米大統領選、英EU離脱、ポピュリズムにナショナリズム。これらの出来事から民主主義の終焉を感じる人もいれば、「政界のエリート」の意向に反して、市民が「本当の国民表決」を下したと見る向きもある。いずれにしても、民主主義で見る2016年が、ベルリンの壁崩壊以降、他に例を見ないほど激しい動乱に見舞われた一年だったことは明らかだ。そんな民主主義の失敗や敗北のトップ10を選んだ。
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1990年代以降、民主主義は急激な広がりを見せたが、一方で民主化が統治にまで及んでいない例も数多い。そのため、民主的な統治の長所と短所は今日、これまでにないほど明確に現れている。
特定の国家に民主主義と独裁政権の「ハイブリッドシステム」が存在するほか、欠陥のある民主主義や失敗に終わった民主主義も存在する。政治学者の間ではこのように言われているが、ここに民主主義の不足と失敗を表す16年の出来事10例を挙げてみよう。
1. 時代遅れの米選挙人制度
米国で大統領を選出するのは市民ではなく選挙人団である。これは各州で選出される選挙人から成っており、総勢538人を数える。16年の大統領選では、有権者が出した結果と選挙人が出した結果が異なった。米国史上5回目のことだ。主因は、選挙運動の焦点が選挙人のみに当てられていることと、有権者総数の過半数を得ずとも当選できることにある。何と時代遅れで非民主的なシステムだろう。米プリンストン大学の政治学者は、このまま放っておけば、米国の民主主義は、経済のみでなく政治でも権力をふるいたがる大富豪が采配を振る寡頭政治になり果てるとみている。
2. 定着した民主主義の中で行われる低水準の選挙
豪シドニー大学がはじき出す選挙完全性指数(Electoral Integrity Index)は、選挙結果に至るまでの経緯を基に世界の選挙をランクづける指数である。これによると、16年に米国で行われた選挙は100ポイント中62ポイント。世界ランクでは47位で、チュニジアやギリシャ、モンゴル、グレナダ、ポーランド、南アフリカなどの国々にも劣る順位だ。米ハーバード大学の政治学者ピッパ・ノリス氏は、米選挙制の短所として、選挙区の区分け、選挙法、選挙運動資金を挙げ、これらが政治の二極化を促進し、また一方で不正操作の防止を阻むと批判している。
3. 無秩序な選挙運動の資金調達
(民主主義)最大の弱点を選挙運動の資金調達とする見方は、国際的な支持を得ている。専門家の16年の査定によると、世界の国家法の3分の2は、資金に左右されない選挙結果を保証することができない。つまり、自由選択という民主主義の核が危機にさらされているのである。米国では運動資金調達の制約が緩和されたが、これは喜べない兆候だ。一方、スイスの議会選は他国から模範的と見なされている。だが、不透明な政党資金調達について欧州評議会から絶えず苦情が寄せられているのも事実だ。
4. 完全に失敗した選挙
16年にシリアと赤道ギニアで行われた選挙は、世界の観測筋の間で完全な失敗と見なされている。シリアの場合、失敗の原因が悲惨な内戦にあったことは明らかだ。一方の赤道ギニアでは、現大統領が1979年から統治を続け、今後も当分同じ状況が続きそうである。また、コンゴ共和国やジブチ、チャド、ベトナム、ウガンダで行われた選挙も大方失敗に終わった。一般に、民主主義の発達が遅れている中での選挙の失敗は、有権者、政党、候補者に対する登録時の制約、メディア報道の不足、中立性を保証できない選挙当局などにその原因がある。
5. 独裁色の濃い大統領制
2016年夏、トルコで軍がクーデターを試み、政権側がこれを鎮圧した。この成功を、首相は反対勢力や政治機構内の敵手、批判的なマスコミへの攻撃に利用している。目的は大統領制民主主義の確立だ。民主的な手段は遵守されるものの、独裁的な統治制度を前に民主主義の質は大きく下がる。政治学の中では、大統領制民主主義は議会制民主主義より機能が落ちると見なされている。
6. 後退する政治的・市民的自由度
リベラルな国際NGOフリーダム・ハウスの調べでは、16年には72カ国で政治的・市民的自由度が減少した。それに対し、増大したのはわずか43カ国。自由度が減少した国の数は、増大した国の数を10年連続で上回っている。下位に並ぶのは、中国やロシアのほか、近東、北アフリカ、中南米の諸国だ。経済的な豊かさと自由な政治秩序の関連性は今なお存在するが、経済が成長しても、自由はもはや政治的な努力なくしては手に入らなくなっている。
7. 多数の支援を得たポピュリズム
16年、グローバリゼーションがまずは最高潮に達したというニュースが駆け巡った。グローバリゼーションのおかげで、多数の新興国や中間層が経済的飛躍を果たした。しかし、まさにこの中間層の一部が負け組に入ったという声が、とりわけ西欧で多く聞かれるようになった。16年には右派によるポピュリズムが、愛国主義を掲げる少数勢力をかつてないほどに制したが、彼らはそんな自国民の将来への不安をうまく利用した。彼らはまた、欧州連合(EU)に対する懐疑を煽(あお)り、移民受け入れの全面ストップも叫んでいる。このような流れのピークが6月の英国EU離脱投票だった。
8. 国家のみならず市民にも主権を
EUは16年も十分民主的とは言えなかった。超国家的な出来事に関与する感覚が市民の間にまだ浸透していないことがとりわけ大きな理由だ。さまざまな危機への対策としてEUが求めているのは、社会統合の促進だ。政治理解のレベルでは、技術万能主義的な協力が大半を占めている。しかし、EUの目は片方しか見えていない。なぜなら、現代において主権を持つのは国家だけではなく、市民の主権により大きな比重がかかっているということを根本的に見落としているからだ。EUの民主化に関する議論には、この両者のつり合いが依然として見られない。
9. 超国家的レベルにおけるアイデンティティー形成の不足
米スタンフォード大学の政治学者フランシス・フクヤマ氏は、ポピュリズム的な疑念を一蹴する。彼のような自由民主主義の批判者は、その融和力の衰えを感じ取っている。自由民主主義が成果を発揮したのは、民族国家レベルの実際的な観点における、保守的で社会民主的かつリベラルな世界観の宥和(ゆうわ)にあった。だが、今日求められているのは、経済協力を超えたより深い超国家および一国家のアイデンティティーの形成だ。危機に陥ったとき、アイデンティティーがないまま新しい運動が起これば、国全体が簡単に怨恨の塊へと変貌しかねない。
10. 非民主的な青少年の模範
青少年が政治に関心を持たなくなったり、民主主義をあきらめたりしている国は多い。これは憂慮すべき事態だ。このことを考えるとき、コンピューターゲームをよく観察してみるとよい。このゲームは今や、青少年の社会化に必要な主だった任務を一手に引き受けている。本来なら、社会制度や統治制度に任せられるはずのものだ。ゲームの中では、警察や消防団あるいは病院の崩壊が多々シミュレートされ、政治機構の全体的な機能のマヒがあからさまだ。そして、それに対峙しているのはほとんど場合、新しいヒーローとなるべき強い男たちだ。
民主主義の不足を挙げたこの「16年決算」は、当然ながらネガティブな出来事しか扱っていない。それは民主主義の盛衰を述べたかったからではなく、民主主義は段階的に広がり、発展しているという認識を示したかったからである。私たちは現在、明らかに停滞期に入っている。批判することによりそれを乗り越えるのが、民主主義者が立ち向かうべき挑戦である。
(独語からの翻訳・小山千早)
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スイスの直接民主制の奇跡 ゴッタルド鉄道トンネル
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2016年12月11日、正式に運行が開始されたゴッタルドベーストンネルは、世界最長の鉄道トンネルとなっただけではなく、最も建設費のかかったトンネルでもある。総工費数十億フランという巨額のトンネル建設プロジェクトは、これまで複数回にわたり国民投票にかけられながらも、国民に承認されてきた。このトンネルの開通はまさに、スイスの「直接民主制の奇跡」とも言えるのだ。
スイスのように直接民主制をとる国では、大規模な国家プロジェクトを実現させるのは容易なことではない。国民には常に、政府、議会の決定に対して「レファレンダム」を提起することで、その是非を国民投票にかける権利が与えられているからだ。そのような政治的背景があるからこそ、今年6月、ヨハン・シュナイダー・アマン大統領が全長約57キロのゴッタルドベーストンネルの開通を正式に宣言した際は、人々の喜びもひとしおだった。
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民主主義の再出発を試みる都市
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レイキャビーク、ウィーン、ソウル、ロサンジェルス、ベルン。これらの都市は直接民主制のパイオニアだ。そして、市民の政治参加に力を入れる自治体や地域は、ここ数年間で増加の一途をたどっている。11月16日から19日までスペインのバスク自治州サン・セバスチャン(バスク語でドノスティア)で開催される現代直接民主制グローバルフォーラム2016には、ローカルデモクラシーの発展促進を目指しておよそ200人の専門家が参加する。
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ブルガリアでの国民投票、背景にはスイスの協力がある
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ブルガリアで11月6日、市民による三つのイニシアチブが初めて国家レベルで国民投票にかけられる。この国民投票の実施は、長年にわたるスイスの協力の成果でもある。
ブルガリアの首都ソフィアに威風堂々と建つ東南ヨーロッパ最大のコンベンションセンター「国立文化宮殿」。これは、長年の独裁者トドル・ジフコフの娘であるリュドミラ・ジフコフの意向で1981年に建てられたものだ。
その中の延々と続く薄暗い廊下を雨がしとしと降る秋日に歩いていると、今日まで残るジフコフの支配の精神を一層強く感じるような気がした。その建物で私が探していたのはハジ・トシュコ・ヨルダノフという名の男性だ。
重厚な木の扉が突然開いたかと思うと、小さくてふっくらとした長髪の男性が目の前に現れた。ヨルダノフさんだ。40代後半の彼は「スラヴィ・ショーへようこそ」と言いながら私を事務所の中に招き入れた。「ここを拠点に昨年、ブルガリア史上で最も大規模な署名運動を行った」と、ヨルダノフさんはまるでロックスターが今からコンサートを行うかのような調子で話し始めた。
ヨルダノフさんとスラヴィ・ショーの番組スタッフは、数カ月間でイニシアチブについて総計70万人分以上の署名を集めることに成功した。スラヴィ・ショーとは20世紀初頭から毎日放映されているブルガリアの人気トーク番組。最新のテーマについて議論が交わされる。その人気は高く、ときには視聴者の数が百万人にのぼるほどだ。
「より民主的で腐敗のない国のために全力を尽くす」と番組制作者のヨルダノフさんは言う。
ブルガリアの大統領選挙と同日に行われる11月6日の国民投票では、国民議会議員選出における多数代表制の導入、投票の義務化、政党の資金運営改革に関する三つのイニシアチブが国民に問われる。
スイスとの協働
ヨルダノフさんの事務所には50代半ばのスラヴェィア・ヒストヴァさんも居合わせていた。彼女はうなずきながら私たちの話に耳を傾けていた。ソフィアにあるシンクタンク「バルカン・アシスト(BalkanAssist)」の代表を務めるヒストヴァさんは数十年にわたり、ブルガリアの民主的な体制づくりのために尽力し続けてきた。その結果の一つとして国民投票が実現される。
「今回投票にかけられる三つのイニシアチブは、ブルガリア初の市民によるイニシアチブだ」と話すわりには、あまり嬉しそうな様子でないヒストヴァさん。「私が目指している理想までの道のりはまだ遠い」と言う。鉄のカーテンが落ち、政治が転換した後の90年代にヒストヴァさんは奨学金を受けてスイスに留学した。「常に国民が不信を抱いていない状態で、社会がどう機能するのかをそこで知った」
もうすぐでスイス滞在から20年が経とうとしている。ヒストヴァさんは当時スイスで直接民主制が実施されていることに感銘を受けた。「真の革新だ」と彼女は今日も強調する。それ以来ヒストヴァさんは、スイスの関係者たちと協力して直接民主制の推進に取り組んでいる。その際、民主主義の発展を支える活動の枠組みで最初にブルガリアを支援したのはベルン州だった。
次いでスイスの連邦外務省開発協力局(DEZA)がソフィアに支局を置き、スイスとブルガリア間の情報交換の役割を担った。「私たちは当時、地方自治体および国レベルで、ブルガリア市民に直接民主的な権利が付与されるよう尽力した」とヒストヴァさんは振り返る。
しかし、ブルガリアが2007年に欧州連合(EU)に加盟すると、DEZAはブルガリアから撤退。代わりにヒストヴァさんと、彼女の幅広いネットワークで繋がっていた民主主義の専門家たちがDEZAの仕事を引き継いだ。
このプロジェクトはスイス国民が06年の国民投票で承認した連帯基金が運営。連帯基金はアールガウ州アーラウの「民主主義センター(ZDA)」の協力のもと、およそ2年前まで数々の協同プロジェクトを継続させてきた。スイスはブルガリア以外にポーランドでも民主主義的な体制の推進に取り組んできた。地方自治体における直接民主制や電子投票の導入、当局による情報伝達の強化が主な課題だった。
ヒストヴァさんと協働していたメンバーの中には長年の活動の結果、地方自治体の代表、国会や政府のメンバーになることに成功した人もいた。
定足数を利用した非民主的戦略
(直接)民主制の強化を目指した、国境を越えての取り組みの成果は明らかだ。今日ブルガリアは、最も発展した参政権に関する法を持つ国の一つに数えられている。さらに最近公表された国民の権利に関するランキングでブルガリアは、第2位のカテゴリーに分類された。同カテゴリーにはカナダ、ドイツ、フィンランドなどの国が並んだ。
「スイスの協力なしには、それを達成できなかっただろう」とヒストヴァさん。しかし、直接民主制の指標となる国スイスは、彼女にとって「諸刃の剣(もろはのつるぎ)」だと言う。それはスイス自体の問題ではない。スイスとブルガリアの歴史的、経済的状況が大きく違うからだ。ブルガリアは相変わらずEU加盟諸国で最も貧しく、腐敗した国の一つに数えられている。そのことをスイスが浮き彫りにさせる。「こうした(ブルガリアの)現実と、その一方でスイスがより発展している現実を突きつけられることは苦しみだ」とヒストヴァさんは嘆く。
実際に長期にわたった共産主義の支配は、11月6日の選挙にも影を落とす。大統領選挙と国民投票の同時実施を規定する現行の法のもとでは、秘密投票の原則が問われる。大統領の選挙の場合、有権者は投票所で投票用紙を自動的に受け取る一方で、国民投票のための用紙は自ら別途受け取りにいく必要がある。
最も非民主的であるのは、最低でも有権者の半分が国民投票に参加しなければ、これら三つのイニシアチブは無効になってしまうことだ。というのも、参加しなかった有権者は反対票を投じたものとみなされるからだ。しかしそれ以上に憂慮すべきは、有権者が国民投票用の用紙を取りに行くことで、周囲に革新の支持者であることを自動的に暴露することになってしまう点だ。
人口数百万の大都市ソフィアではこの方式が大きな問題になることはないかもしれない。しかし、田舎の伝統的な小さな地方自治体では、そこの長が幅を利かせていることは稀でない。そして彼らは市民が政治に「口出し」することを好まない。ブルガリアの国民投票は、現代的な国民投票の姿にはまだほど遠い。
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民主主義の秘密が眠る村、アルト
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リギ山のふもとに位置する、牧歌的な雰囲気の漂うシュヴィーツ州のアルト村。この村にはスイスでも変わった政治制度がある。自治体に関する案件の是非について、有権者は村の集会で公に議論を交わす。だが、集会で票決は取らず、後日改めて投票を行うのだ。「集会デモクラシー」と秘密投票を合わせた、古きハイブリッド型制度を敷くこの村を訪れた。
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先日、ドイツのベルテルスマン基金から発表された「国民の権利」ランキング中、国民の参政権の項目でダントツの1位に輝いたスイス。だが同時に、スイスが長年抱えている弱点も容赦ない批判を浴びている。その弱点とは「金融行政における透明性の欠如」だ。
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