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時計業界でも進むジェンダーレス

映画「マスキュリン・フェミニン」のワンシーン
ジャン・リュック・ゴダール監督の映画「マスキュリン・フェミニン」のワンシーン。これまで男性優位だった時計業界に変化が訪れている 1966/Columbia Pictures

ファッション界はジェンダーのステレオタイプから着実に脱却しつつあり、男性と女性の境界線を曖昧にしている。時計業界も「メンズ」「レディース」という伝統的なカテゴリーを維持するべきか、選択を迫られている。

「シルベスター・スタローンの時計はオードリー・ヘップバーンには似合わないだろう」。時計ブランド、ベル&ロスの共同創業者でクリエイティブ・ディレクターのブルーノ・ベラミッシュ氏は言う。「メンズ・レディースファッションの理想形の話ではなく、単にこの2人の米国人俳優の手首のサイズが違うためだ」

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だがこれまでファッション業界に起きた数々の革命にみなぎる抵抗力の強さを、ラミッシュ氏は忘れている。男性の服を拝借し、女性用の小さな腕時計を好まなかったココ・シャネルを思い出して欲しい。言うまでもないが、ココ・シャネルの時代の男性用腕時計は、現在の女性用時計と同サイズだった。

パネライの「ルミノール・サブマーシブル1950」
シルベスター・スタローンが所有し、映画「エクスペンダブルズ2」で着用したパネライの「ルミノール・サブマーシブル1950」。今年6月4日、ニューヨーク・サザビーズのオークションに出品された KEYSTONE

今ならスタローンはより小さなモデルを選ばざるを得ないだろう。2000年代に流行した特大ケースの腕時計は姿を消した。滑稽なまでに誇張された男性らしさは、もはや時代遅れになった。

時計は「セクシー」であってはならない?

オーデマ・ピゲ「ロイヤル・オーク」
今年5月3日、ニューヨーク・クリスティーズのオークションに、F1レーサーのミハエル・シューマッハ氏所有のオーデマ・ピゲ「ロイヤル・オーク」が出品された Afp Or Licensors

例えばヌーシャテルの有名な時計ブランド、ゼニスのCEOを務めたジュリアン・トルナーレ氏はその在任中に、明らかに「マニッシュ」な見た目のモデルを段階的に減らしていきたいと述べ、「自動車業界ではすでにこの区別はなく、時計製造もそうなるだろう」と予想していた。

トルナーレ氏は、今年新たにCEOに就任したタグ・ホイヤーでこの戦略を進めている。ウブロを率いるリカルド・グアダルーペCEOも同じ考えを持つ。「ウブロの顧客は男性の割合が高いが、性別でモデルを分けることはやめた。異なるサイズ展開でコレクションを用意し、多様な選択肢を提供する」

ユニセックスの時計や、より客層を絞った特別コレクションに注力するほかにも、時計ブランドは今、「選択の自由」というコンセプトを発信したいと考えている。カルティエのシリル・ヴィニュロンCEOは、時計製造初期には「レディース」「メンズ」の区別は存在せず、時計を「フェミニン」にも「マニッシュ」にするのも、それを身に着ける人次第だったと振り返る。

同氏はまた、性別でスタイルを厳格に分ける時代は終わり、時計ブランドはもはやその好みを押し付けるべきではないと考えている。「誰がどのカルティエを着けるべきかを決めるのは私たちの仕事ではない。人々に自由な選択肢を与え、その選択肢を可能な限り広げることが私たちの仕事だ」

女性用ブレスレット時計
プラチナにダイヤモンドをあしらったブローバの女性用ブレスレット時計 Credit: Rene Paik / Alamy Stock Photo

一方で、「レディース」ブランドのトップたちは、この考えにあまり前向きではない。ブルガリ時計部門のマネージング・ディレクター、アントワーヌ・パン氏は、「『アセクシャル(無性愛)』な時計を目指すこの動きはあまり理解できない」と言う。「時計は『セクシー』であってはならないという意味なのか?」

シャネルやハリー・ウィンストン、ディオール、ショパールといったブランドでは、メンズ・コレクションの展開が少ない。主に女性客をターゲットにしているこれらのブランドは、男性も着けられるユニセックスモデルに苦心する必要はない。

コンプリケーションに代わるダイヤモンド

長い間、女性向けの時計はシニカルな作りだった。男性用時計に似せた小さ目のモデルで、機械式の代わりにクォーツ・ムーブメントを搭載し、ダイヤモンドが施されていた。

シルビア・クリステルとイヴ・G・ピアジェ
俳優シルビア・クリステル(右)の腕に最も高価な男性用腕時計を着けるイヴ・G・ピアジェ(左)。1982年2月20日、サン・モリッツにて Keystone

恐らくムーンフェイズを除けばレディースウォッチに特別なコンプリケーション(複雑機構)は必要なく、女性は機械式時計の巻き上げよりも電池を好むというのが通説だった。さらに、小型モデルにはコンプリケーションを搭載するスペースがあまりない。過剰なダイヤモンドの装飾は、そういった技術的な簡素さを補うものだった。

ジュネーブ時計グランプリ(GPHG)は、コンプリケーションの有無にかかわらず、「メンズ」と「レディース」の部門で受賞者を表彰する。2013年に新設された「レディースコンプリケーションウォッチ賞」は、時計業界に1つの転機をもたらした。

妖精、花、小鳥

だが、どのコンプリケーションが最も適しているかは依然として議論の余地がある。2010年、ヴァンクリーフ&アーペルが2人の恋人が橋の上で出会うシーンを表現した機械式時計「ポン・デ・ザムルー」を発表した。2010~2024年まで同ブランドのCEOを務めたニコラ・ボス氏は、「時計の複雑機構は精度を追求するものであるという事実を後回しにして、作品の芸術的価値に目を向ける必要があった」と語る。

ヴァンクリーフ&アーペルの時計技師たちは、まさに「ポエティック・コンプリケーション」という定義を生み出し、花が咲き誇り、小鳥が羽ばたき、妖精が魔法の杖を振るような作品への道を切り開いた。

前回のGPHGでは、審査員を務めた北欧の時計専門家、クリスチャン・ハーゲン氏がレディースコンプリケーションウォッチ賞を非難し、疑問を呈した。「複雑時計は複雑時計だ。なぜレディースとメンズのカテゴリーを分ける必要があるのか」

小さなトゥールビヨン

「ポエティック・コンプリケーション」の存在は、ロマンティックな装飾がなくても女性は技術を評価できるのかというある種の疑念を反映している――ハーゲン氏のこの仮説は的を射ているのかもしれない。技術が装飾のために使われることは、時計製造の純粋主義者にとっては議論の余地がある。

その一方で、伝統的な複雑機構もまた実用的な役割を失っている。かつて複雑機構のトゥールビヨンは重力の影響を補正するものであり、ミニッツリピーターは暗闇で時刻を知らせるものだった。今日、正確な時刻はスマートフォンで簡単に分かるが、だからといって複雑機構が不要になるわけではない。時計製造の芸術が生み出す美が損なわれることはないのだ。

ブルガリのレディースウォッチ
ブルガリのアイコニックモデル「セルペンティ・セドゥットーリ」 Bulgari

ブルガリのジャン・クリストフ・ババンCEOは、「トゥールビヨンにはもはや実用的な役割はない。だが時計製造芸術における『宝石』であることに変わりはない」と話す。ブルガリのアイコニックなモデル「セルペンティ」には、極小のトゥールビヨンが組み込まれている。「ブルガリの時計は、女性が正当にこの『宝石』を身に着けることを可能にする」

拡大し続ける客層

今日、時計ブランドの顧客に占める女性の割合は着実に増え続けている。女性は、自分の好みに従い、何が「レディースウォッチ」であるべきか自分自身の解釈を持っている。

高級時計専門のオンラインマーケット、「クロノ24(Chrono24)」によれば、ケースサイズが40㎜以上の高級時計を購入する女性の割合は、2019年1月の21%から2023年12月の35%へと増えた。価格帯1万~2万ユーロ(約179万~358万円)の時計を購入した顧客のうち59%が女性だったことも注目に値する。

ジャーナリストのエリザベス・シュローダー氏は「クロノ24マガジン」の記事で、「女性の方が長方形や正方形など型にはまらない形状の時計に抵抗がない」と指摘している。概して丸形の時計を好む男性とは対照的に、女性は消費者としてより大胆であることを示しているようだ。

管理職の女性は少数派

だが、よりインクルーシブでよりステレオタイプにとらわれない時計産業に移行するためのカギは、別のところにあるかもしれない。今では女性が自分で時計を購入するようになったとはいえ、大半の時計は男性がデザインしたものだ。スイスの時計産業雇用主連盟(CPIH)によれば、時計製造業界で女性が管理職に就いている割合はわずか17%だ。

女性時計職人
ブザンソンの時計工場で働く女性。1908年 Jacques Boyer / Roger-Viollet

だが、289コンサルティングの創設者、マリーヌ・ルモニエ・ブレナン氏は、伝統的に男性優位だったこの業界に変化を感じている。「近年はジャガー・ルクルト、ショパール、オーデマ・ピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタン、ウブロ、タグ・ホイヤー、ハリー・ウィンストンで戦略的ポジションに女性が就任している。CEOやプロダクト・ディレクター、デザイナー、ムーブメント・マネージャーとして活躍し、時計業界が女性のためにデザインした製品展開に向けて発展するよう貢献している」と話す。

その一例として、2011年にアレクサンドル・ボールギャール氏がジュネーブに設立した時計ブランド、ボールギャールを挙げた。同ブランドは、設立当初からジュエリーと複雑機構を融合させた時計作りを目指している。ブレナン氏によると、「女性のためだけに作られた独立系高級時計ブランドは史上初」だ。

編集:Samuel Jaberg、仏語からの翻訳:由比かおり、校正:ムートゥ朋子

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