記録的な労働力不足 スイスの対応は?
他の先進国と同様、スイスも多くの業界が深刻な人手不足に直面している。海外の熟練労働者を雇えば大部分を補えるが、移民の増加には反発もある。国内の潜在的労働力も生かすなど、対応法を模索中だ。
スイスでは昨年末に求人件数が12万人分を超え、連邦統計局(BFS/OFS)が2003年に集計を始めて以来最多を記録した。これはスイスに限った現象ではなく、全世界の企業の75%が採用難を訴えている(米人材サービス大手マンパワーグループ調べ)。
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スイスで人材確保に苦しむセクターは、ホテル・外食産業、工業、IT、建設、医療、物流まで多岐にわたる。スイス被雇用者連盟のシュテファン・シュトゥーダー会長は「全ての産業部門が同じようなスキルを求めて競争している。コンピューター科学者や宅配ドライバーは引く手あまただ」と説明する。
こうした採用難の一因として、パンデミック後に景気が急回復したことが挙げられる。また、コロナ禍で厳しい労働実態が浮き彫りになったホテル・外食産業や看護・介護産業などでは、多くの被雇用者が業界を去り、異なる職種へとシフトしている。
採用活動を巡っては、目下の人手不足以外にも雇用者を待ち受ける難題がある。人口の高齢化とベビーブーム世代の定年退職だ。企業は今後数年間、労働市場の劇的な変化への対応を迫られるだろう。
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そんな中、スイスでは移民が再び増えつつある。失業率は過去20年で最低水準にあり、労働市場は求職者に有利。新型コロナウイルス感染対策も全て撤廃されており、移民の増加は自然な流れと言えるだろう。ジュネーブ大学の人口統計社会経済研究所のフィリップ・ワナー教授は「自国の外で仕事を探す人々にとって、スイスは欧州で最も魅力的な国に名を連ねる」と話す。「シビアだが欧州他国よりも賃金の高いスイスの労働市場で、こうした求職者は仕事を見つけている」
「人の自由な移動に関する協定」が適用される欧州連合(EU)や欧州自由貿易連合(EFTA)出身の労働者は、スイスの労働市場へ容易にアクセスできる。とはいえ、欧州他国の熟練労働者を巡る争奪戦は、激しさを増す一方だ。
特に競争が激化しているのが医療分野だ。深刻な医療従事者不足を改善すべく、スイスの病院は外国での採用活動に力を入れる。しかし、ポーランド人スタッフをあっせんする「カレネア」のグラツィナ・シャイヴィラー氏は「ポーランドでさえ、スイスへの移住に乗り気な人材を探すのは難しい」と話す。
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一方、非欧州諸国の求職者にとって、スイスでの就労は今もなお狭き門だ。欧州外、いわゆる「第三国」出身者の場合、高度な資格が必須条件となる。雇用主は、スイス国内とEU・EFTAの労働市場で同等の資格を持つ人材を見つけられなかったことを証明しなければならない。更に、その雇用がスイスとスイス経済の利益につながることも条件だ。また、第三国出身者の労働許可証は、発行数に上限が定められている。
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労働許可証
過去最多の求人数をもってしても、移民がスイス国民の仕事を奪うのかという問いは、今も政治的論争の的だ。移民がインフラと環境に及ぼす影響も、一部の政治家からしばしば批判の声が上がる。保守系右派はこの点を、今年10月22日の連邦議会総選挙に向けたキャンペーンの主要なテーマに位置付けている。
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移民の増加で白熱する議論を受け、海外の労働力に頼らず人手不足を補う方法も提案され始めた。経済界は、国内の潜在的労働力を優先して活用したい考えだ。その筆頭候補に挙がるのが女性で、現状は欧州最多水準の6割近くがパートタイムで働いている。
国内の若者や高齢者、生活保護受給者にも白羽の矢が立っている。スイス社会保障会議(SKOS/CSIAS)とスイス継続教育協会(SVEB/FSEA)はこのほど、生活保護受給者向け継続教育の推進強化を決定。労働市場への復帰を優先してきたこれまでの方向性から一転した形だ。同協会のマティアス・エービッシャー会長は「これまでの経験から、スキル向上により労働市場への参加をより持続可能なものにできることが分かった。これは、社会福祉におけるパラダイムシフトだ」と語る。
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スイスに滞在する難民の労働力も、これまで以上に活用できそうだ。スイス政府と各州の推定では、労働市場への持続的参加が可能な難民は全体の約7割に上る。
一方、人手不足は就労中の人々に恩恵をもたらした。賃金交渉での優位性だ。労使の力関係は被雇用者とその代表者側に有利に傾いており、一斉賃上げの要求が今後重要になっていく可能性がある。
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また、労働力不足による売り手市場を追い風に、特に若い世代で転職希望者がますます増えている。現状は、米国や英国で起きた「大量離職」現象に至るほどの規模ではない。しかし企業は、有能な若者を惹きつけて定着させるため、組織や社風の方向性を180度転換せざるを得ない状況だ。
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仏語からの翻訳:奥村真以子
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