的な検討が始まった。男女同権に配慮しての提案だが、歴史を振り返ると複合姓が廃止された理由もまた男女平等だった。
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記者の姓(名字)は自身の姓の「Davis」と夫の姓の「Plüss」をハイフン無しでつなげた複合姓だ。記者がスイスで結婚したときには、複合姓は認められていた。これが変わったのは2013年の法改正だ。夫婦はそれぞれ自分の姓を自由に選べるようになったが、複合姓は認められなくなった。当時、これは男女平等への一歩として歓迎された。夫と妻を対等な立場に置いていると捉えられたためだ。
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連邦政府は2012年、改正法の施行を発表する声明外部リンクの中で、「命名権と市民権における配偶者間の平等が近づきつつある」と謳った。
しかし今、議会はこの制度を再び変えようとしている。今月14日、国民議会(下院)は複合姓制度の再導入に向けた議論を行い、導入案を法務委員会に差し戻し、さらに検討を続けることを決定した。複合姓の再導入については大方の意見が一致したが、よりシンプルなルール作りと、子どもへの適用方法をより明確にするよう付託された。
なぜ、こうした議論が交わされるのか?
スイスの姓に関する法律
これから結婚するカップルや子どもを迎える人は2013年の改正法に基づいて自身や子どもの姓を選択するが、その選択肢は限られている。それぞれ自分の姓を維持するか、配偶者の姓を「ファミリーネーム」として名乗るかの二者択一だ。例えば、もし記者が今結婚してPlüss かDavisかいずれかを「ファミリーネーム」にすると決断した場合には、その姓に記者も夫も揃えなくてはならない。
ハイフンを使った複合姓は、非公式に使うことはできるが、市民登録には記載されない。カリン・ケラー・ズッター財務相の「Karin Keller-Sutter」(Kellerは夫の姓)がそうだ。
国会で議論されている案は、ハイフンの有無にかかわらず、夫婦が単独または複合姓を選択する自由を与えようというものだ。2017年に初めて提案された議員発議で、それ以来、複数の関連委員会と下院の間で一進一退の議論を繰り返してきた。
その過程では、様々な付帯事項が盛り込まれた。例えば、現在の法案では複合姓を選択した場合、家族全員が同じ順番で名乗らなければならない内容になっている。つまり、記者の姓を「Davis Plüss」と決めた場合、娘の姓を「Plüss Davis」にはできないということだ。
一方の配偶者が複合姓を、もう一方が単独の姓を選ぶことは可能だ。複合姓の順番はファミリーネームの有無によって異なり、有る場合は前に来る。
子どもの姓になると、状況はさらに複雑になる。例えば、配偶者が2人とも複合姓を選択した場合はどうなるのか?どちらが子どもに受け継がれるのか?子どもが結婚したらどうなるのか?
スイスの一部のメディアは、現在の提案に基づけば、親は子どもの姓を4~10種類の中から選ぶことができると推算している。ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)は夫婦が自身の姓の組み合わせが一目でわかるインタラクティブなツール外部リンクまで開発した。
平等の問題
議論の焦点の1つは、姓に関する法律がどの程度平等を促進できるのか、また促進すべきなのか、だ。2013年の法改正までは、夫婦は共通のファミリーネームを名乗る必要があった。単独の姓か、記者が選択したような複合姓が選べた。しかしほとんどの場合において、夫の姓を選ぶのがファミリーネームの標準とされていた。
2013年の法改正ではそうしたファミリーネームの要件が撤廃され、複合姓は認められなくなったが、夫婦別姓が選べるようになった。これは特に女性に自身の名前を残す自由を与えることを意図したものだった。政府の声明外部リンクによれば、ファミリーネームによって家族の絆を表すことへの関心は薄れつつあった。
しかし、この法改正は予想外の結果をもたらした。ほとんどの女性が自身の姓を捨て、夫の姓を名乗ったのだ。連邦統計局の2019年の報告外部リンクによると、女性10人のうち7人が夫の姓を選択した。子どもも大半が父親と同じ姓を名乗っている。
その背景には、複合姓が認められなくなったため、家族の絆を守るには夫婦(多くの場合女性)が自分の姓か夫の姓かのどちらかを選ぶしかなくなったことが大きかった。
「単刀直入に言えば、自分の個性をとるか、家族への帰属をとるかのどちらかだ」。2021年に議会が姓の選択について議論を始めた当時、バーゼル大学の社会学者でスイスの結婚と姓について研究するフルール・ヴァイベル氏は、ドイツ語圏の日刊紙NZZに対しこう語った外部リンク。「大多数は自発的に後者(家族への帰属)をとるが、ある程度の圧力はある。それまでの慣習や伝統を投げ捨てるのは簡単なことではない」
法務委員会による最新の報告書では、結婚や出産の際に2つの姓のどちらかを選ばなければならないなどの義務が発生することは、両親の権利平等の原則に反するという懸念が表明されている。
また、現実的に不便な面も多い。子どもとは別の姓を持つ親が、子どもと一緒に国外に出る場合、その親は自分が親であることを証明する書類を提示しなければならなかった。ほかにも、外国人やスイス人が異なる法律の下(外国)で結婚した場合、例外が認められることも問題だった。
そして家族の形態もこの10年で進化した。スイスでは2022年7月に同性婚が合法化され、同性カップルも異性カップルと同じ条件で結婚できるようになった。スイスには婚姻せず事実婚を選ぶカップルも多い。離婚後や再婚後に姓を変えたい人もいる。
姓をめぐる議論
姓のあり方を見直しているのはスイスだけではない。日本では今月8日、夫婦別姓を認めない民法や戸籍法の規定は憲法に違反し無効だとして、男女12人が国を提訴した。原告側は、100年来の慣習が不平等を永続させていると主張。より多くの日本人女性が働くようになり、アイデンティティの鍵とも言える自らの姓を保ちたいと考えている。
ドイツでも昨年、夫婦と子どもの複合姓に関する規則を自由化する法律案の審議が開始外部リンクされた。
一方、姓の在り方に法があまり介入しない国もある。ブラジルでは、法律よりもむしろ伝統が姓を決めている。ほとんどの人は、母親と父親の姓を引き継ぐ。そのうちの1つを子どもに譲る。
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スペインでは、子どもは父親と母親の姓を名乗る。米国とカナダにも、名付けに関する柔軟な法律がある。カナダのほとんどの州では、女性が夫の姓を名乗ることを禁じているケベック州を除き、配偶者の姓を名乗ることも、複合姓を持つことも自由だ。
英国でも、結婚したカップルはさまざまな選択肢の中から姓を決めることができる。「Smith」と「Jones」を組み合わせた「Smones」というように、新しい名前を考え出すことさえできる。
スイスの議論はまだこれからだ。
編集:Virginie Mangin/dos、追加取材:大野瑠衣子&Geraldine Wong Sak Hoi、英語からの翻訳:大野瑠衣子、校正:ムートゥ朋子
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