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お父さんだって子育てしたい!

仕事と育児を両立させたいスイス人男性は多いが、実際キャリアをあきらめて家庭を優先する人は少ない Keystone

仕事は続けたいが、子どもとの時間も大切にしたい。スイスではそんな父親がここ10年間で増えてきている。しかし父親の育児休業は今だに制度としてなく、時短労働もなかなか難しいのが現状だ。

そこで、スイス各地の男性団体はイベントを催したり国に働きかけたりして、父親にも子育てがしやすい環境づくりを目指している。

 「子どもの教育には自分も関わりたかった」。4人の息子を持つマルセル・イナイヒェン(42)さんは子どもが生まれる前から、父親になったら子育てに参加するのが当たり前だと考えていた。

 ルツェルン州で園芸関係の仕事をしており、自営業なので自分で月曜日を休みと決め、週4日働いている。4人の息子たちは長男が14歳、末っ子は4カ月。ほとんどの家事は妻と分担するが、洗濯だけは妻の担当だ。その分、土曜日は息子たちと一緒に掃除をする「男の掃除デー」に決めて、マッサージ師として働く妻の負担を減らす。

 フルタイムで週5日働こうとは思わない。「仕事をしなければ食べていけないので最低限は働かなくてはならないが、家族と過ごす時間は大切。子どもと接するといろいろと勉強になるし、仕事とは違った面で良い刺激になる」

イクメンを応援するイベント

 イナイヒェンさんのように、仕事と家庭を両立させたい男性はスイス全体で多い。NGO「プロ・ファミリア(Pro Familia)」が2011年、ザンクトガレン州の委託で行ったオンライン調査によれば、回答者1200人の男性のうち、もっとフレキシブルに働いて仕事と家庭を両立させたいと答えた人は約9割にも上った。また3分の2の回答者が、時短労働のせいで給料が減ったとしても構わないと答えた。

 だが、男性はフルタイムで働くものという社会通念が今だに強いスイスでは、実際に時短労働に踏み出す男性は少ない。また、男性の育児休暇制度も導入されていないため、子どものそばにいたいのにそれができない男性は多い。

 そこで、とりあえず父親同士が集まって何でも気楽に話せる場を持とうと、イナイヒェンさんはルツェルンの男性団体「マンネ・ツェーハー(manne.ch)」を通して月に1度、「男の朝食会」を開いている。これはとにかく女性抜きで楽しく話し合う男性の「しゃべり場」だ。

 また、毎年6月の第1日曜日の「父の日」にはスイス各地の男性団体が父親と子どものためのさまざまなイベントを開催している。イナイヒェンさんが所属するマンネ・ツェーハーも2年前からルツェルンでイベントを開いている。去年は、30人のお父さんたちが子供たちと一緒にペットボトルでいかだを作った。お母さんたちもこのイベントに参加しているのかと質問に、イナイヒェンさんはいたずらっぽく笑ってこう言った。「お父さんのための日だから、女性は参加はできないんだ。娘として来るのは別だけれど」

出世か、家庭か

 労働時間をある程度自由に決めることができる人がいる一方で、会社員で労働時間が固定されている人もいる。チューリヒ在住で、現在3人の子どもがいるITスペシャリストのミヒャエル・ゴールケさん(42)は、最初の子どもが生まれる前は会社員としてフルタイムで働いていた。だが、子どもが生まれると分かってからは勤務先に時短労働を申請。しかし、会社の理解は得られず、勤務日数が週3日だけの高校のIT職に転職を決めた。

 高校の採用面接の際、担当者から「このポジションではキャリア形成はできませんよ」とはっきり言われた。しかし、出世なんかできなくてもいい。キャリアなどしょせん幻だとゴールケさんは考えた。家族が仕事よりも大事なのは当然だった。

 前の会社を辞めて今の仕事に就くまでの1年間、ゴールケさんは妻と考えた末に専業主夫になり、妻はフルタイムで働きに出た。平日に子どもを連れて公園に行くと、そこにいるのは子供に付き添う母親ばかりで、男性の姿はほとんどなかった。「週末は公園にも子供連れの男性がいるのに、平日は男性は私1人だけ。孤独だった」

 父親の集まりはないかと探してみたが、11年前の当時、スイス全国を見渡してもそのような集会や団体は見つからなかった。それならばと、育児をする男性を支援するオンラインサイト「アヴァンティ・パピ(Avanti Papi)」を立ち上げた。メンバーは年々増え、今では会社員の父親を中心に約600人が会員になっている。

父親が育児しやすい制度

 「男性も育児に関わったり、自分の希望する勤務体制で働けるようになるべきだ」。スイス全国の男性団体や男女平等推進機関などを傘下に置く組織「メナー・ツェーハー(männer.ch)」のマルクス・トイネルト会長は、男性の社会的地位の向上を求め政治家や国に積極的に働きかけている。

 メナー・ツェーハーが提案する育児制度は現在、国レベルで審議されている。「年を取れば働けなくなる。だから年金制度で支える。それは親になる場合も同じだ。子どもが出来れば育児のために働けなくなる。こうした家族を支えるのは社会の義務だ」

 今後考えられる育児の制度案は以下の三つだ。一つは国民全員が対象で、日本でいう国民年金制度に育児保険を組み込むこと。二つ目は日本でいう厚生年金に育児保険を組み込むこと。三つ目は育児期間中の生活費を補うための個人育児預金制度で、預金額は所得税から控除されるというものだ。

 特に個人育児預金制度案は経済界からも理解を得ている。スイス経済界を代表する団体の一つ、スイス雇用主連盟(SAV/UPS)も個人で賄う育児制度には基本的に反対しないという声明を発表している。今年末にはこの制度に関しての調査書が連邦内閣に提出され、その後連邦議会で審議が行われる予定だ。

 ところでトイネルト氏は、良い父親になるためには、男性は父親としてどうありたいか考えることが大事だと言う。「育児に親の性別は関係ない。子どもにとって父親は女性と同じくらい重要な存在だ。家族の中で父親が余りものになるのは良くない」

母親の育児休暇は国の法律で定められており、出産後の14週間、それまでの給料の8割が支給される。

父親の育児休暇制度はなく、各企業が自主的に男性の育児休暇を規定している。

スイスの母親育児支援ポータルサイト「スイスマム・ツェーハー(swissmom.ch)」によれば、スイスで初めて男性の育児休暇を導入したのは、電話会社大手「スイスコム(swisscom)」で、2006年に2週間の父親有給育児休暇が導入された。

スーパー大手「ミグロ(Migros)」も2007年から父親となる被雇用者に2週間の有給育児休暇を認めた。

その後、大企業を中心に父親の育児休暇を導入する企業が増えている。

ノルウェー:50日

フィンランド、ブルガリア:15~18日

スペイン、フランス:11~14日

イギリス、ポルトガル、ポーランド、スウェーデン:7~10日

オランダ、ベルギー:2~3日

スイス、ドイツ、オーストリア、イタリア、ハンガリー、ギリシャ:0日

ちなみに、日本では基本的に子どもが1歳に達するまで、父親も母親も1年間の育児休暇が法律で認められており、育児休業取得中は雇用保険から月給分の5割が給付される。

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