トランプ相互関税、スイス時計・医療機器への影響必至 医薬品は対象外

米トランプ政権が導入する「相互関税」は、スイスからの輸入品に最大31%という大幅な追加関税を課す。スイスの高級時計や医療機器などは対米輸出額が大きく、各業界は輸出減や雇用への影響に身構える。

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米国のドナルド・トランプ政権は2日、ホワイトハウスで演説し、全世界を対象とする「相互関税」の国別税率を発表した。スイスに課される税率は当初31%とされたが、その後32%に修正。4日に再び31%に修正した。世界中の輸出業者を混乱に陥れるだけでなく、雇用や物価を通じて一般市民にも影響が及ぶ可能性がある。
スイス経済界からは強い不満の声が上がる。特に対米依存度の高い時計や精密機械、医療機器メーカーには大打撃が予想される。
ただ相互関税で生じる最終的な影響額は、世界各国が報復措置を取るか否かにも左右される。実態把握には時間がかかりそうだ。
欧州に比べて不利に
スイスに対する31%の追加関税は、他の欧州諸国よりもはるかに高い。欧州連合(EU)には20%、英国はわずか10%、ノルウェーは16%だ。
米国は税率算定の根拠に「米国製品に対する貿易障壁」を挙げ、スイスだけでなく各国が激しく反発している。だがスイスの輸出業者に課された税率は理不尽なだけでなく、近隣諸国との競争上も不利な数字だ。
機械・電気・金属産業連盟「スイスメム工業会」は、追加関税によりスイス中小企業が「米国市場を完全に失うことになる」と警鐘を鳴らす。自動車部品には全世界一律25%の関税が発動し、スイスの部品メーカーにも打撃を与える。
スイスのお家芸である時計も輸出額の約17%(2024年)を米国が占め、最大の市場だ。医療機器輸出の対米依存度も23%と高い。
医療機器メーカーの業界団体スイス・メドテックのエイドリアン・フン会長は「輸出障壁は企業を危険にさらすだけでなく、雇用やイノベーション、供給の安全性も危険にさらす」と語った。
医薬品は今のところ相互関税の対象外だが、トランプ氏は近い将来に新たな輸出税を課す可能性を示唆している。2024年のスイスから米国への医薬品の輸出額は312億フラン(約5兆3200億円)と、対米輸出のほぼ半分を占めた。
スイスGDPを0.2~0.3%下押し
販路を米国市場に依存しながら米国に生産施設を持たない中小企業にとって、相互関税は大きな脅威となる。
今後数カ月で雇用市場にダメージを与える可能性がある。スイスメムは政府に「操業短縮制度」の適用延長を求める。解雇せずに労働時間を減らす企業について、従業員に支払う賃金を国が肩代わりする制度だ。
機械メーカーの業界団体「スイスメカニック」加盟企業1300社のうち約3分の1は、相互関税が発表される前から従業員の労働時間を減らし始めていた。
スイスの失業率は2.9%と、ドイツなど近隣諸国に比べるとそれほど高くない。連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の景気調査機関(KOF)は先月、2025年の失業率は3%に上昇するとの予想を発表したが、関税の影響はまだ計算に入れていない。
労働組合の警戒心はさほど高くない。スイス労働組合連合(SGB/USS)のチーフエコノミスト、ダニエル・ランパート氏はブログで、「米国の関税は確かにスイスの輸出産業にとって厄介なものだ。だが、それを大げさに騒ぎ立てるのは不適切だ」と指摘した。
KOFは昨年10月、トランプ関税がスイスにどのような影響を与えるかについての試算を発表した。中国製品に60%、その他の国に20%の関税を課すと仮定した場合、スイスの国内総生産(GDP)伸び率は0.2~0.3%下押しされると予測した。1人当たりGDPに換算すると年200フランの損失になる。
KOFのエコノミスト、ハンス・ゲルスバッハ氏はドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)で、32%の関税による損失はさらに大きくなると語った。
のような損失は、人口一人当たり年間200スイスフランの経済損失に相当する。スイス国営放送局SRFのインタビューで、KOFの経済学者ハンス・ガースバッハ氏は、32%の関税はより大きな損失をもたらす可能性があると述べた。

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報復措置は見送り
スイスは予想外の高関税に対し、他の国々に比べ控えめな対応を取っている。
中国は世界貿易機関(WTO)に提訴したうえ、米国からの輸入品に34%の報復関税を課した。カナダも報復関税を予告している。
台湾とスペインは、米関税に打撃を受ける産業への国家助成を打ち出した。
スイスのカリン・ケラー・ズッター大統領は3日の記者会見で、米国がスイスに課した関税は「不公平な」であり、「1+1=3」のようなに計算式だと批判した。だが反射的な報復措置を取れば、経済に与えるダメージはさらに大きくなると警戒する。
連邦政府は、報復措置の決定を下す前に関税の影響を「詳細に」分析する。連邦経済省に「米国と可能な解決策の準備作業を開始」するよう指示した。
スイスは「開かれた市場、安定した枠組み条件、法的確実性に取り組んでいる」とも表明した。
フラン高が希望の光に
世界が全面的な貿易戦争に陥らない限り、スイスは米国の相互関税の影響を吸収できる――、EFG銀行のチーフエコノミスト、シュテファン・ゲルラッハ氏はswissinfo.chにこう語る。
足元のフラン高・ユーロ安により、スイスの輸出品はユーロ圏の競合に比べ優位な立場にある。またスイス製の高級品に対する世界の需要は根強く、価格が上昇しても維持されるとの見方だ。
「スイスの輸出品全般、特に高級品は価格変動にそれほど敏感ではない。製造業者は欧州など他の国に輸出先をシフトすることで、米関税の影響を抑えることができる」
ゲルラッハ氏はまた、輸入品の価格上昇は米国の消費者に転嫁されるとみる。だが「貿易の混乱がデフレ効果をもたらす公算が大きい。それにより、世界の経済成長が縮小する可能性がある」。
「最悪のシナリオでは、国際的な報復関税の激化が世界的不況を引き起こし、スイスのような輸出依存国に深刻な結果をもたらす可能性がある。しかし、現時点ではそのような状況には程遠い」
世界貿易機関(WTO)は3日、米国の相互関税は2025年の世界貿易額を約1%押し下げるとの推計を発表した。
※2025年4月5日、ホワイトハウスによる再修正を受け、スイスに対する関税率に関する記述を修正・追記しました。
編集:Marc Leutenegger/ts、英語からの翻訳:ムートゥ朋子

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