氷河特急事故 スピードの出しすぎが原因
7月30日、連邦政府の鉄道船舶事故調査委員会 が発表したところによると、23日に起こった「氷河特急」の脱線事故の原因は、運転士がスピードを出しすぎたためだったと断定された。
事故が起こった付近は、最高許容速度が時速35キロで、カーブを曲がりきったところで時速55キロまで上げることが許されていたが、運転士の加速が早すぎたという。
運転手の判断ミス
鉄道船舶事故調査委員会 ( UUS ) のヴァルター・コベルト氏は、天気、風速、車両、線路については全く問題がなかったが、電車のスピードに問題があったと指摘。運転手がカーブを規定以上の時速56キロで走った記録が残っていたと明らかにした。現場は緩いカーブから直線に移行しており、カーブでは時速35キロ、その後直線路に全車両が進入し終えた後に時速55キロに加速すべきところ、運転士の加速が早すぎた。そのためまず6両目がカーブの地点で脱線し、4、5両目を巻き込んだとコベルト氏は発表した。
マッターホルン・ゴッタルド鉄道には98人の運転士が働いているが、事故を起こした運転士は「氷河特急」で8年間の運転歴があり、これまで1度も事故は起こしていないという。制限速度を超えて運転したことについては
「絶対に許されないことである。なぜ制限速度を超えたのかは、いまのところ分からない」
と最高経営責任者 ( CEO ) ハンス・モーザー氏は語った。
急がなければダイヤ通りに運行できなかったため、運転士にしわ寄せが行ったのではないかという批判についてモーザー氏は
「確かにアルプス縦断鉄道 ( NEAT/NLFA ) が開通してからダイヤはタイトになっているが、ダイヤ通り運行する余裕は十分にある。事故後もダイヤを変更することは考えていない。なぜ ( 早期に ) 加速したかという理由を分析した後に判断する」
と語った。
安全に対する認識の違い
事故は23日昼過ぎスイス、ヴァレー/ヴァリス州のフィーシュの手前で起こり、6両編成の「氷河特急」の後方3両が脱線した。210人の乗客のうち、28人の日本人を含む40人が重軽傷を負い、日本人女性1人が死亡。 現在、8人が地元ヴァレー州の病院やローザンヌ、ジュネーブ、ベルンなどの病院に入院しているが、このうち3人は来週にも退院し帰国する予定だ。また、まだ入院 中の1人は、人工呼吸器が外され来週シオンからローザンヌ大学病院へ移され、ベルン州立病院に入院している1人は集中治療室 ( ICU ) から普通病棟へ移され た。ローザンヌ州立病院に入院している1人は、人工呼吸を受けているが状態は安定しているという。
マッターホルン・ゴッタルド鉄道 ( MGB ) は事故車両を線路から撤退した後、3度の試験運転で安全性を確かめた上、事故のあった地点で鉄道船舶事故調査委員会が認めた時速15キロより遅い、時速10キロにスピードを落として、25日から運行を再開した。この運行再開をマッターホルン・ゴッタルド鉄道会長、ジャンピエール・シュミット氏は
「車両やインフラに欠陥がないことが24日夜には分かっていた。『氷河特急』が走っている路線は、一般の鉄道にも連絡しており、公共交通を長期間止めることはできなかったため、政府の承認を得て運行を再開せざるを得ない状況だった」
と説明した。
この早期の再開に対し、事故の対応のため東京からジュネーブに出向いている全日空 ( ANA ) のグループ会社「ANAセールス」の広報担当者は
「事故の原因が解明されないまま、また、防止対策も取られていないにもかかわらず、運行を再開したことは全く理解できない」
と語っている。事故にあった列車にはANAセールスの企画した観光客のグループが乗っていた。
最大の謝意を示す
一方、スイスのドリス・ロイタルド大統領とミシュリン・カルミ・レ外相はそれぞれ26日夕方、日本政府と岡田克也外相に宛て哀悼の意を伝える書簡を送っている。
シュミット氏は記者団に向けて
「氷河特急80周年のこの年に、このようなことが起こり申し訳ない。今も昔もまた将来も『安全第一』という会社の信条は変わらないが、今回は非常に恥ずかしい思いだ。日本の旅行者をはじめとする乗客に対しても謝りきれない」
と語り、記者会見の場であらためて公式に謝罪した。
また、27日には被害者の遺族に哀悼の意を伝えたことを明かし
「このように深い悲しみにくれたご遺族にお会いしたことは初めてだ。ご遺族の紳士的な態度に心を打たれた」
と述べた。遺族、負傷者についての賠償は、私鉄8社共通の保険会社を通じて最大のことをすると語り、また今後も被害者とは緊密な連絡を取って行くと結んだ。
日本人の遺族や負傷者への 接し方については、スイス観光政府の東京支店から現地に向かったロジェー・ツビンデン氏が、短時間ながらマッターホルン・ゴッタルド鉄道に直接指導したという。スイスと日本の違いに ついてツビンデン氏は
「今回のような事故があった場合、事故後短時間で列車が運行を開始すれば、普通のスイス人なら安全だからだと判断するだろう。 しかし、日本人は違う考えを抱く。死者まで出した事故で、2日後に運行を再開するなどといったことは考えられない。しかも原因が究明されていないのにと思うのだろう」
とスイス人と日本人の考え方の違いを語った。
里信邦子 ( さとのぶ くにこ ) 、ブリークにて、swissinfo.ch
7月23日12時頃、コンシュ谷 ( Conches ) のフィーシュ ( Fiesch ) のすぐ手前で、氷河特急の全6両のうち後部3両が脱線転覆する事故が発生。傾斜部だったため、脱線した後部3両のうち第6両目はほとんど転覆した状態となった。コンシュ谷では、6月にもバスの事故が発生し、2人のカナダ人が死亡した。しかし、今までこのような惨事につながる鉄道事故は発生したことがなく、時速30kmの低スピードで走る安全性の高い「氷河特急」の脱線事故は、関係者や地元の人々にも深いショックを与えている。
現在の会社は二つの私鉄が2003年に合併してできたが「氷河特急」は1930年6月25日に運行された。
2009年の業績
売上 9229万5000フラン ( 約76億円 )
利益 103万3000フラン ( 約8800万円 )
バランスシート1億7692万7000フラン ( 約147億円 )
乗客1人当たりの収益 0.38フラン ( 約32円 )
1930 年6月に開通。サンモリッツとツェルマット間の約270kmを約7時間半で結ぶ。橋291 カ所、トンネル91カ所、最高標高2044mの峠を走るこの列車は、世界で最もゆっくり走ることでも有名。1982年までは夏しか運行されていなかったが、フルカ峠のトンネル完成により、1年を通じて運行されるようになった。
開通当時から食堂車が付いており、1980、90年代には、景色を十分に味わってもらうためパノラマ車両が登場し、人気はさらに高まった。
氷河特急は、ユネスコ世界遺産のベルニナ鉄道、ゴールデンパスと並びスイスの3大鉄道として知られ、鉄道ファンには人気があるため、観光ルートとして組み込まれることが多い。
( 主な出典 : 氷河特急 のホームページ )
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