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「絶対に何かに携わり、偉大なことを成し遂げたいと思っていた」 スイス国鉄会長

記者会見を開くスーツ姿の女性
Keystone / Alessandro Della Valle

スイス物流大手パナルピナ(Panalpina)の最高経営責任者(CEO)を経て、現在はスイス連邦鉄道(SBB/CFF)取締役会長を務めるモニカ・リバー氏は、自らのキャリアを積むために「多くのこと」をあきらめたという。企業の執行役員会と取締役会における女性のクオータ制には反対だが、仕事の世界で平等を進めるためには、まだまだ意識の改革が必要だと考える。

リバー氏のようなキャリアを持つ女性はスイスにほとんどいない。大企業のオーナー一族の出身でもない同氏は、たゆまぬ努力を重ねトップへの階段を一段ずつ上り詰めた。

チューリヒのSBBオフィスで、職場のジェンダーバランス改善のために取り組むべき課題について、リバー氏に話を聞いた。

1959年生まれ。ザンクト・ガレン大学で経済学、経営学修士号を取得。

コンサルティングの「フィデス・グループ(現・KPMGスイス)」や農業ソリューションの「BASFグループ」でキャリアをスタートし、1991年にスイス物流大手パナルピナ(本社:バーゼル)に入社。最高情報責任者(CIO)、最高財務責任者(CFO)などの要職を歴任し、2006~2013年まで最高経営責任者(CEO)を務める。

2014年から「プロフェッショナル取締役」を専門とし、2016年からスイス連邦鉄道(SBB/CFF)の取締役会長を務める。化成品メーカー「シーカ(Sika)」の取締役のほか、チェーンIGグループ、ロジテック、スイス・インターナショナル・エアラインズ、ジュリアス・ベア、レクセル、ルフトハンザ航空の取締役も歴任。 

swissinfo.ch:SBBのジェンダーバランスに満足していますか?

モニカ・リバー:現状は悪くないですし、改善もされています。ですが完全に満足することは決してできません。終わりのない課題ですから。取締役会では役員9人のうち、すでに4人が女性ですが、執行役員会は9人中2人です。しかし結局のところ、必要なスキルをすべて備えていない女性を採用しなければならないと感じたことは一度もありません 。

従業員全体では改善が数字に表れていますか?

それは確かです。SBBの仕事は肉体労働が多く、より男性向きだと言える中で、女性の割合は2008年の13.9%から今では19%になりました。同時期に、女性管理職の割合は7.6%から16%に上がりました。

上場企業に対し少なくとも取締役会で3割、執行役員会で2割の女性登用を奨励する法律外部リンクをどう思いますか?

私は女性のクオータ制や、さらに広く言えば法律で全てを解決しようという考えには賛成しません。私の考えでは、最も重要なのは企業が女性を雇用することによる付加価値を確信することです。例えば取締役会では、女性は非常に新鮮なアプローチをもたらすことができます。私は少なくとも2人の女性取締役を置くよう、企業に強く奨励しています。そうすることである種の安心感が生まれ、より自己表現ができるようになります。

笑顔で駅のホームを歩く女性2人
スイス初の鉄道開通から175周年の記念式典に出席するモニカ・リバー会長(左)とシモネッタ・ソマルーガ連邦内閣閣僚(当時)。2022年8月9日 Keystone / Alexandra Wey

当初この法律は単なる奨励に過ぎませんでしたが、今では投資家や顧客からの圧力によりほぼ強制的です。

私が行き過ぎた法規制に反対なのは、まさにそれが理由です。上場、非上場に関わらず、企業にはるかに大きな影響を与えるのは市場の圧力だからです。

スイスに本社を置く大企業では女性取締役の多くが外国人です。利点でしょうか?それとも問題ですか?

多様性という観点では貴重ですが、ビジネス拠点としてのスイスにとっては残念なことです。この点に関して言えば、クレディ・スイスの取締役会には、会長の他にスイス人役員が1人しかいませんでした。取締役会の構成は重要です。SBBのようなスイス企業にとって、スイス人取締役の比率が高いことは重要です。ですが1つポジティブな点があることも強調させてください。現在、執行役員会の役員であるスイス人女性は、自動的に取締役候補になることです。

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一部の学術研究によれば、女性管理職の割合が高いことは、より優れた業績につながるそうです。どう思いますか?

経験から言えば、男女混成チームの方が良い決断を下すことができ、それがより良い結果につながります。経営陣に多様性があれば、それぞれが自分と他人のアイデアを比較せざるを得なくなることが利点です。

多様性とは、男女平等に限られますか?

いいえ、職業経験や国際経験、そしてSBBで言えばどの言語地域の出身かなど、人間の多様性のあらゆる側面を含みます。さらに、取締役会には経営業務の詳細を完全に把握しているメンバーがいることも不可欠です。同時に、詳細を知らない他の役員が臆することなく、予期せぬ質問を投げかけることも重要です。

世界経済フォーラム(WEF)が男女格差の状況をまとめた「グローバル・ジェンダー・ギャップレポート2024外部リンク」によると、現在のスピードでは男女平等の達成までにあと134年かかると言われています。なぜそんなに時間がかかるのでしょう?

全く驚きはありません。世界の8割の国では、女性は根本的に男性と対等な立場にあるとはみなされていません。場合によっては、学校教育さえ受けられず、夫を選ぶこともできません。これは全て、法律よりむしろ社会的な意識の問題です。米国では、いまだに中絶禁止が議論の対象になっています。

同じWEFの報告書で、スイスは男女平等ランキングで146カ国中20位です。どう思いますか?

スイスは長い道のりを歩んできました。女性が選挙権を得たのは1971年のことです。1988年までは、既婚女性は夫の同意がなければ働くことさえ許されなかった。女性の就業は歓迎されず、男性が働き、女性は家庭に留まるのが当然という社会構造は今でもある程度残っています。幸いなことにスイスは、ゆっくりとではありますが、特に意識の面で大きな進歩を遂げています。

同報告書によれば、スイスの主な弱点の一つは推定所得の格差(99位)です。その原因は?

驚くことではありません。スイスではパートタイムで働くか無就労の女性が多く、働いたとしても、低賃金や無報酬のこともあります。他の多くの国では女性が働いて家計に貢献することが不可欠なのに対し、スイスは豊かさゆえに、多くの既婚女性が家計のために働く必要がありません。

男女平等と多様性の向上に向けて、推奨することは何ですか?

何よりもまず、社会的な変化が必要だと思います。例えば、産休や育休をきっかけに3~6年ほどキャリアを中断した人の採用を、企業はもっと積極的に検討しなければなりません。また、私はリベラル派ですが、特に保育施設のコストや拡充のために国が補助することに賛成です。個人課税の導入も必須です。 SBBでは、社員は在宅勤務やパートタイム勤務が可能です。また、男女を問わずキャリア中断後の復職を目指す研修を提供しています。こうした取り組みに対し、SBBは雇用主として様々な賞を受けました。

キャリア志向の女性は女性限定の職業組織で活動することが多いようですが、良い考えでしょうか?

キャリアを築く上で人脈作りは欠かせません。ですがそれは、「スイス女性取締役サークル(Cercle Suisse des Administratrices)」や「ボードルーム(The Boardroom)」のような、女性限定の組織で行う必要はありません。

また社内での人脈作りも重要です。私はエグゼクティブ時代に積極的に人脈作りに励み、自分のことを知ってもらうことができました。男性同僚たちとサークルに参加したこともあります。 そうした積極的な社内でのネットワーク作りでは、ほとんどの場面で女性は私1人でした。同僚の女性たちは、仕事が終わると子どもの世話のためにまっすぐ家に帰らなければならず、他の同僚と飲み会を楽しむ機会がなかったのは残念でした。

キャリア志向の若い女性にはどんなアドバイスをしますか?

私のアドバイスの大半は性別に関係ありません。最も重要なのは、自分が楽しんで仕事をすること。「好きこそものの上手なれ」ですから、それがキャリアを築く最善の方法です。また、健全な自信と、何よりも強い意志を持つことが必要です。最後に、誠実で、好奇心旺盛で、物おじせずに積極的に人と接することも大事です。

私は、自分がパナルピナのCEOやSBBの会長になるとは思っていませんでした。ですが、絶対に何かに携わって偉大なことを成し遂げたいと思っていました。そのために多くのことをあきらめる覚悟はありました。例えば役員として働いていた頃は、平日に夫とランチをしたり、映画を見に行ったりする機会などありませんでした。

私は子どもを持たないと決めていたわけではなく、結果的にそうなっただけです。母親でないことを残念に思ったことは一度もありませんし、もし子どもがいたら決してこのキャリアは築けなかったと確信しています。母親とキャリアを両立させるのは今でも非常に難しいことです。

編集:Samuel Jaberg 仏語からの翻訳:由比かおり、校正:大野瑠衣子

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