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スイスの職業訓練―高校進学だけが人生ではない

元気な笑顔を見せてくれた職業訓練生のタニヤ・ゲーリガーさん(左)とデボラー・フィッシャーさん(右) swissinfo.ch

「この仕事が好きなのは、人助けができるから」。ベルンの旧市街地にある眼鏡店で見習いをしているタニヤ・ゲーリガーさん(17)は目を輝かせて言う。


大学進学に繋がる高校進学だけが人生ではない。スイスの若者の大半はわずか十代半ばで自分の道を決め、希望の職種がある会社に見習いとして入る。

 ベルンで60年以上の歴史を持つ眼鏡店「ハインツェルマン(Heinzelmann)」。ゲーリガーさんはここで、昨年8月から4年間の職業訓練を受けている。壁一面にずらりと並んだ眼鏡は、どれも色やデザインが豊富だ。「お客様に似合いそうな眼鏡を探して、喜んでもらえたときが嬉しい」

 店を訪れた客を笑顔で迎え、親切に応対する。機械を使って客の視力を測ったり、店の工房ではレンズをフレームに合うよう削る。接客や精密な手作業など、眼鏡士として学ぶことは多いが、ゲーリガーさんはやる気に満ちている。「仕事は面白いので、そんなに大変なことはない」と、頼もしい答えが返ってきた。

 職業訓練というと、親方の元、厳しい指導を受けながら一人前の職人に成長していくような古典的イメージがあるかもしれないが、スイスでは今日かなり制度化している。

 現在、スイスでは22の分野で約230種類の職種が公式に認められており、若者はその中で自分に合う職種を選ぶ。それぞれの職種には各州が管轄する能力資格試験があり、それに合格すれば職人としての第一歩を踏み出すことができる。

 どの職業にどんなスキルや知識が必要なのかは各州が定めており、どの職業訓練にも企業での見習いと職業訓練学校での授業が必須だ。そのため、ゲーリガーさんは眼鏡店での見習いと並行して、1週間のうち1日は職業訓練学校に通い、数学や物理、眼鏡の材質や技術、目の構造など理論を学んでいる。仕事に勉強にと、覚えることがたくさんあって疲れてしまわないのだろうか。「全然、疲れない。それどころか、毎日が充実していて、楽しい」。ゲーリガーさんは屈託のない笑顔を見せる。 

未来が明るい職業訓練の道

 連邦統計局(BFS/OFS)の2008年/09年の調査外部リンクによると、高校に進学して大学入学を目指す若者が近年増えてはいる。だが、ゲーリガーさんのように中学卒業後、職業訓練の道に進む若者は7割と10代の若者の大半を占め、その数は安定している。

 その背景には、労働市場に直結した知識や技術を学んだ職業訓練修了生の需要が高いこと、また、職業訓練修了生向けの応用科学大学などに進学することで、社会的・経済的地位の高い資格が得られる点がある。

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 給料はどんな教育レベルを終了したかで違ってくるものの、連邦統計局2008年の発表では、職業訓練を終了した人の給料は全国平均で月5418フラン(約47万円)、応用科学大学卒業者の平均は月7684フラン(約66万円)と高い(ちなみに、連邦および州立大学卒業者の給料平均は月8132フラン/約70万円)。

 スイス社会福祉会議(SKOS/CSIAS)発表のスイスの貧困ラインが月約2400フラン(約21万円)であることを考えれば、職業訓練を終了するだけでも社会でしっかり生きていけるだけの給料がもらえることが分かる。

職業訓練を支える社会

 さて、将来の職業を決めるのは、9年間ある義務教育のうち最後の3年間。日本でいえば中学校に当たるこの3年間には、スイスではおよそ3種類の中等教育機関がある。州によって多少違いはあるが、小学校での成績が非常に良い生徒は大学進学に向けた高校の下級クラス(中学部)に進学し、そのほかの生徒は普通中学校に進学する。勉強が非常に不得意な生徒には、実務中学校も設けられている州もある。

 普通中学や実務中学の生徒は、この中学時代に、卒業後どんな道を進むべきかを決める。その際、親や学校、州が全面サポートする。

 ゲーリガーさんの場合、すでに中学1年のときから、学校が性格診断や適性診断などを積極的に行ってきた。各州にある職業情報センター(Berufsinformationszentrum/ Offices et services d’orientation)から職員が週に1度、学校を訪問し、職種を生徒に紹介したり、生徒たちの進路相談を引き受けたりした。「数学が好きだったし、自分が眼鏡をかけているということもあって、この道を選んだ。だけど、職業情報センターのアドバイスも進路決定に役立った」

 ゲーリガーさんと同じ眼鏡店で見習いをしているデボラー・フィッシャーさん(18)も、中学時代、どの道に進むべきか悩んだという。数学や物理が好きだったフィッシャーさんは、病院での仕事や薬剤師など、医学系の職種をいろいろ考えた。ベルン州が開く職業メッセ(BAM)で多種多様の仕事を実際に見てみたり、多くの会社が行う一日体験研修に参加したりしてみた。だが、一番影響が大きかったのは父親だった。「昔から眼鏡をかけていた父が、『眼鏡士がいいよ』と勧めてくれた。最初は眼鏡士なんてどうかと思ったけれど、レンズを加工したりする手作業がすごく面白かったから、この仕事をやってみようと思った」

 無事にやりたい職種が決まっても、その職につけるかはまた別の問題だ。見習い先を見つけるには、希望する会社に自分で履歴書と志望理由書を送付しなくてはいけない。無事書類が通ったとしても、面接という関門が待ち受けている。

 10代半ばの若者にとって、自分を客観的に分析し、強みを売り込む就職活動はかなり難しいものだが、フィッシャーさんには心強い味方がいた。「学校の先生が手伝ってくれた。履歴書の書き方を教えてくれたり、自分が書いたものを直してくれた。両親もいろいろアドバイスしてくれて、感謝している」

企業が積極的に参加

 企業側もスイスの職業訓練制度を評価している。眼鏡店ハインツェルマンの店長代理ルーカス・ツアブーヒェンさんは次のように語る。「若い子が来てくれると、それだけで職場の雰囲気がガラっと変わる。確かに、見習い期間の最初の2年間は、会社として経費が余計にかかるが、3年、4年目になってくると、大事な戦力になってくれるので、会社としても助かる」

 実際、職業訓練生を受け入れようと、多くの企業が躍起になっている。連邦経財相職業教育・技術局(BBT/OFFT)の発表によれば、2011年、約7万7000人の見習い希望者に対し、職業訓練生の募集は8万1000件もある。

 そんな見習い生不足にさらに追い打ちをかけるのが、職業訓練を途中で挫折してしまう若者の多さだ。スイス中小企業連盟(SGV/USAM)の調べによれば、ベルン州では5人に1人が見習い1年目で挫折している。途中であきらめてしまった若者は、なかなかもう一度新しい見習い先を見つけようとはしないし、そうした人にやる気を出させるのも難しい。

 こうした状況を受け、スイス中小企業連盟はまず15の職種を対象に、どのくらいの成績でどの職種につけるかを比較する方法を中学校に導入するよう積極的に国や州に働きかけ、スイスの将来を担う職業訓練生を確保するための取り組みを行っている。

中等教育修了後、大学入学資格を取得できる高校か職業訓練に道が分かれるが、職業訓練に進んでも大学進学への道が閉ざされているわけではない。

職業訓練と同時(または終了後)に追加授業を受ければ、応用科学大学(Fachhochschule/Haute école spécialisée)の入学資格が取得できる。応用科学大学のカリキュラムは実践面に重点が置かれており、卒業生には学士号が与えられる。

そのほかの大学(連邦大学や州立大学)に入学するには、応用科学大学入学資格に加えて、高校卒業試験と同等の追加試験に合格する必要がある。

スイスの職業訓練は、その高度な教育レベルで世界的にも評価が高く、ほかのヨーロッパ諸国に比べ、若者の失業率は低い。

それを証明するのが、10月5日から8日にかけてロンドンで開かれた第41回技能五輪国際大会だ。スイスは金メダル6個、銀メダル5個、銅メダル6個を獲得し、トータルで韓国、日本に次ぎ3位、ヨーロッパでは1位に輝いた。

技能五輪国際大会は2年ごとに開かれ、国を代表する22歳までの青少年が、物流や建設、製造、IT、ファッション、サービス業の6部門で技能を競う。

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